第一章「魔道の契約」



頭がクラクラする。
一体何があったのだろう。
彼女が目覚めた時には――無。
何処かも分からない、桜の散った樹の下だった。
いや、そもそもこの樹は桜などではない。
……あの光景は、彼女が作った単なる幻想だったのだ。

「……?」

何だっけ。
今まで何をしていたんだっけ。
思いだそうとするが、頭には何も残っていない。
確か、私は……
やっぱり、思い出せない。

「やあ、ここで何をしてるんだい?」
「……どなた、ですか」

遠くから、何者かの声が響く。
振り返るとそこには謎の少年が立っていた。
……懐かしい。
なんとなくそう思えたのは、気のせいなのだろうか。

「どなた、ってボクを忘れたのかい!?この知的でスマート、優秀で偉大な未来の天才魔道師クルーク様を!」
「……偉大?」

彼女は怪しむような目でクルークを見つめる。
本当にそうなのかな?
確かにそれっぽい人はいた気がする。
でも、何か違う。
その人は誰よりも優しくて、いつも傍に居てくれた。
そんなに一緒に居たのに、何故記憶が何も無いのか。

「何だよ、そんな顔でボクを見るなんて」
「ごめんね……何も思い出せない」
「え?」

――ズキン、ズキン。
後頭部が強く痛む。
分からない。思い出せない。
自分が生まれたのは?名前は?
なんで此処に居る?
疑問だけが無数に浮かぶが、答えは皆無だ。
そのうち足元が崩れるような感覚に陥り、ゆらりと彼女の体は揺らぐ。

「……っ」
「お、おい!ナマエ!」

ナマエ。
聞き覚えのある単語だ。なんだか懐かしく感じる。
彼女は目を丸くし、すんでのところで意識を取り戻し足を踏み出す。
そして、彼の瞳をもう一度見つめた。
何故そんなに悲しそうな顔をしているのか。
彼女には理解できなかった。

「ナマエ、それが私の名前?」
「……うん」

さっきの偉そうな口調は消え、クルークは低いトーンで呟いた。
「本当に覚えていないのか」、と。
……ナマエは何も言わず、ただこくり、と頷くだけだった。

「ナマエ、学校へ行こう。アコール先生ならきっとナマエを受け入れてくれるはず」
「学校?……分かった」

彼は彼女の手を繋ぎ、森の外へ走り出す。
その手はしっかりと握られていて、彼女はまた懐かしさを感じていた。


…………
「メモリーエスケープ」
日の入りの時間で止まった懐中時計と桜(魔法によるものも可)を使用
その時間になると同時に呪文を唱えると記憶を消す(桜の下に沈める)ことができる
その記憶は、基本的には蘇らないがとある条件によって元に戻ることがある
しかしその条件は不明。

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