抗えない(レムレス)


前提条件
夢主はレムレスの後輩 かつ 恋人


「……うー」

 放課後必ず訪れる公園で、コートをひざかけ代わりにして座る。素肌が隠れてかなり温かいけれど、いつも隣に居るあの先輩を素敵なまでに放置して来てしまったため心の中が寒い。主に罪悪感が半端無いよ、どうしてくれよう。
ちなみにあの先輩を何故置いてきたのかというと原因は私の心境だ。一言で言うと最悪。ストレスが溜まっているというかなんというか、とにかく今の私は他人に会っちゃいけない気がするんだ、何かしらを起こして相手を怒らせるか困らせるかするに決まってる。

「けど、寒い」

 ということで前述の通りいつもなら自分のホームルームで待つ彼をガン無視して一人でここまで来てしまった訳ですが。正直後悔していないかと聞かれたらこう答えます。「むしろ後悔しかねえよ」と。とはいえ今から学校に戻るのも今更億劫だし、頭と体を冷やすだけ冷やしてから帰ろうと思った次第。多分あの人のことだから教室に私が居ないのを確認したらそのまま帰ってしまうだろう。私の部活の方が終わるのが早いから、わざわざ部室を見に行くようなことをする訳でもない。というか行ったところで居ない。居たら怖い。図書館に居る可能性もあったかもしれないけれど残念ながら本日の閉館時間は四時四十五分。それ以前に開いてたら私は迷わずそこへ行きます。量子力学の本読みたい。
 ……色々考えすぎて訳が分からなくなってきたけれど、つまり結論から言うとあの人は私がここに居ることも知らず帰るだろうなっていう話。少し寂しい気もするけれど、まあ自業自得ってことで。一人でこんなところ居ても寒いだけだから私もすぐ帰るけどね!空を見るにも中途半端に曇っているのでオリオン座とカシオペヤ座くらいしかまともに見えません。月?知らないよ雲の向こうにでも居るんじゃないの。というか望遠鏡も無いのに月見るだけっていうのは流石に退屈すぎるわ。

「あーあ、せめてフェーリ達が帰る時間まで待つ?」

 幸い音楽さえあれば暇は潰れる。寒いとはいえこのまま一人で茫然として一人で帰るのは寂しすぎるのでメールを打つ。柔道部が終わり次第返信が来ることだろう――

「ナマエ」

 ……うん?

「なんで教室で待っててくれなかったの?」

 ふわりと箒が急降下する音、そして聞き慣れた優しい声。
 なんということでしょう、何故か目の前にレムレスさんが来たではありませんか。

「てっきり帰ったと思ったよ。良かった、此処に居てくれて」
「なのにここ来たんですか」
「このまま帰るのはちょっと寂しかったから」

 彼はそう言って迷いなく私の隣に座る。もはや本来の使用方法をを無視されたコートを差し出すと、露出した肌に冷たい冬の空気が触れた。

「ナマエも一緒に掛けようよ、寒いでしょ?」
「私はいいです、さっきからずっと掛けていたので」

 言いながら空を見上げる。やっぱり、星は見えない。

「で、教えてくれないかな」
「唐突ですね。何をですか」
「なんでナマエが教室で待っていなかったのか」
「それは……アレです、クラスメイトが五月蠅かったので」
「さっき見てきたけれど誰も居なかったよ。もしかして、僕と会わないで帰る気だったの?」

 ごめんなさい図星です。
と言う訳にもいかず、私は「多分レムレスが来る頃には皆帰っちゃったんです」と苦笑して誤魔化した。さて、次はいかにしてレムレスを家に帰すかだ。流石に今の状況で一緒に居たところで多分どっかで私のボロが出る。甘えたいのは山々かもしれないけれどなんか嫌だ。そしてその結果棘のある言い方をして彼を傷付けるのは尚更嫌だ。

「……もしかしてナマエ、何か隠してる?」
「無いですよ、何も」

 暗い気持ちをなんとか押し殺しつつ、つとめて笑顔で接する。なんか却って分かりやすくなってる気もするけれど気にしないよ!

「困ったことがあったら言ってよ、何でもしてあげるから」
「大丈夫です、あなたが一週間お菓子抜きにして生きているレベルで無いです」

 さり気なく酷い例え入れてくるね、と彼は笑う。――けれど、すぐに真剣な顔になる。

「でも、今までこんなこと無かったよね。もしかして僕を突き放したかったとかそういうことじゃない……よね?」
「そんなことないですよ、私はレムレスのことが――」
「でもさ、僕との距離を見てごらん。こんなに離れてる」

 言われてベンチに目を向ける。コートを共有していないこともあってか、いつもより――というか明らかに距離が開いていた。

「距離を詰めようとはしているんだけど、ナマエが後退しちゃうんだ。無意識、ではないよね」
「絶対違う筈です。というか私引き下がってたんですか」
「うん」

 流石にそれは信じたくなくて全力で否定する。――彼は、とても悲しそうな顔をしていた。
 何してるんだよ私は。あくまでレムレスを傷付けないためにここに来たんだ、こんなこと無意識にしてたまるか。

「教室から居なくなった理由も教えてくれないしさ。ねえ、どうして?」
「……言えないですけど、色々あったんです。少し一人になりたくて」
「それなら最初から言ってほしかったな。せめて置き書きしてくれればよかったのに」
「そこについては素直に謝ります。忘れていました」

 レムレスは大きな溜息を吐く。胸が少し痛んだけれど、でもこれできっと一人になれるだろう。

「で、なんで一人になりたいの?」
「ちょっとストレス溜めすぎたんです。一人で泣くなり放置するなりすればそれなりに回復するかと思いまして」

 と思ったけれど、そんなことは全くないらしい。
 私は笑いながらそう言ってまた空を見上げる。さっきよりは雲が薄くなり一等星未満の星は見えるようになってきていた。

「ねえ、なんでそういう時に僕に頼ってくれないの?」
「迷惑と負担は掛けたくないので。それにどうせ放っておけば治る者ですしね」
「……辛くないの?」
「正直辛いです。でもほら、仕方ないので」

 レムレスは何も言わず、ただ無言で私の背に向けて手を伸ばしてきた。嫌な予感がして思わず避けると、彼は不満げな表情を浮かべる。

「どうして、避けるの?」
「何されるか分かりませんから。このタイミングで背中擽られるのは流石に嫌ですし」
「そんなことしないよ」

 そう言って彼はもう一度私の背に手を伸ばす。勿論避けようとして背を反らして――しかし、それよりも支えにしていた腕を掴まれ意味を為さなかった。

「ちょっ、」

 そして、彼のもとへ引き込まれる。逃げようとするにも左腕が回され離れることができない。

「もっと僕に頼ってよ。僕達はただの先輩後輩の仲じゃないんだからさ」

 無理しなくていいんだよ、耳元で囁かれて鼓動が高鳴った。やがて左手は私の頭へ伸びていき、優しく撫でられる。

「いや、でもですね、こんなところそんなに他人には……」
「そんなに僕が信用出来ないの?」

 怒る様子もなく優しく問う彼の声に、答えは返せない。信用できない訳じゃないけれど、やっぱり自分で解決できるものは解決させたいじゃないですか。……とは思っても、声に出せません。やっぱり私は甘えたいらしいです。

「大丈夫。強がりでも本当は寂しがり屋で甘えんぼなのは、全部知ってるから。隠さなくていいよ」

 我慢できなくなり、私はレムレスの背に手を伸ばす。そのまま何も言わずに両腕で抱き締めると、彼は嬉しそうに笑った。

「そうそう。もっともっと甘えていいんだよ」

 その一言と優しい温もりに包まれて、辛く重かった気持ちが一気に軽くなっていく。

 こんなに甘くて優しくて、つい溺れてしまう自分が悔しい。
 けれど、それよりも今は誰かに甘えられるのがとにかく嬉しくて仕方が無かった。


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