ようやく卒業式が終わり、私達は教室へ戻ってきた。
そして始まる担任の先生の話。それが終わればいよいよ、卒業。多分、今日が終わったらもう皆とは二度と会えない。少なくとも私は、確実に。
――君は脳血管障害を起こしている。早いうちに入院した方がいい、最悪死んでしまうことになるぞ
少し前に病院で宣告された言葉。記憶が極端に飛ぶことから試しに行ってみればこの有様だよ。最初はそこまで深刻に思ってはいなかったけれど……ああ言われると少し深刻に考えてしまう。実際、知らない間に感情の欠如まで発生しちゃってるらしいし。
「……大丈夫?ぼーっとしてるみたいだけど」
隣に居たレムレスが、心配して話しかけてきた。いつかは忘れてしまうのかな、クラスメイトの名前や楽しかった行事、部活での大事件。
「大丈夫だよ、ちょっと眠いだけ」
少し寂しくはなったけれど、それでも折角一カ月隠したこの事実を晒したくは無い。特に彼――私の大好きな人には。
「なら良かった。もう少しで終わるからね」
「うん」
レムレスの微笑みは相変わらず優しくて甘い。けれどいつかは忘れてしまうと考えると、途端に何とも思う事が出来なくなった。
「それでは皆さん、いよいよお別れです。……全員、起立」
――さようなら。
またね、皆。
最後の下校。通学路にある桜並木は、桃色の蕾を幾つも膨らませていた。この景色は何度も見てきたはずだけれど、何故か私には始めて見る景色になっていた。――そうか、また、忘れてしまったんだ。
「ナマエ」
聞き覚えのある声がして、振り返ると手を振る少年。……どうしよう、大好きな人のはずなのに名前が思い出せない。
「……お疲れ様」
少し返答に困ってから、私は曖昧に回答する。彼は不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに最初の笑顔に戻った。
「いよいよ卒業したんだね」
「そうみたいだね。まだ実感は持てていないけれど」
「うん。皆と離れ離れになるのも嫌だし、出来ればもう少しあそこの学生のままで居たかったかな。ナマエはどう思う?」
質問の答えに惑う。確かにもう少しあの場所に居たかった気もするけれど、その理由が分からない。
「……分からない。もうあまり覚えていないし」
「え?」
彼は信じられない、とでも言うように驚いた声を上げる。ああ、やっぱり私の記憶は侵食されているんだ。だからって無い思い出を語る訳にはいかない。
「そっか、そういうことか……」
名前を思い出せない、深緑の魔導師は何かを確信したように呟いた。笑顔なのは変わらないのに、なんとなく悲しそうになったのは何故だろう?
「ねえ、ナマエ。僕の名前を呼んでみて」
「え?何を突然、」
「呼んで。君なら言えるよね?」
その悲しい笑顔のまま、彼は私に問う。心なしか、それは何かを願うようにも聞こえた。
でも、答えることはできない。もう、思いだせなかった。
「……分かっていたの?」
「さっき気付いたんだ。やっぱり、そうだったんだね」
彼は私を抱き締める。
「教えて、全部」
彼の声は、震えていた。どうやら、隠し通すことは出来ないらしい。私は全てを話した。忘れたくはなくても、現に彼の名前は既に覚えていない。
「少し前に私の性格が変わったって言ってたよね。それは間違いじゃない、この病気の副作用の一部だった」
良く分かったね、私が笑うと「君の変化を見逃せない程、僕は鈍感じゃないよ」とい涙声で囁いた。
本当はもう、殆ど彼のことを覚えていない。思い出したくても、思い出せない。もはや彼が辛そうに泣いているのを見て、同じ感情を抱くことすらも出来なかった。
「……いつ、病院へ行くのかい」
「確か明日には入院する。戻って来れるかは分からない」
今の発言は嘘だ。本当は確実に戻ってこれないのを私は知っている。こんなことを覚えているなら、もっと彼の記憶を遺してほしかった。――やっぱり、運命とは時に非情らしい。
「ありがとう、ごめんね」
さよなら、私の大好きな人。
――レムレス。
……………………
For Something Beautiful.
(6/62)
title bkm?
home