第二章「全てを拒む話」


それから、彼女は暫く『楽しい』日常生活を送っていた。
教授と語らい、隣の席にいるちー様とふざけあい、部活では先輩と一緒に科学室で実験。今日も彼女は隣の席の少女と寮へ向かいながら談笑していた。

「今日も楽しかったね、もかしぃ」
「うん、まさか授業でルミノール反応の実験ができるなんて思っても見なかった」

勉強も自然と捗り、何もかもが輝いている素敵で幸せな学校生活。まるでそれは、彼女が夢見ていたものと同じ――そう、何もかも。

「明日も楽しい一日になればいいな」
「なるに決まってるじゃん。これが私たちの日常だからね」

少女はにこりと笑う。しかし人間の思考とは不思議なもので、一度疑問持つとそれを解決させられずには居られない。『彼女』は、その友人の笑顔にさえも恐怖感を抱くようになっていた。

「あ、じゃあ私そこの部屋だから。また明日ね」
「うん」

一人になった彼女は、数秒だけ動きを止める。――そして、全てから逃げ出すように自室へ走り出した。
日に日に募り、じわじわと重くなり彼女を侵食していく不安とその中で送られる何もかもが理想通りすぎた学校生活。
彼女はようやく気付いた。この世界が狂っていることに。

「違う……違う、違う、違う」

彼女は自室に着くなり、頭を掻き毟りながら必死に否定の言葉を紡ぎ出した。瞳から涙が溢れ出す。それは皮肉にも、自分の思い通りにならず泣きじゃくる子供の姿にも見えた。

「違うの、全部違う、こんなの私の知っている現実じゃない」

夢なら覚めて、と頬を抓る。しかし言うまでもなくそこは夢の世界ではない。

「私の本当の日常はもっと辛くて、でも楽しくて――」

彼女は目を見開いた。言葉が止まる。――記憶が、無い。
今まで確かに過ごしたはずの記憶が、何もかもが、知らぬ間に消えていた。

「……え、うそ」

これは一体何だ?どうして自分は何も覚えていない?
――そもそも、本当に私はそのような時間を過ごしていたのか?

「わたし、は」

景色が歪むような錯覚と、強烈な吐き気が彼女を襲う。しかし彼女にはもはや動ける気力も、何もない。そのまま倒れこみ、仰向けになって天井の一点を見つめる。

理想さえ、自分の望むものさえ狂気に感じてしまうその世界の中で一人、彼女は意識を手放した。

…………………………
もかしぃ:きせのんの現実での渾名

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(4/4)
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