言い忘れた。「さよなら」(レムレス)


※記憶を失う前の話

春でもないのに、桜の花びらが一枚――また一枚と散る。
満開の桜と桜吹雪。今私が見ているこの空間は、全て自らが作った幻影だ。
何故こんなことをする必要があるのか。聞かれたら答えられはしないけれど、一応理由はある。
明日、いよいよ私は――

「フェノ」
「うわっ!?……なんだ、レムレス」

瞬間、思考が止まる。ジャストタイミングで後ろから声がした。
振り返れば言うまでも無く、甘い香りを纏った緑の魔導師。

「どうしたんだい?こんな所で」
「ちょっと魔導の練習をね」

幻影の桜に向き直りながら言い、それらを消し去って行く。
レムレスは少しだけ感嘆の声を漏らすと、私の頭をポンポンと二回叩いた。

「フェノもだいぶ魔法を使うのが上手くなったね。今の桜って幻だったんだ」
「レムレスの教えが上手いからね。頑張ったらこうなった」

彼は「ありがとう」とまた微笑み、可愛いバニラマシュマロを差しだす。私の大好物だ。
こうやってお菓子を頬張りながら二人で家に帰るのも最後なんだ。そう思うと少しだけ目の前がぼやけるけど、自力でそれを堪える。
だって……レムレスに知られたらどうなることか。

「じゃあ、帰ろう?」
「うん」

こくりと頷き、彼の箒の後方に跨る。
私達の住む小屋へは、空を飛べば真っすぐに進むだけで帰れる。



暫くして家へ着く。私はレムレスと夕食を食べた後、真っ先に自分の部屋へ行った。
そして、彼のくれた勉強机に明日の『材料』を置く。
懐中時計。針は一秒たりとも狂うことなく、魔導によって常に正しい時刻を示している。
それは一昨年の誕生日にこの机といっしょに貰った、私にとっての宝物だった。

「……ごめんなさい」

また涙が出そうになるのを抑え、蓋をされたままの時計に手を乗せる。
魔力を逆流させればその時刻はみるみるうちに狂いだし――
やがて、イースターの日の入りの時刻で止まった。
そう、時計を壊した。


これで準備は整った。けれど、どうしても踏みきれる気がしない。
本当にこれでいいのかな。いや、いい筈だ。悪い筈がない。
それでも踏みきれないのは――やっぱり、私がレムレスを好きだからなのか。
この魔法を使えば、全て捨てられる。『あのこと』に他人を巻き込まなくて済む。
けれど、代償が大きすぎる。レムレスと過ごしてきたこの時間さえ失うのは流石に辛い。

けど、どちらが大事かと言えばそりゃ勿論――

「レムレス……ごめんなさい、私は貴方が……」

すんでの所で言葉を止める。今そんなこと言ったらそれこそ泣いちゃうし余計躊躇っちゃうよ。
駄目だよね。ちゃんとやらなきゃいけないことはやらなくちゃ。



ありがとう、幸せでした。
明日は言えないだろうから、心の中だけれど言っておきます。


さよなら、レムレス。

……………………
結局リレーがフェノが他の世界を巡るものに決まったのでこちらに。
用は桜で記憶を消す前日の話です。どうでもいいけど今回の私の短編テーマは挨拶だったりする

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(5/7)
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