逃避行(あやクル)


少女がゆっくりと目を開く。パジャマ姿の彼女は自らが宙に浮いている感覚に気付き、まだ自分が夢の中にいると錯覚していた。

「やっと目覚めたか」

しかし、視界に入る強い紅と低い男性の声でそれが夢でないことを理解した。まだろくに働かない彼女の思考回路がこの状況は何だと疑問を持ち始める。──たっぷり十秒経った後、悲鳴が響いた。

「い、いやああああああああああああああ!!」
「どうした!?」

ナマエは紅くなったクルーク、通称「あやしいクルーク」の腕に抱え上げられていた。──更に彼女は気付く。その紅の後に見える空は暗く、未だ夜は明けていないということに。
紅いクルークは魔力で突然腕の中で暴れだしたナマエを抑え、「落ち着け」と溜息混じりに呟いた。

「落ち着ける訳無いでしょ、どういうことか説明して」
「お前が目覚めるまで抱えていただけのことだ。もう立てるなら自分で歩け」
「説明になってない!どうして私を夜中に連れ出したの!?」
「……決まっている」

彼はナマエの体をそっと降ろし、今にも食ってかかってきそうな彼女を再び魔力で制する。その瞳はどこか悲しげにも、怒りをたたえているようにも見えた。

「明日の朝、出発するのだろう」
「明日……って、遠足のこと?」
「この体の持ち主と共に行動すると聞いた」
「だから何」
「そんなのは許さない。代わりに私と共に来てもらう」

ナマエの学年は丁度翌日に遠足があり、班が同じであることからほぼ一日中クルークと一緒に行動することが決まっていた。「もちろんキミはボクの隣が一番嬉しいよね!」とバスの席順まで隣同士に設定され、逃げ場はほぼ無いに等しい。
けれどそれがどうした、とナマエは首を傾げる。今目の前にいる紅いマモノとクルークの身体は一つなのだから、最悪無理やりにでも身体の主導権を奪えばいいのに──と。

「嫌だよ、家に帰して」
「断る」
「そんなに身体をクルークに返したくないなら明日もその姿でいればいいじゃん」
「そのような問題では無い!」

バサリとマントの翻る音。ナマエの視線が反射的にそこに注がれるが、何故か内側に映るはずの紅いクルークの影が存在しなかった。驚いて彼女は地面にあるはずの人影を探すがやはり見当たらず、それどころか彼は地に足を着けずに浮いていた。

「……えと、クルーク、どうして影がないの?」
「その名前で私を呼ぶな」

鋭く光る紅い瞳がナマエを射抜いたかと思うと、紅いクルークはふわりと舞い降りて彼女をマントの中に隠した。彼女はそのマントに触れる度に紅い光が溢れるのを見て、名前を持たないマモノはもはやクルークとしてではなく、魔力の塊としてそこに存在していることにようやく気付いた。

「ねえ、どこへ連れて行くの?」
「どこでも構わない。少なくとも奴のいない場所だ」

月の見えない夜、マモノは少女を連れて空を駆けていく。
それは愛故に強引にねじ込まれた一日だけの逃避行。

………………
リクエスト小説を書いてるつもりだったんです。
途中から取り合い要素がどっか行ったことに気付いて泣く泣くお蔵入りとなりました。
完成までお待たせしてしまって大変申し訳ない……!

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