立海大附属中、屋上。
そこに幸村精市と真田弦一郎はいた。
真田は身動きの取れない状態で首だけを器用に動かし、時計を見る。
とっくに部活動の始まる時間は過ぎていた。


「…幸村、まだか」
「まだだめ。もうちょっと」
「しかしだな、部長と副部長が揃って遅刻などたるんで…」
「うるさいな。俺をなめるなよ、真田。他の部員にはうまく言っておくように蓮二に頼んであるよ」
「う、うむ…」


今。
幸村は、真田に後ろから抱きついていた。
両腕を真田の腹に回し、顔を背中に押しあてる。
もっと細かくいうのならば、鼻を背中に押しあてている。


「…幸村」
「なに?お前は本当にうるさいな」
「…すまん。だが力が強すぎるぞ。腹が痛い」
「ふーん。真田は俺にくっつかれるのが嫌なんだ。へー、傷つくなぁ」
「そうではなくてだな、お前の腕の力が…」


幸村の腕にぐっと力が込められる。
思わずうめき声をあげた真田だったが、その声は幸村の言葉にかき消された。



「お前の匂いが、一番気がまぎれるんだよ。…化学室に入った後は」



その言葉に、真田は何も言えなくなる。
幸村のクラスは、毎週この曜日の6時間目に化学の授業がある。
ここ何週か化学室で授業が行われていることは、当然真田も知っていた。
幸村が、病院と同じにおいのする化学室を嫌っていることも。

真田もはじめこそ無言で自分を引っ張り、屋上まで連れてきてしがみついてくる幸村に驚いたものであったが、今では理由もわかり、幸村の好きなようにさせている。


「…そうか」
「そうだよ。なぜかお前なんだ」
「それはありがたいことだな」


幸村のおでこが、より強く背中にあてられる。
化学室のにおいなど我慢しろ!たるんどる!
他の部員に対してなら、真田はそう怒鳴りつけていただろう。
しかし、病院で長く孤独に闘い続け、それを乗り越えた幸村にはそんな台詞、言えるはずもない。
俺にしがみつくことで幸村の気がまぎれるのならば、いくらでも。
そう、思うのだった。






強がりの弱音



(誰にも見せられない姿だけど、今だけ)




2012/03/15


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