今日の幸村君は、イライラしている。
ぱっと見は普段と変わらない。
後輩たちへの接し方も、テニスも、何もおかしいことはない。
でも、幸村君をずっと見ている俺にはよくわかる。
鈍感な真田は気づいてないだろうけど、幸村君を甘やかし放題の柳や、人間観察が大好きな仁王、なんだかんだ仁王に感化されてる柳生あたりも気づいてるかもしれない。
時折わずかに揺れる瞳、少しだけ乱れるボールの軌道、必要以上に固く握られたグリップ。
「…ブン太。さっきから何?」
笑顔だけど、棘のある言葉。
うん、今日の幸村君は…やっぱりイライラしている。
「や、なんでもないぜぃ」
「そう。だったらちゃんと練習しろよ」
「…おう」
すぐさま俺から目をそらし、後輩たちの指導に戻った幸村君の背中は、どこか小さい。
…あれ?
もしかして、イライラしてるわけじゃ…ないのかもしれない。
離れた場所にいた柳をこっそり見れば、なぜか心配そうな眼差しで幸村君を見ていた。
「ああ、そっか」
「…ブン太!」
「う!ごめんって幸村君!ジャッカルー!俺に付き合えよ!」
幸村君はイライラしてるわけじゃなくて。
きっと、不安なんだ。
何が不安なのかはわからない。
手術をしてリハビリを終えたばかりの体のことかもしれない。
俺たちから見れば完璧に見えるテニスのことかもしれない。
これから始まる、全国大会のことかもしれない。
だけど、俺にもわかることがある。
幸村君がその不安を一人で抱え込んだまま、溜め続けているということだ。
「幸村君。なんでもかんでも背負うなよ」
練習後、真田と打ち合わせがあると言ってコートに残った幸村君の肩をたたいて、俺はそんな言葉をかけた。
そして、カバンの中に入っていたありったけのアメやガム、スナック菓子を幸村君のロッカーに置いた。
仁王や赤也にはなにやってんだって笑われたけど、これを食べた幸村君の不安が少しでもやわらげばいい。
そんなことを思いながら、いつもより軽いカバンを肩にかけ、部室を後にした。
祈り(アメをあげる。代わりに君の不安をちょうだい?)2012/03/15
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