※どろりっち
「俺、結婚するから。」
「は?」
それは、突然のコクハク。
私と秋と春は昔からの顔なじみで、それ以上でもそれ以下でもないただの親友。恋仲になったこともなければ体を繋げたこともない。
そのかわり私は二人の言葉と笑みに翻弄されて泣いている女の子を何人も見てきた。
可哀相に 哀れね
そんなふうに私の目で見られる彼女たちに比べたら(まあそんなの一ミリも思っていない言葉なんだけど)、私は幾分か幸せなんだと思う。
だって二人は私をこれ以上無いくらい大切に大切にしてくれた。
それは例え私が秋に恋心を抱いていて、それを春が知っていたとしても、だ。
想いを告げることはしたくない。私はあくまでも二人の親友であり、良き理解者でありたい。これは本当に本音で、強がりでもなんでもないのだ。
そんなことを考えていた矢先だった。秋のところに出入りする女の子を見なくなった。嫌だった。普通は喜ばしいんだろうけど、嫌だった。
それはきっととっかえひっかえされてる女の子たちより大切にされてるという、確信にも似た自惚れがあったからだ。
けど、春にはばれてたみたい。
だって私は春が誰よりも私を見ていてくれたのを知ってる。(それに気付かない振りをしていたのも、紛れなく私だ)
言っておかなくていいの?、春が放ったその言葉も、あのカオも、痛いほど胸に刺さった。
「俺、結婚するから。」
「は?」
ケータイ越しに聞こえるいつもと変わらない君の声は、淡々と告げた。
「けっ、こん?」
「そう。結婚。ずっと付き合ってた彼女と。前会っただろ?昨日の夜春にも連絡してさ、」
「そっか、おめで、とう。
なんか、私と春取り残されちゃったな。」
「彼氏くらい早く作れよー?春も彼女いないな。そういやあいつ今日突然休みだしてさー。
あ、今時間大丈夫だった?ごめんな、急に電話して。」
「大丈夫。でも、これから仕事だから、もう切るね。
ホントにおめでとう。
またなんかあったら電話して。」
仕事なんて、ホントはない。
おめでとう、なんて、上辺だけ。
彼は、知らないのだ。
あたしが彼氏を作らない理由も、
春に彼女がいない理由も。
いつかは告げられると解っていたけど、その言葉がこんなにも破壊力に溢れた言葉だったなんて。
その時、不意に再び手の中で握り締めたままのケータイが鳴った。ディスプレイには『春』の文字。
「…もしもし、」
「堪えれてる?」
「なんとか、ね。」
「ちゃんと言えたの?」
「言えるわけ、ないでしょ。」
「夏が後悔しないなら、俺は何も言わないけど。けどさ、
今日だけは思いっきり泣いても許してもらえるんじゃないの?じゃ。」
泣くなら今日1日お休みな俺の胸がオススメ、なんて言われてぷつんと途切れた通話。
「なに、それ、訳分かんない、」
その言葉と共に涙は溢れ出していて、
(休みじゃないくせに、あたしが今日、泣くとわかって休んだくせに。)
誰が悪いなんて、きっと無い
これからも「気付かない」でいる秋も、
私を蜂蜜漬けのようにしてきた春も、
いつまでも大切でいようとする私も、
みんなみんな、悪いんだ。
(もしこの足で春のところに行ったら、私たちはどう崩れていくんだろう なんて、ね)
(ばかみたい、)
クピドの嘘