ミュージシャン×年下女の子
ベランダの柵に寄り掛かり街を見る。
壮大な星空を見下ろしてるみたいで、漠然とした優越感に浸った気になる。星空、なんて言ってみるけど、こんなに汚いただの光の集まりをそんなふうに呼ぶのは、それこそ失礼な話だとも思いながら。
「何やってんの、」
突然後ろから聞こえた声に、危うく手に持った棒アイスを落としそうになる。
「夜空に黄昏れてたのよ。」
「アイス食いながら?」
「悪い?」
「まさか。しっかしまぁ、お前がこんな高い部屋買うとはねぇ…。」
しゃり、と音を立て口に含んだシャーベットに成りかけたアイスを飲み込む。無地に濡れた木の棒。はずれ。
きっと彼の言葉の中の高い、は、距離的な意味も値段的な意味もどちらも含まれている。
だって彼は二階の窓からでさえ下を見下ろす事ができず、それこそ1人では何もできなかった頃のあたしを知っているから。
「レコーディングスタジオ付きの誰かさん家に対抗しようと思いまして、」
「生意気、」
そういってあたしの頭にぽん、と手を置く。決して撫でたりせずに、ただ置くだけ。
そこから伝わる熱に、じん、と涙腺が緩む。そうしてあたしは年の差を恨むのだ。
なんであたしは、もうちょっと早く生まれなかったんだろうって。なんで彼は、もうちょっと遅く生まれてくれなかっただろうって。
できるだけ自然に手を振り解こうとして振り向くと、
不意にばっちりと目が合う。
こんなにしっかりと彼の目を見たのは久しぶりで、だからこそ外し方がわからなくなる。
じっと逸らさずあたしを映し続ける彼の目とは対照的に、どこからきたのかわからない気まずさで目の奥が揺らぐあたし。
「なあ、」
「あ、まだ食器全部片してなかったね、」
「なぁ、夏、」
「冷蔵庫のなか空だし、あたしなんか買ってくるよ。」
「…返事くらいしてくれないの?」
横を擦り抜けて部屋の中に逃げ込もうとしたあたしの腕を春が掴む。
眉間に皺を寄せて若干怒り気味の春と再び目が合う。
だから、これが嫌なの。
子供みたいな自分の行動が、余計歳の差を引き立たせてるみたいで。
あたしじしんが、すごくいや。
「ねえ春、そろそろ帰ったら?」
待ってる人がいるんでしょう?
そう続けるつもりだったのに、言ったらあたしのなかの何かが崩れそうで、言えなかった。
でもあたしは知っているのだ、レコスタのついた彼の家にはあたしと真反対と言ってもいいくらいのやわらかで綺麗な人がいることを。
「もしかして、気にしてる?あいつのこと、」
まさかそんなことを言われると思わなくて、肩が跳ねた。そして一瞬にして後悔する。そうですと言っているようなものじゃないか。
「安心して?もうあいつ、いないから。」
「は?!なんで…っ」
「君より可愛くて仕方がない子がいるからって言ったの。」
そんなこと、あたしの目を見て言わないでよ。気にせず流せるほど鈍感じゃないの、変に期待させないでよ、
「誰のことだと思う、?」
「、っ…だからさ、そーゆー馬鹿みたいなこと、」
言わないで、そう繋ごうと思った言葉は春に遮られて、
「今夜さ、俺泊まってってもいい?」
星空は眠らない。