クローゼットのバーにロープを掛けて、外れないようにしっかりと結ぶ。
踏み台に乗ってそっと首をかけ、踏み台を蹴れば終わりだ。

「さようなら、みんな」

ガタンと音を立てて、踏み台が転がった。


名前はクローゼットにぶら下がる自分の死体を見つめていた。
鬼灯と一緒になりたいが為に自ら死を選んで首を吊り、おそらく死ねたはいいものの、どこへ行けばいいのかも分からずただただ自分の死体と一緒に数日過ごしているだけだった。
無断欠勤が続きスマホに沢山連絡が来るものの、部屋に誰かが訪れる事はない。
だが今日は鬼灯が来る日で、おそらくもうそろそろ来る時間だ。

「エグいなぁ...」

室内はクーラーが効いているとはいえ、死体は徐々に腐り始めていた。
あまりにも見ていられないので、せめてもとシーツを被せておいた。
だが漂うニオイは変わらない。

「これ、鬼灯さんに見られるのやだなぁ...どうしよう...」

そこに、ピンポーンと軽快な音が室内に響いた。
ドキ、と二つの意味で心臓が高鳴った。
出るのを少し躊躇ったが、無視するわけにもいかない。
名前は意を決して、玄関の扉を開けた。

「こんばんは」
「こ...こんばん、は...」
「...いつもみたいに飛び付いて来てくれないんですか?」
「あっ...」

名前は部屋の中の事にばかり気を取られていて、いつものように抱き付いて迎えるのを忘れてしまった。
しまった、と思いつつ、いつものように鬼灯に抱き付く。

「何かあったんですか?」
「い...いや、なんにもないですよ...!」
「まぁとりあえず中に入れてください」
「あぁっ...!だ、だめだめ、今日はどこか外へ遊びに行きましょう!」
「何故ダメなんですか?まさか男が...」
「い、いませんて...!とにかくお部屋はダメですっ!」
「そう言われると気になります。お邪魔しますよ」

鬼灯は名前の制止も聞かず、草履を脱いでズカズカと部屋の中へ入って行った。

「何ですかこのシーツは...」
「だ、だめ...!見ないで...!」

名前は鬼灯を追いかけて、シーツを剥ぎ取ろうとする鬼灯をこちらへ向かせ、首元に抱き付いた。

「おねがい...っ...見ないで......っ」

名前は鬼灯に抱き付きながらすんすんと泣き始めた。

「どうしたんですか、そんなに泣いて...」
「見たら嫌いになります...っ」
「では何があるかだけ教えて下さい」

名前は鬼灯から離れ、鬼灯の目を見て言った。

「私...死んだんです...」
「......は...?」
「私の、死体なんです...あれ」

鬼灯はくるりと後ろを振り向いた。
そういえば、と鬼灯は鼻をヒクつかせた。

「だからお願いです、見ないでください...あんな惨めな姿見られたくないんです...」

名前は眉を下げながら鬼灯に懇願した。
鬼灯はそんな名前が急激に愛おしくなってしまい、強く抱き締めた。

「バカですね、自分でやったんですか?」
「...はい」
「苦しかったでしょう」

よしよし、と鬼灯が名前の頭を撫で、名前の目から再び涙が零れた。

「鬼灯さんと一緒にいられないのがっ...つらくて...」

鬼灯は名前を抱き締めながら喜びの感情に支配された。
自分の手で殺す事はできないと言っておきながら、名前が苦しいのを我慢して自分のために自殺したと聞いたらこうだ。
自分の狡さに嗤いながらも喜びの感情で満ち溢れている。

「愛してます、名前さん」
「...私も、です」
「これからはずっと一緒です。私達から”さよなら”という言葉は消えました」
「嬉しいです...」
「さぁ、一緒に行きましょう。私の住む世界へ」
「はい」

名前は鬼灯の手をしっかりと握りしめ、鬼灯と共に地獄へと旅立った。


鬼灯は名前を閻魔殿にある自室へと連れて来た。
途中ジロジロと好奇の目にさらされて名前が困っていたが、鬼灯は気にも留めずズカズカと中へ歩いて行った。

「ここが私が普段暮らしている部屋です」
「おお...(乱雑...)」
「いずれ一緒に住む所を探しましょう。狭いですが今はここで我慢して下さい」
「そんな。嬉しいです、鬼灯さんのお部屋にいられるなんて」
「ややこしくなるので部屋からは基本的に出ないで下さい。何かあればこの廊下をずっと行った先に私はいますので」
「分かりました」
「今日はもう遅いですし寝ましょうか。風呂場はこちらです」

名前はシャワーを浴び、予備の歯ブラシを貰って歯を磨き、鬼灯と布団の中へ潜り込んだ。
また死ぬほど(もう死んでるが)行為をするのか、とも思ったが、案外何もしなかった。


そして名前が地獄へ来て数日経った頃。
鬼灯が名前の生活必需品を揃えるために外へ行こうと言い出して来た。
名前は初めて見る地獄にワクワクしていた。
だがすぐに問題は起きた。
着物を仕立てて、会計してくるのでちょっと待っててくださいと鬼灯に言われた矢先に、待ってましたと言わんばかりに名前を狙っていた男が声を掛けてきた。

「お姉さん、可愛いね〜。俺とイイコトしない?」
「ばっ...しません!」
「いいじゃん。なんでダメなの?」
「恋人と来ていますので何処かへ行ってください」
「そんな男ほっといてさぁ」

男がそう言って名前の手を掴んだその時。
名前の後ろから拳が飛んできて男が飛んで行った。
男は向かい側の店のベンチに突っ込み痛そうにしている。

「人がいない隙を狙ってわざわざ声をかけるとは下衆ですね」
「鬼灯さんっ」

名前は鬼灯に抱き付いた。
そんな名前の頭を鬼灯がよしよしと撫でる。

「怖かったでしょう。もう帰りましょう、こんな野獣だらけな所にいつまでもいる必要はありません。用事は全て済みました」
「はい。ありがとうございます」

鬼灯は名前の手を引いて足早にそこを去って行った。
鬼灯の部屋に着くと、鬼灯は名前をぎゅっと抱き締めた。

「...鬼灯、さん...?」
「......ハァ」
「どうしたんですか?」
「...貴女が私以外のヤツと話しているだけで吐きそうになります...」
「......!」
「この気持ち、どうすればいいんでしょうねぇ。いっそ監禁でもしますか」
「えっ...!」
「もう離れているわけではないですし。ちょっと真剣な方向で考えておきます」
「え、え...」
「嫌ですか?」
「嫌...ではないですけど...」
「けど?」
「どうせなら...鬼灯さんに首輪を付けてもらってずっとお傍にいたいです...」
「...可愛い事言いますね。考えておきます」

鬼灯は名前にキスをして、そのままベッドへ押し倒した。



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -