「現世視察に行ってみましょう」

そんな鬼灯の一言がキッカケだった。

「現世視察、ですか。鬼灯様と私でですか?」
「そうです。今回は経験を積ませるためにも貴女を連れて行きます」
「かしこまりました。ご予定はいつにいたしましょう?」

そう言って名前は懐から手帳とペンを取り出した。

「明日です」
「はい、明日で......明日!?」
「明日は特に大事な用もないですし、他の補佐官が空いているのがちょうど明日だったので」
「は...はい、構いませんが...」

唐突だな、と思いながら名前は手帳に予定を書き込んだ。

「洋服はありますか?」
「いえ...ありません」
「では今から席を外していいので買ってきてください。ちゃんと領収証貰ってくるんですよ」
「ありがとうございます。どういった服装が良いでしょうか...?」
「お洒落な格好で」
「お洒落ですか...?」
「そうですね、デートに行くような、でも動きやすい格好が良いかと思います」
「かしこまりました...最善を尽くします...」

名前はどんな視察だよ、と心の中で突っ込みを入れながら鬼灯に一礼し、洋服を買いに閻魔庁を出て行った。


そして翌日。
用意ができたら部屋に来てくれとのことだったので、名前は身を整え鬼灯の部屋の扉をノックした。

「おはようございます。名前です」
「どうぞ」
「失礼します」

ガチャ、とノブを回し扉を開けると、そこには着替え中の鬼灯が立っていた。

「うわぁ!!」

名前は驚いて扉を元に戻し、部屋の外で頭を抱えた。
からかわれている、完全に。
そのまま少し待っていると、身支度を整えた鬼灯が扉を開けて姿を現した。

「何してるんですか?入ってきても良かったのに」
「〜〜っ......ご準備はよろしいですかっ?」
「ええ、準備万端です。行きましょうか」

鬼灯は涼しい顔をしてそう答え、部屋の鍵を締めると先に行ってしまった。
名前は朝からこんなでは先が思いやられる、と思いながらも渋々鬼灯の後を追った。
だんだん変わっていく景色に目を奪われながら、名前は鬼灯に尋ねた。

「今日はどちらへ行かれるんですか?」
「言ってませんでしたっけ。遊園地です」
「遊園地!?」
「まあ半分視察、半分遊びです」
「お給料をもらって遊びに行くなんて......」
「何か言いましたか?」
「いいえ、何も」
「一応仕事なので、後で報告書出してもらいますからね」
「は、はいっ...!」
「それと、」

鬼灯は名前の服装に目をやった後、よしよしと名前の頭を撫でた。

「服、可愛いですね。デートをしているような気分になります」
「デっ......!」

“デートに行くような、でも動きやすい格好”というリクエストに、名前は昨日頭を悩ませて洋服を買いに行ったが、結局選んだのは、水色ストライプのブラウス、白スキニー、黒のスニーカーだった。
鬼灯が希望しているものと合致しているかどうか不安だったが、どうやら正解だったらしい。

「あ、りがとうございます...」
「まぁ、デートなんですけど」
「えっ...!?」

そう言うと鬼灯は現世に降り立ったのをいい事に、名前の手を取って歩き始めた。

「わ、ちょっ...!」
「もう一度言いますが、半分は仕事ですが、もう半分は遊びですよ。私の言いたいこと、分かりますか?」
「え......えぇ...と...?」
「デートですよ」
「えぇぇ!?」
「それもかなり久々の」
「や、え、でも仕事は...」
「もちろん、仕事もしてください。次の現世フェスティバルへの参考に色々な物を見て感じてください」
「私、そういうオンオフの切り替えはまだ難しいって、」
「そのための訓練でもあります。頑張ってください」

頑張ってください、と丸投げされてしまった名前は困ってしまい、これから鬼灯にどのように接したらいいのか分からなくなってしまった。
そうして接し方を考えているうちに、いつの間にか目的地に着き、チケットを渡され中に入ってしまった。
名前は考え出した答えを伝えるため意を決して口を開いた。

「...あの、」
「はい、どうしました?」
「色々考えてみたんですけど、...やっぱり、私は仕事を優先します」
「.........」
「鬼灯様はデート気分で構いません。私は遊び気分で行動する気はないので、」
「いい加減にしてください。ここまで来て喧嘩なんてしたくないんですけど」
「っ......でも...」
「じゃあこうしましょう。敬語禁止、様付け禁止、一回破る毎に公衆の面前でキスします」
「はぁぁ!?」
「それが嫌ならその2つを守ることですね」
「〜〜っ......わかりま、」

鬼灯が名前に顔を近付けてきた。

「わかった!わかったから!」
「よろしい。面白いので破ってくれても構わないんですけどね」

行きましょう、と手を引かれて名前は鬼灯と遊園地の奥へと進んでいった。
まず目に入ったのはコーヒーカップだ。
名前はどうするんだろう、と鬼灯を見上げると、鬼灯は乗りましょうか、と声を掛けてきた。
上司とコーヒーカップってシュールだな、と思いつつも中に案内されコーヒーカップの中に座った。
コーヒーカップといえば定番のハンドル回し、ぐるぐると力任せにハンドルを回しジェットコースターのように振り回されるのを楽しむアレだ。
だが一応今は女友達などではなく上司と乗っているのだ。
はしゃぐわけにもいかない。
そんなことを考えていると開始のブザーが鳴り、くるくるとコーヒーカップが優しく回り始めた。

「.........」
「.........」
「.........(いやっ、何このシュールな空間!!)」

大の大人が二人コーヒーカップに乗り、何も話さず(話しながら乗る乗り物でもないが)じっと座っている。
乗っている人からはどうも思われていないかもしれないが、鉄柵の外にいる家族や友達、スタッフのお姉さんなどから見たらとてもシュールな絵だろう。
名前はその空間に我慢できず、そっとハンドルに手を掛けた。
ぐるり、と回そうとすると、鬼灯もハンドルに手を掛け回すのを阻止してきた。

「(あれ?回すの嫌い派?)」

名前はそう思うと悪戯心が湧いてきてしまい、なんとか回そうと手に力を込めた。
だが鬼灯の手によって阻止されたそれはビクともしない。

「〜〜うううっ...!なんでですか!嫌いなんですか!回すの!」
「気持ち悪くなるじゃないですか!」

そうして攻防を繰り返しているうちに、コーヒーカップはゆるゆると動きを遅くさせやがて止まってしまった。

「あぁ...負けた...」
「ほら行きますよ」

そう言われて手を引かれ、鉄柵の外に出た瞬間。

「わっ...!?」

名前の頬に鬼灯の温かい唇が触れた。

「なにす...っ」
「さっき敬語使ったでしょう。ちゃんと聞いてますからね」

うわぁぁぁ、と恥ずかしくなって名前は顔を手で覆ったが、鬼灯は全く気にしていないかのように名前の手を引いてそこを後にした。

次にやって来たのはお化け屋敷だ。

「いきなりメインディッシュですか......」

鬼灯がちら、と名前を見た。
名前は「あっ」と自分の失態に気付くと手で両頬を隠しキスされるのを阻止した。

「おやまァ、唇がガラ空きですねぇ」

そう言って顎を掴み、鬼灯は唇を重ねようとした。

「そ、そこはだめぇー!!」

名前はとっさの判断で顔を俯かせ、鬼灯の唇は名前の額へと押し当てられた。
またもうわぁぁぁーーと恥ずかしくなる名前を尻目に鬼灯は説明をし始めた。

「ここのお化け屋敷は生身の人間を使って驚かせてくるそうです。お化け屋敷は特に良く見ておくといいですよ、現世の人間が何に怖がっているか、...って貴女も元人間でしたね」
「...こ、怖いから手繋いでてください...」
「...今の台詞に免じて今の敬語には目を瞑ります」

名前は鬼灯の手に自ら手を絡め、体を寄り添わせて反対側の手まで使ってしがみ付いた。
鬼灯の腕に名前の胸が当たる。

「...私は嬉しいのでいいですが、そこまでですか?」
「いや...うん...あまり得意ではなくて...」

あまりというよりかなりなのだろう、と鬼灯は思ったが、ビビる名前を見るのもまた楽しいだろうと思い、腕にしがみ付いている名前を連れて奥へと歩いて行った。
薄暗い室内にはおどろおどろしい音楽が流れていて、何か音がするたびに名前はビクッと体を震わせぎゅう、とより鬼灯にしがみ付いた。
次の部屋へと差し掛かった瞬間、ワァッと天井からお化けが吊り下がってきた。

「うわぁああああ!!!!!」
「これ、オモチャかと思ったら人間がやってるじゃないですか。すごいですね」
「もういいよ行こうよぉ〜!!」
「はいはい」
『バァ』
「ひぎゃあ!!!」

名前は立て続けの脅かしに思わず鬼灯に抱きついた。

「おや...」
「もうやだ早く出ようよぉ......」

ポンポンと鬼灯が名前の頭を撫でると、名前はハッと自分の行動に気付き離れようとした。
が、鬼灯がそれを阻止した。

「離れなくていいです」
「いやでもっ...!」
「いい練習になったじゃないですか。これでハグはクリアですね」
「こ、こんなとこで......」

脅かし役のお化け達は周りを気にせずイチャつく二人に白目を向けていた。

お化け屋敷を出た後も様々なアトラクションに乗り、時々休憩をしたりして、気付けば夕方近くになっていた。

「鬼灯様、今日はそろそろお帰りになりま......あっ...」
「貴女は本当に懲りない人ですね」

鬼灯はそう言って名前に顔を近付け、名前はギュッと目を瞑った。
優しく名前の頬に鬼灯の唇が触れ、鬼灯は顔を離してから名前の様子を確認すると口を開いた。

「今日一日でかなりステップアップできたんじゃないですか?」
「え...?」
「そこまで恥ずかしがらなくなったでしょう」

名前は今日一日でかなりの回数を誤爆し、その分だけ頬にキスをされてきた。
そのおかげか初めにあったような死ぬほど恥ずかしいというような感情はほとんどなくなった。

「確かに...いや恥ずかしいけど。...もしかして、そのために...?」
「まあその他諸々のためですね」
「な...なんか、ありがとう...」
「どういたしまして。さて帰る前にもう一踏ん張りです」
「まだ何か乗るの?」
「ええ。観覧車です」
「お...おお...」

名前はデートの定番を思い出した。
カップルがデートをし最後に観覧車でキス、という流れだ。
今日はデートだけではなく仕事のためにも来ているが。

「(えっどうしようキスされるのかな...)」
「ほら行きますよ」
「う、うん...」

鬼灯は名前の手を引いて目的の場所へと歩いて行った。
平日というのもあってか今日はそんなに混んでいなかった。
観覧車の前に着くと、何組かが観覧車に次々と乗っていくが、ほとんどがカップルだった。
二人もその波に乗り、スタッフに案内されて中に入った。
名前が先に入って席に座り、鬼灯は反対側に座るのかと思いきや名前の隣に座ってきた。

「(ま、まじっすか...)」

観覧車の扉が閉められ、名前はなんだか気恥ずかしくなって外の景色に目を向けた。
数分そのまま揺られていたが、特に会話もない。

「(き、気まず...)」

鬼灯は気まずそうに外を見る##name1#を見た後、きゅっと力が入っている名前の手を見て、その手に自らの手を重ねた。
ぴくり、と名前の手が反応する。

「っ......」
「どうしてこっちを見てくれないんですか?」

名前はゆっくりと鬼灯の方に顔を向けた。
眉が下がっていてどうしたらいいのか分からないといった表情だ。

「怖いですか?」
「......分からない...。どうしたらいいのか、分からない...」
「何もしなくていいです」

鬼灯は名前の頭を優しく撫でた後、額に唇を押し当てた。
そして名前の頬に手を添え、額と額をくっ付けた。

「...嫌ですか?」
「.........」
「嫌なら今すぐ私を引っ叩いてください」

そう言われたが、まさか名前にそんな事ができるわけもなく、名前はオロオロとした後ちらりと鬼灯の目を見た。
鬼灯も名前の目を見つめている。

「っ......」

名前は諦めてきゅっと目を瞑った。
鬼灯はそれを確認すると、目を閉じて優しく唇を重ねた。
名前は鬼灯の唇の感触に恥ずかしくなってしまい、思わず鬼灯の胸板を押した。

「...すみません」
「や、ちがくて...嫌とかじゃなくて、その......し、心臓が死にそう...」
「...もう死んでますよ」
「...そう、だった」
「これからゆっくり慣れていきましょう」
「......うん」

名前はその夜、報告書を書いている時も、寮に帰ってからも、ふとキスした瞬間を思い出しては顔を赤くし一人で顔を覆った。



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