「ひどい雨だね」
「そうですね。タクシーを呼んで参ります」

名前が上司と取引先へ随行した帰りのことだった。
行きは晴れ晴れとした天気だったが、面会を終えて外に出ると土砂降りだった。

「(雷は鳴ってないから、無理かぁ)」

仕事中だというのに一瞬でもそんなことを考えてしまった自分を戒め、名前はタクシーを停めるべくビルの中にいる上司から離れて車道へと近寄った。
手を挙げてアピールするが、傘を持っているせいか視界が悪いせいか、ことごとく無視される。
挙げ句の果てにはタイヤによって跳ねた雨水が名前のストッキングを汚した。

「.........」

だがここで怒るわけにもいかず、上司をあまり待たせるわけにもいかないため、めげずにタクシーを停めようと努力した。
やっと停まったタクシーに待ってもらい、上司を呼んで車内に乗せて、その車に頭を下げて見送った。

「......はぁ」

今日は直帰なのでこの後はもう自力で家に帰るだけだが、明日の業務を円滑に進めるためにも残業をするべきかどうかと悩み始めた。

「(帰りたさ9割、残業する気1割...)」

立ち止まって一人で考え込んでいると、突然キャァァ、と誰かの悲鳴が上がった。
名前が傘を上げその声の方向を見ると、大型トラックがガードレールの無い歩道に乗り込みこちらに向かってくるのが見えた。
避けた女性が声を発したようだ。
名前は逃げなきゃ、と思い走り出そうとしたが、慌てたせいで脚を縺れさせて転んでしまった。

「いった...」

擦り剥いた膝を庇いながら逃げようとしたが、もう手遅れだった。
名前は目前に迫るトラックを目にしたのを最後に、意識を失った。


『あぁ...こりゃもうダメだな...』
『誰かっ!誰か警察を...!』
『居眠り運転みたいよ、若いのに気の毒に...』
『もうほとんど原型がないじゃないか...』


「(篭った声が聞こえる。まるで水の中にいるような...)」
「(体も冷たい...)」
「(ああ、私、トラックに轢かれたんだっけ...)」
「(もう一度、鬼灯くんに会いたかったなぁ...)」

『...さん』

「(誰かが、話しかけてる)」

『...っさん!』

「(この、声は...)」

「名前さん!!」

名前は呼びかける声に反応し、薄っすらと瞼を開いた。
目の前に広がるのは、黒。

「名前さん!生きてますか!?」
「生...き...?......」

降り注ぐ沢山の雨が名前の体を濡らす。
体が冷たいなぁ、と思っていると、徐々に痛みを感じ始め名前は顔を顰めた。

「(い......った......)」
「名前さん!」
「(この声は...)」

じわりじわりと身体中に痛みが広がり、意識が遠のいてきた。
意識が薄くなっていく中聞こえた、聞き覚えのある声は。

「...ほ...ず、き......く...、...?」
「っ!名前さん!」

そして名前は再び意識を失った。


次に意識を取り戻した時、名前は病院にいた。

「(...全身が痛い...)」

目は開くが体は重く沈んだように動かず、経験したことのないような痛みが全身を蝕んでいた。

「(私...生きてるの...?)」

ガタッと名前の真横で音が聞こえた。
そして頬に何か暖かいものが触れた。
体が動かない中目線だけをそちらに動かすと、見覚えのある顔がそこにあった。

「......ほお、ずき...くん...?」
「目を覚ましましたか...」
「なん、で...ここ、に...?」
「貴女が倒れていたのを見かけて、病院へ運んだんです」
「そ、か...。ごめんね、ありがと...」

そうか私は生きているのか、と名前は心の中で安堵した。

「とにかく今は寝てください。明日また来ますから」
「ん、ありがと」

酷く優しい手つきで頭を撫でられた、気がする。
名前はそう認識すると嬉しい気持ちが胸に広がった。
また会えたことがとても嬉しい。
話したいことが山程ある。
そう考えながら名前は体が良くなることを期待し、言われた通り眠りにつくことにした。


翌日名前が目を覚ました時には、体はかなり軽くなっていた。

「...あれ?」

こんなすぐに治るような怪我だったか、と疑問を浮かべながら、包帯だらけの体を起こした。
腹部を見ると包帯にかなり血が滲んでいる...が、痛みは全くなかった。
名前が呆然としていると、コンコン、と病室の扉がノックされた。

「はい」

扉が開くとそこには鬼灯が立っていた。
珍しく驚いたような顔をして。

「起きてて大丈夫なんですか?」
「え...うん...。なんか大丈夫みたい...?」

鬼灯は名前のベッドに近付くと、名前の所々血が滲んでいる場所に手を当て医者でもないのに触診を始めた。
痛い素振りを見せない名前を見て、鬼灯は包帯を取り始めた。

「ちょちょちょ、なにすんの!!」
「いやちょっと見せてください」
「やめて!スケベ!」
「スケベでいいですから見せなさい」

鬼灯は包帯を巻き取るのを諦め、包帯と包帯の間を割って肌を露出させた。

「傷が...ない...?」
「...えっと、私何も状況が分からないんだけどとりあえず説明してくれない...?」

鬼灯は傷の状態を確認して驚いた後、ベッドの横にあるパイプ椅子に腰掛けた。

「...雨の中、貴女が血塗れで倒れていたんですよ。かなりひどい状態でしたが意識があったので病院へ運びました」
「...どんな状態?」
「大まかに言えば腹の中身が露出して首がポッキリいってました」
「ヒェッ......よく生きてたな自分...」
「それが昨日の話です。で、今日来てみればこれは一体どういう状況ですか」
「私が聞きたいです」

名前は自分の体で異常な所がないか探った。
だがどこも折れている様子はなく、大きな傷も小さな傷もなかった。

「特に問題はなさそうだけど...」
「.........」
「ていうか、鬼灯くんいつの間にこっち来たの?」
「.........はい?」
「いや、だってまだお別れしてから1年くらいしか経ってないし...って、もしかしてまた変なところで働いてたりする?」
「何を寝惚けたこと言ってるんですか」
「え?」
「ここは貴女のいた世界ではありません」
「.....................え?」
「私が元々いる世界です。地獄です」
「......え?えええ...??」

名前は視線を病室の窓へと向けた。
空は暗く澱んでいる。
思わずベッドから下りて窓の外を覗くと、見たこともないような景色が広がっていた。
まるで時代劇のセットか何かのような。
名前は頭が混乱した。

「京都にこんな感じのとこ、あったなぁ...」
「映画村ですか」
「よくご存知で...」

道を歩く鬼(?)達を見て、名前はコスプレか何かかなと現実逃避をし始めた。

「現実を受け入れられないといった感じですね」
「鬼灯くんの適応力半端なかったんだなってことだけはよく分かったよ」

名前は諦めてベッドに座り、膝を抱えた。

「...昨日、一応記録保管庫を調べてきました」
「記録保管庫?」
「あっちで言う戸籍みたいなものです。...まぁ、当然ありませんでした」
「私は存在してない、ってこと?」
「そうなりますね。通常出生からずっと人生を記録されるものなんですが、全く見当たりませんでした」
「まぁ、だよねぇ...」

当然と言えば当然なのだが、名前は落ち込んだ。
右も左も分からない世界に突然来てしまって、頼る先もなくて、帰る手立てもなくて、もちろんこの世界で生きていく知識もあるのかすら危うい。

「...私、これからどうすればいいんだろ...」
「私がこのまま貴女を見捨てるとでも思ってるんですか?」
「...だって、そんな...鬼灯くん、確か偉い人なんでしょ?そんな突然現れた見知らぬ女を...ねぇ?」
「突然現れた見知らぬ私をどうにかしてくれたのは貴女です」
「.........」
「それも一度や二度じゃありません。経済力も権力もないただの中学生が幼い子供を、学業と仕事を両立させて頑張る高校生が角の生えた青年を、やっと自立した成人女性がくたびれていた男を、」

名前はじわりと目に涙が浮かんだ。

「助けてくれたのは、全部貴女でしょう」
「.........」

名前は鬼灯との過去の思い出を振り返った。
そして鬼灯がそんな風に思ってくれていたことに嬉しさを感じ、涙は更に溢れ、頬を伝う前に名前自身が手で顔を覆った。

「そんな貴女を突き放せと言うのですか」
「っ......」
「そんなに薄情な男に見えますか、私は」

ふるふる、と弱々しく名前が首を横に振った。

「ごめん、っ......止まんない...」

鬼灯はベッドに腰掛け、そう言う名前の頭を優しく撫でた。

「...まぁ、今日は大事をとってもう一泊して下さい」
「うん...っ」

顔を上げた途端に額にキスしてきた鬼灯に、名前は頬を赤く染め再び顔を手で覆った。


次の日名前は退院した。
一応最後に、と医者が体全体を見てくれたのだが、名前の体には傷一つなく大変驚いていた。
迎えに来てくれた鬼灯と合流し、名前が見たこともない景色に余所見しながら歩いていると、鬼灯が名前の手を掴んできた。
名前は偉い人が見知らぬ女を連れてるなんて誤解されてはいけない!と自ら手を離そうとしたが、残念ながら力では叶わなかった。
立派な構えの建物に入り、ひとつの部屋へと案内された。

「狭くて申し訳ないですがしばらくここで暮らして下さい」
「ここは?」
「私の部屋です」
「...わぁお...」

意外と散らかっているんだな、と部屋を見回していると、奥のシングルベッドが目に入った。

「...シングルで一緒に寝るの......?」
「何か不満でも?」
「えっ...あ、いや...」

以前一緒に寝ていたとはいえそこそこ月日が経っている上に、名前のベッドはセミダブルだった。
名前はシングルで寝て自分の心境が大丈夫なのかとか、身の安全的に大丈夫なのかとか、色々なことを考えた。

「ご安心を。私は夜は遅く朝は早いので貴女が寝ている時に少し眠るくらいですよ。部屋に帰ってこない日もあると思います」
「...う、ん...」
「獄卒でない方に寮の部屋を貸すわけにもいかないですし、何も分からない中どこか離れた場所に住まわせるわけにもいかないでしょう。我慢して下さい」
「...うん、いや、住処を提供してくれるだけでとても有難いです...」
「...分かったのなら、今から生活必需品を買いに行きますよ」
「えっ...」

そう言って扉へ向かう鬼灯を名前は引き止めた。

「まってまって、お金ないし特にいらないって...!」
「...何日こちらにいるのか知りませんけど、ずっと同じ下着穿き続けるつもりですか?」
「ぐっ...そ、それ、は...」
「歯ブラシは?服は?シャンプーは?此処には男物しかありませんよ」
「うっ...」
「だいたいなんで貴女に払わせる前提なんですか。おかしいでしょう」
「おかしい...かな...」
「貴女が帰るその日まで一生面倒を見ますから、黙って面倒を見られていなさい」

名前は鬼灯のその言葉に目を見開き、言葉の意味を理解すると、ぶわわと言葉にできないような感情が膨れ上がり一気に赤面した。

「お礼は体でいいですよ」
「っ......ば、ばか!」

鬼灯は宣言通り、名前がこちらで過ごしていくために必要なものを全て購入した。
鬼灯が名前の世界に来た時は大してお金もかけてあげられなかったという自覚があるため、面倒を見ると言われたとはいえ名前はやはり申し訳無い気持ちになってきて、極力無駄なものは買わせないように努力した。
日用品等は仕方ないが、中でも一番高かったのは着物だ。
鬼灯はお勧めの物や名前に似合いそうな色を店主に聞き、一応名前にも聞いて、じゃあこれ、あとこれも、と小物を含んだ何点もの商品を買おうとした。

「まってまって、何着買う気よ...!」
「何枚あっても困らないと思いますが...」
「ていうか私着付けできないし!洋服は?洋服じゃダメなの?」
「私は構いませんけど、浮きますよ。私がこの姿のままあちらの世界にいたら浮くでしょう」
「ぐっ...そ、そうだけど...」
「毎日着てれば覚えますよ」

それ以上口答えすることもできず、名前は支払額を下げるさせることを諦め、鬼灯はスマートに会計を終わらせたのだった。

「あの...ありがとうございます...」
「今夜、楽しみにしてますからね」
「まだそのネタ引きずるか...!」
「そろそろ夕飯の時間ですし、荷物を置いたらどこかへ行きましょうか」

からかっているのか本気で言っているのか分からない鬼灯に付いて行き、鬼灯の部屋に荷物を置いた後外食に行くために再度出掛けた。
静かそうな和食の店に入ったが、名前は見たこともないようなメニューが載っているのを見て眉根を寄せた。
だが冒険することはせず、無難なメニューを選んだ。

「そういえば、雨は降ってましたが雷は鳴ってませんでしたよね。どうやってこちらに来たんですか?」
「......実は、ね」

名前は恐らくこちらに来たきっかけであろう事故のことを話した。

「あぁ、だからスーツだったんですか」
「うん...。......あれ?」

名前はふと違和感に気付き、自分の首元を触った。

「ネックレスがない...!」

その事実に気付くと、はぁぁ、と深い溜息をついてあからさまに落ち込んだ。
鬼灯はそこまで大切な物だと思ってくれていたことに嬉しさを感じた。
少しからかおうか悩んだが、名前は落ち込んでいるようなので素直に自身の懐に手を入れ、ネックレスを取り出した。

「これですか?」
「え...?あっ...!な、なんで...!?」
「医者に見せる際アクセサリーは外すよう言われたので。血も拭いておきましたよ」

鬼灯が名前にネックレスを差し出すと、ありがとう、と泣きそうな顔をしてそれを受け取り首に付けた。

「付けてくれているんですね」
「...当たり前だよ」

鬼灯は名前の世界にいた時のことを思い出し色々と話したいことが浮かんできたが、場所を考えてそれはやめることにした。

「...まぁ、事故が原因だとしたらえげつない状態だったのも辻褄が合いますね。しかし何故それでこちらに飛ばされたのか...」
「...もしかして、私死んだとか...?」
「......なくはないですね。亡者扱いだと考えればすぐに傷が治ったのも納得できます」
「もしそうだったとしたら、私は元の世界に帰れないのでは...?」
「可能性は大いにありますね」
「まじか......」

名前はしばらく一点を見つめて考えた。
元の世界に未練はない。
強いて言えば突然いなくなって(というか死んで)しまって上司に申し訳ないなぁ、お世話になったなぁ、という思いがあるくらいだ。
家族仲も良くなければ特に仲良くしている友達も恋人もいない。
だが、これからずっとここにいることを考えると不安の気持ちが増えた。
鬼灯は面倒を見てくれると言っていたが、まさか本当にずっとお世話になるわけにもいかない。
だが仕事をしようにも、この世界についての知識がない。
着物さえ着れないのだ、名前の世界の常識が全て通じるとも思えない。
では知識をつけるため鬼灯を頼るか?
しかし鬼灯はここでは偉い人だと言っていた。
そんな偉い人が突然現れた得体の知れない女に手をかけ諸々教えるなど、世間体的にどうなのか。
そう考えると段々鬼灯の部屋に住み着くのもどうなのかという気持ちになってきた。
物乞い?ホームレス?もしくは体を売るか?
前者二つはプライドが許さないので最終手段として、やはり体を売るしかないのか。
そうすれば衣食住に困る心配はなく、少し我慢をすればお金も手に入る。
その“少し”が我慢できるかどうかが問題なのだが。

「(でも体売りますなんて言ったって、絶対許してくれないよなぁ、鬼灯くん。当たり前だけど)」
「...何かくだらない事を考えているでしょう」
「そんなことはない。これは深刻な問題です」
「どういう問題ですか?」
「......秘密」

そう言うと鬼灯は眉根を寄せて怖い顔をした。
こわっ、と名前は思ったが怯むことなく話を続けた。

「...だって、言ったって絶対許可してくれないもん」
「やっぱりくだらない事考えてるじゃないですか」
「.........」

それ以上何も答えることができず黙っていると、テーブルに作りたての料理が提供された。
名前は無理矢理話を終えるようにして鬼灯に食べよう、と声をかけた。

その後食べ終えて鬼灯の部屋に帰るまで、ずっと会話がなかった。
名前が先に風呂に入るよう勧められ、出て鬼灯が風呂に入っている間に、名前はベッドで膝を抱えてこれからのことを考えた。

「(...まず、そういう所がどの辺にあるのかそこから調べなきゃ)」
「(かけてもらったお金は働いて貯まったら返そう)」
「(で、ある程度知識がついたら顔見知りのいないどこか遠くで普通の仕事を探そう)」

そう冷静に考えてはいるが、何度誤魔化そうとしても湧き出してくる言いようのない不安感に思わず涙が溢れ、顔を膝に伏せた。

「(鬼灯くんが好きだとか、好きだから少しでも一緒にいたいとか、言ってられないし。好きだからこそ迷惑かけたくないし。...でもそんなことしたら、もう二度と顔なんて合わせられないな...)」

そうやって一人で色々なことを考えていると、鬼灯はすぐに風呂場から出てきた。
鬼灯はベッドの上で膝を抱えて蹲っている名前を見て、まだ何か考えているのか、と溜息をついた。
名前は鬼灯に何を言われるのかと少し構えた。
鬼灯は名前の隣に腰掛け、名前の頭を撫でた。

「まだ何か考えているんですか?」
「......うん」
「言ってください」
「......言ったら怒ると思う」
「...内容によります」

名前はそれを聞いて黙ってしまったが、黙っていても諦めてくれる様子がないので仕方なく口を開いた。

「......私、出てく」
「......はぁ?」
「......花街がどこにあるのかだけ、教えて」
「どういうことですか?」
「...察してよ」

二人の間に沈黙が走る。

「...それを聞いて私が教えるとでも?」
「......じゃあ自分で探す」

鬼灯はその言葉を聞いて名前の伏せている顔を無理矢理上げた。
名前の顔は涙でぐちゃぐちゃになっていた。

「貴女私が怪しい所で働いてた時言いましたよね。面倒見てあげるからそんなとこ行かないで、これ以上辛い思いするの見ていたくない、と」
「.........」
「あの台詞、今そのままそっくり返しますよ」
「っ......」
「他の男に抱かれる仕事をするのを目を瞑れと?だいたい貴女がそんなことできるはずないでしょう」
「でっ...できる、もん...!やらなきゃ生きていけないんだから...!」
「.........」

それを聞くと鬼灯は、名前をベッドに押し倒して組み敷いた。

「どうしてもやるというのなら、先に私が抱きます」
「へっ...?」
「できるんですよね?あぁお金なら払います」

鬼灯は懐から何枚かの紙幣を取り出し、名前の手にそれを握らせた。

「他の男に汚される前に私が美味しく頂きますから」
「ちょっ...ま、っ...!」
「優しくしますので安心して下さい」

鬼灯はそう宣言すると名前の唇にキスをしようとした。
が、名前が顔を逸らして手で遮ることによってそれは阻止された。

「.........」

鬼灯は口付けすることを諦め、そのまま下に向かい首筋や胸元を唇と舌で愛撫し、襦袢の上から柔らかい名前の胸を揉んだ。

「〜〜〜っ...!や、やだ...!やめて...!」

鬼灯はその言葉を無視して、襦袢の伊達締めに手を掛けた。

「お願いっ...鬼灯くん...!やめて...お願い...っ!」

名前は泣きながらそう訴えた。
しゃくり上げながら弱々しく鬼灯の手を掴む名前を見て、鬼灯はようやく手を止めた。

「私に抱かれるのが嫌なんですか、単にするのが嫌なんですか」
「っ...っ......ふ、ぅ......っ」
「それとも額が、」
「こんな形で、したく...ない...っ」
「.........っ」
「...っ...うう......っ」
「......すみませんでした」

鬼灯は名前の上から退き、名前の体を起こした。
泣き続ける名前の頭を優しく撫で、やっと名前が落ち着いた頃に鬼灯は言った。

「この先のことを考えて辛くなるくらいだったら何も考えないで下さい。仕事なんてしなくていいです、養えるくらいの金はありますから」
「ふ、っ...立場が真逆、だね...」

それでも納得していなさそうな名前を見て、鬼灯は少し考えた後提案をした。

「どうしてもと言うのならこうしましょう。以前言っていた私の秘書はどうですか?兼務秘書として」
「えっ...。う、嬉しいけど...この世界のこと何も知らない私にできるのかな...」
「そこは一から教えますよ。時間はかかるかもしれませんが」
「それに、こんな得体の知れない人物を急に秘書にしたら周りの目とか...」
「私は気にしません。貴女が気になるというのであれば、文句を言わせないよう各部署で研修を組んで経験を積みましょう」
「ほぉ...研修...」
「地獄は272の細かい部署に分かれています。各部署で一か月ずつ研修期間を設けましょう。まぁ八寒地獄や動物メインの所は1日視察する程度でいいかもしれませんが...」
「えっと...つまり全部でどれくらい?」
「単純計算で11年とちょっとですね」
「...私、そんなに長くいるかな...?」
「分かりません。途中で帰ることになったのならその時はその時です」
「......そっか」
「まずは地獄の空気に慣れてください。来月あたりからゆっくり始めましょう」
「...はい。よろしくお願いします」

その後仲直りをした二人は狭いベッドで共に眠ることにした。
...二人共あまり眠れなかったようだが。



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