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海でひとしきり遊んだ後、風呂で塩や砂を流し、ホテルについているバイキングで夕食を取った。
売店で小さめの泡盛の瓶やツマミを買い、部屋で晩酌をすることにした。
部屋は洋室で、窓際には椅子二つと丸いテーブルが置いてあり、そこからは夜の海と綺麗な夜空が見える。
二人は椅子に腰掛け、晩酌の準備をした。
鬼灯はストレートで、名前は水割りだ。

「わぁ、おいしい」
「おいしいですね」

味わったことのない味に二人は感動の声を上げた。
鬼灯は酒が弱い名前を見てあまり飲みすぎないよう注意した。

「...昔さ。丁くんだった時、ここ行きたい!って沖縄の海指差したこと憶えてる?」
「そうでしたっけ。海に行ったのは覚えてますが」
「覚えてないんかーい!いやでもさ、当時の金銭状況じゃ沖縄なんて無理じゃん。だから自由のきく今連れて来たかったの」
「...そうですか。ありがとうございます」

鬼灯は名前が、自分が思っていたより自分のことを大切にしてくれていることに、心が動かされた。
それなのに自分は何も返せていない、とも思った。

「...私は何も恩返しできてないですね」
「そんなことないよ!家のことやってくれたり、私の面倒見てくれたり、一緒に遊びに行ってくれたり、励ましてくれたり、男の人に慣れさせる練習をさせてくれたり...」
「何だか今日が最後みたいなこと言いますね」
「......だって、もうすぐ帰っちゃうんでしょ」

名前は笑顔を一変させて寂しそうな顔をし、膝を抱えて頭を寝かせた。

「......そうでしょうね」

鬼灯はなんとも言えない気持ちを隠すように、グラスを傾け中身を飲み干した。
再び瓶に手が伸びる。

「......やだ」
「......そうですね」

名前はじわじわと溢れてくる涙を我慢することなく流させた。
膝に涙が伝う。
最初は静かに泣いていたが次第に鼻をすすり始め、肩を震わせでぼろぼろと泣いた。
鬼灯はグラスを置いて立ち上がり、名前の傍に行って頭を撫でた。

「っ...今、も...下心...っあるの...?」
「流石にそこまでデリカシー無くはないです」
「ふふっ...ふひっ...」

名前は泣きながら小さく笑い始めた。

「...っはぁ...」
「落ち着きましたか?」
「ふふ...うん、おかげさまで」

鬼灯はそれを聞くと名前から離れて、椅子に腰掛け再度酒を飲み始めた。
名前は言うか迷ったが、なんでもないようなフリをして鬼灯の心を揺さぶるようなことを口にした。

「...私、このままずっと一緒にいたら鬼灯くんのこと好きになれたかも」
「っ...ゲホッ...」
「...大丈夫?.........あっ、いや!別に今が嫌いってわけじゃないよ!?」
「わかってますよ...そこに驚いたわけじゃありません...」

鬼灯ははぁ、と息をついて咳を落ち着かせた。
そしてなんと返答したら良いか悩んだ。

「...あ、でも私が好きになっても鬼灯くんが私を好いてくれるとは限らないね」
「...さぁ、どうでしょう」
「え?そこはそうですねじゃないの?」
「どうでしょうね、にしておきます」
「.........」

二人の間に沈黙が流れた。

「...鬼灯くんって、なんで下心を持って私に触れようとするの?」
「男ですから」
「じゃあ誰に対してもそうなの...?」
「流石にそこまで節操なくはないです」
「じゃあなんで?何基準??」

鬼灯はその先を答えてはくれなかった。
名前はしばらく考えた後、鬼灯を見つめながら言った。

「鬼灯くんは前、男は好きな女性に触れたくなるから下心が生まれて当たり前だって言ってた」
「.........」
「...じゃあ、私のこと好きなの?」
「...どうでしょうね」
「逆に好きじゃなかったら節操なくない?」
「...どうでしょうね」
「すぐそうやってはぐらかす...!」

名前は拗ねてグラスの中身を半分くらい飲んだ。

「好きって言ってほしいんですか?」
「そりゃ...言われて嫌な人はいないよね?」
「じゃあ好きです」
「......なんか違う...」
「私も言われて嫌ではないので言ってくださいよ」
「はっ!?なんでよ!やだよ!」
「人に言わせておいて自分は言わないんですか?」
「恥ずかしいからやだ!」
「ほら早く」
「...からかってるでしょ」
「まぁ半分」
「ぐぐ...っ」

名前は酒で顔が熱いのか恥ずかしくて顔が熱いのかわからなくなってきた。
鬼灯は平然とした顔で酒を飲み続けている。
名前は膝に顔を埋めて小さな声で言った。

「.........好きだよ」
「.........」
「.........」
「.........」
「.........えっ!?いや無視!?」
「これ以上何を言えと」
「いやほら...いや...なんだろう...」

確かにこれ以上何を言えと、と言われれば何だろうと考え込んでしまう。
名前は考えてみたが特に答えは出てこなかった。

「で?その告白は本心ですか?ノリですか?」
「.........どうでしょうね?」

ふふふ、と名前が笑った。

「うそだよ!昔も今も大好きだよ!」
「...どうも」

鬼灯は不貞腐れたようにそう言ってまた酒を飲んだ。

「あ!あともういっこ聞きたいことある!」
「なんですか今度は...」
「なんで私に手出してこないの?」
「...はぁ?嫌がるし泣くでしょう」
「嫌がりも泣きもしなかったら抱くの?」
「...なんで今日はそういう質問ばっかりなんですか?」
「いやだって気になるじゃん...全然抱けるとか言ってたし」
「そんなの聞いてどうするんですか、ていうか酔ってます?」

名前はニコニコと鬼灯を見ているが、その頬は赤く染まり心なしかふにゃんとした表情になっている。

「酔ってなーいよ」
「酔っ払いはみんなそう言うんです」
「で?嫌がらなかったら私のこと抱くの?」
「...初なくせにそうやって人を煽って。抱きたいって言ったら抱かせてくれるんですか!?」
「え?抱きたいの?」
「抱きたいですよ!!」
「えええっ...!?」
「何か文句ありますか!!」
「...なんで!?」
「自分で考えなさい!」

鬼灯は怒ったような顔をして酒を煽った。
名前は何を言っていいか分からず挙動不審になっている。

「えっと...ほ...鬼灯くん、酔ってる...?」
「...これくらいじゃ酔いません」
「酔っ払いはみんなそう言うんだよ?」
「貴女が酔ってる事にしたいだけでしょう」

名前は俯いてしまった。
自分で考えろと言われても、酔っているせいもあるが考えても考えても決定的な答えは出なかった。
だが不思議と鬼灯にそういう目で見られていると知っても、嫌だ・汚らわしいといった気持ちは湧いてこなかった。

「...ねぇ、嫌じゃない」
「...はい?」
「自分でもびっくりしてるんだけど、そういう目で見られてるって知っても汚らわしいとか気持ち悪いとかって別に思わないって事に気付いた」
「以前はどうだったんですか?」
「......いや、普通に気持ち悪かったな...」
「でもいざするってなったら話は別なんじゃないですか?」
「......そうかもしれない」

だからといって実際に行為ができるかどうか試してみてほしいなんて気軽に言えるものではなかった。
名前は回らない頭でどうしたらいいか考えた。

「いっこお願いしてもいい?」
「嫌な予感しかしないですけど、一応聞きます」
「ちょっと触ってみてくれない?」
「...どこをですか」
「どこでもいい。嫌だと思ったら嫌って言うから」
「この前抱き付かれて泣いたくせに何言ってるんですか?」
「......確かに。仰る通りですわ...」

名前ははぁ、と溜息をついて、椅子にもたれかかった。
なかなか上手くいかない自分を残念に思っているようだ。

「これ以上変な事を言い出す前にもう寝た方がいいですよ」
「...そうだね。たくさん泳いで疲れたし」

いつの間にか瓶の中身は鬼灯によって空にされていた。
二人は歯を磨き、いつもより少し広いダブルベッドに入った。
名前は眠ろうと目を瞑っていたが、いつもより遠い鬼灯に寂しさを感じてなかなか眠りにつけなかった。
鬼灯を見たが寝ているのか起きているのか分からない。
名前はどうしようか悩んだが、鬼灯が寝ている事を願ってスプリングが上下しないよう少しずつ鬼灯に体を寄せた。

「いい加減にしなさい」
「ひっ...起きてた...?」
「人を散々煽っておいてその上ベッドでくっついてくる。私にだって我慢の限界くらいありますよ」
「え、や、ごめ...」

謝る名前を無視して上半身だけ覆い被さり、嫌がっていないと分かると名前に顔を寄せた。

「(わっ...)」

鼻と鼻がぶつかり、キスされる、と思い名前は目を瞑って構えた。
だが鬼灯はそれ以上進んでこなかった。
鬼灯は離れて溜息をつくと、名前に背を向けてしまった。

「(...やっぱり、嫌じゃなかった)」

鬼灯が背を向けてしまった事を残念に思ったが、不思議な感覚に自分で驚き、その後も考え込んでしばらく眠れなかった。


翌朝。
名前は誰かに頭を撫でられている感じがして目を覚ました。

「おはようございます」
「......おはよう...」
「着替えてご飯食べに行きますよ」
「......まだねむい...」

そう言って二度寝しようとする名前を見て鬼灯は言った。

「起きないとキスしますよ」
「.........んー......できるものならしてみろー...」
「...ほう」

そうは言っても鬼灯は絶対にキスしてこない、私で遊んでいるだけだと、名前は先程より覚醒した頭で考えながら挑発するように笑みを浮かべた。
鬼灯は手をついて名前に顔を近付けた。
まだ名前は余裕そうだ。

「昨日私がしなかったからっておちょくってます?」
「だってしないでしょ?」
「したら泣くくせに」
「鬼灯くんは私を泣かせるようなことしないもん」
「だからってからかうのは感心しません」

鬼灯は名前の唇を親指でなぞった。
柔らかいのにハリがあって美味しそうだ、と鬼灯は思った。
唇をなぞられてぞわっとした名前は顔に恐怖の色が浮かんだ。

「ほら、怖いんじゃないですか」
「...ごめんなさい」
「貴女は結局迫られるのは平気でも本当にされるって実感がないだけなんですよ」

鬼灯はそう言うとスッと名前から離れた。
名前は落ち込んだような顔をしていた。

旅行二日目は翌日の仕事に備えて早く帰る予定を立てており、あまり満喫している時間はなかった。
ホテルを出て国際通りで少しショッピングをし、空港でご飯を食べてから沖縄を発った。
機内では前日の疲れがまだ残っていたのか二人共ぐっすり眠ってしまい、飛行機が着陸した時の衝撃で起きた。
特に寄り道することもなく真っ直ぐ帰り、家に着いたのは夕方だった。

「はぁ〜〜疲れたぁ〜〜」

名前は家に着くなりスーツケースを放置してソファに寝転がった。

「夕飯どうします?」
「作るのめんどくさいし買い物行くのもめんどくさいしもう出前取ろう...」
「リッチですねぇ」

鬼灯はスーツケースを開けて衣類を全て洗濯機に入れた。
名前はしっかりしてるなぁ、と思いながらも動く気はなかった。

「ほらっ!服を脱ぐ!洗いますよ!」
「脱がせてぇ〜」
「貴女ホント懲りないですよね。泣かされたくなかったら自分で脱ぎなさい」
「わかったよぉ...」

名前は寝室に入り戸を閉めて部屋着に着替えた。
その後もテキパキと鬼灯が全てをやってくれて、名前は自分のダメさ加減に笑いつつ鬼灯に感動した。
そして就寝時間になって二人でベッドに入ると、鬼灯が珍しく名前の方に体を向けた。

「...名前さん、明後日誕生日ですよね?」
「よく覚えてたね」
「少し早く帰れませんか?」
「定時なら頑張ればなんとか...何もなければだけど」
「じゃあそうして下さい。ご飯食べに行きましょう」
「え、やったー!楽しみにしてるね!」

名前はあまり祝ってもらった記憶のない誕生日を初めて楽しく過ごせるかもしれないと思い、ワクワクしながら眠りについた。



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