「ね、ね、明日ここ行こ?」

仕事から帰ってきた名前は花火大会のチラシを掲げてそう言った。
鬼灯がチラシを受け取って目にすると、電車で15分程乗り継いだところで開催される花火大会らしい。

「いいですけど、これだけ大きいとかなり混んでそうですね」
「それがね〜聞いてよ〜」

じゃじゃーん!と懐から2枚の紙を取り出して鬼灯に見せつけた。
その紙には観覧席ご招待券と書いてある。

「上司が奥様と行く予定だったんだけど出張になっちゃったからあげるって言ってくれたの!」
「ほう」
「しかも椅子席だよ!さすが役員クラスは違うよね!」
「そうですね、これなら行っていいかもしれません」
「やったー!仕事終わったらソッコー向かうけど、待ち合わせ19時でいい?」
「現地待ち合わせで大丈夫ですか?」
「たぶん。鬼灯くん大きいからすぐわかるでしょ」

名前は遠足前の子供のようにワクワクしながら眠りにつき、仕事中も同僚に何か良い事でもあったの?と聞かれるほどウキウキしながら一日を過ごした。

人混みで待ち合わせには向いていないのに名前がわざわざ現地集合にしたのには理由がある。

「これでよし、と」

名前は全身鏡に映る浴衣姿の自分を見てそう呟いた。
学生時代は友達がいなくて祭に行くことすら叶わず、社会人になってからも恋人と別れてしまったりお互いの都合が合わなかったりでなかなか祭に行けなかったのだ。
寂しくて一人で屋台を堪能しに行ったことすらある。
虚しかったのですぐに帰ったが。

初めて誰かと行く祭。
初めて浴衣を着て行く祭。

だから名前は今日の祭をずっと楽しみにしていた。
浴衣は以前デートのために買ったが着ることなくそのままタンスにしまっておいたものだ。
着付けは動画を見ればすぐにできた。
髪もセットして、まるで恋人とデートに行くかのような浮かれ具合だ。

「(絶対かわいいって言わせてやる〜!)」

そんなことを考えながら上機嫌で目的地へと向かい、待ち合わせ場所に着いた。
予想通りだったが駅は人でごった返していた。
改札を出て人に揉まれていたが、壁際に頭ひとつ分飛び出している鬼灯を見つけた。

「鬼灯くん!」

人を掻き分け壁際に向かい、人混みから抜けると抜けた衝撃で転びそうになって、鬼灯がそれを受け止めた。

「お待たせ!」

鬼灯はにこにこと笑顔を向ける名前の姿をじっと見た。

「どう?可愛い?」
「...いいんじゃないでしょうか」

名前がむっとした顔になった。
可愛いと言ってほしそうだ。
つんつんと名前が鬼灯の服の裾を引っ張った。

「...可愛いですよ」
「えへへ。やったねー」

二人ははぐれないよう自然と手を繋いだ。

「花火は19時15分からだから、先に観覧席に行こ?」
「そうですね」

観覧席の場所は名前が知っている。
鬼灯はしっかりと名前の手を握って、名前の後を追った。
人混みを掻き分けながら観覧席に着くと、さすがに招待状を持っている人間しか入れないのか、大通りよりも人は少なかった。
紙に書かれた席の番号を探し、見つけて二人で座った。

「浴衣、どうしたんですか?」
「持ってたんだけど、着る機会がなくて...今日初めて着た」
「そうですか。似合ってますよ」
「えへへーありがとう」

鬼灯はそう褒めた後、名前の手を取って胸の高さまで上げた。

「手を握るのは平気なんですね」
「......そういえば...」
「でも他の男は嫌なんですか?」
「うん、下心を感じ...」

名前はそう言いかけてハッとし、鬼灯の顔と繋がれている手を見比べた後パッと手を引いた。

「...下心のない男はいない...?」
「そうですね」
「鬼灯くんも...?」
「...全部が全部ではないですけど、そうですね」
「やっぱあるんじゃん!!」
「あって悪いですか!!」

先日下心があるのか聞いた時にノーコメントと答えた鬼灯に対して名前は責め立てたが、鬼灯は開き直って言い返した。

「気持ち悪い、不潔だと思いますか?」
「.........なんともいえない気持ちでいっぱいです」
「下心を持って手を繋いだらいけないんですか?」
「開き直りすぎじゃない?」
「貴女は少し誤解していると思います」

名前はむっとした顔で鬼灯を見上げた。

「下心を持って手を繋いだからって、全員が全員取って食おうとしてるわけじゃありませんよ?」
「......そんなの、わかってるし。わかってるけど、...わかんないじゃん、その人がどう思ってるかなんて」
「...まぁ、人の心までは覗けませんからね」
「でしょ?」
「でも、」

鬼灯が続きを言おうとしたその時、ドンと大きな音が響いて空に花火が上がった。
パァン、と聞こえて綺麗な火花が散る。

「...でも?」
「...今はいいです。花火を見ましょう」

次々と花火が打ち上げられては散っていく。
花火が空に咲く度に、おおーと周りから声が上がる。
名前と鬼灯は黙って空を見上げていたが、鬼灯は一瞬躊躇った後、そっと名前の手に指を絡めて握った。
名前はハッと空から鬼灯に目線を移し、絡め取られている手を見た後、どうしたらいいのかわからなくなってそのまま俯いた。
暑さで手のひらが汗ばむ。

「見ないともったいないですよ」

そう言われて名前は再度顔を上げたが、もう花火を見ている余裕などなかった。

30分程花火が打ち上がり、第一陣の打ち上げ花火は終わった。
30分後に第二陣が始まり、それで花火大会は終わる。
周りにいた人はほとんどが席を立って屋台を見に行き、観覧席には数人しか残っていなかった。
鬼灯と名前は手を繋いだままその場を動かなかった。
名前は花火が終わってからずっと俯いている。

「屋台、見に行きますか?」
「......うん」

二人は手を繋いだまま観覧席を出た。
最初は黙り込んでいた名前だが、焼きそばを食べたりわたあめを食べたりかき氷を食べたり、お腹を満たしていくうちに元気を取り戻していった。
そうして屋台を堪能し楽しんでいる間に、第二陣の花火が始まってしまった。

「あ〜もうそんなに時間経ってたかぁ...」
「まぁいいじゃないですか。ここからでもよく見えます」

二人は川沿いのちょうど空いていたベンチに腰掛け休憩していたところだ。
第二陣の花火は先程とは違う遠く離れた場所で打ち上がり、音もそんなに大きくなかった。

「...さっきの続き、教えて」

名前は先程鬼灯が言いかけた「でも」の続きを訊いた。

「...下心を持って触れられるのが嫌と言いますが、好いた女性に触れたいと思うのは当然のことです。下心が生まれて当然です。何がいけないんですか」
「...私のこと好きなの?」
「...誰も私の話とは言ってません。一般男性の話です」
「.........」
「貴女は好いた男性に触れたいとは思わないのですか?」
「......わかんない...」
「.........」
「と、いうか...多分そこまで好きだと思う人、今までいなかったのかも」

はぁぁ、と名前が深く溜息をついた。

「結局、私がだめなんだなぁ...なんかもう、男の人ってだけで構えてしまうもん...これは理屈じゃないんだよきっと...」
「なんにせよ男性慣れするところからですね」
「どうしたら慣れるのかなぁ...」
「...私を使ったらどうですか?」
「ええ...??」

名前は訝しげに鬼灯を見た。

「鬼灯くんを男の人として見ろってこと...?」
「そういうことです」
「えー...?いやぁ......うーん......」

鬼灯を見ていた名前は目線を外して、首を傾げ顎に手をやり、うんうんと考え始めた。

「.........無理な気がする......」
「なんですって......?」
「いやいやいやごめんて!そうじゃなくってさ!」

鬼灯が目を細めながら黒いオーラを出していたので、慌てて名前が謝った。

「なんていうか...男の人として見てしまったら、いけないような...」
「どうしてですか?」
「だってそしたらきっと怖くて一緒には寝れないし、でも私は鬼灯くんと一緒に寝たいし、もしそれで好きになっちゃったら報われなさすぎるし、それに例え鬼灯くんで慣れたとしても、いざ他の男の人と付き合ったら効果ないかもしれないし...」
「...まぁ色々突っ込みたいところはありますが。急に見ろと言われて見れるものでもないでしょうし、様子見ですね」
「いいの?意識したら私反射で引いちゃうよ?」
「それを直すっていう話でしょうが」

いつのまにか花火は終わっていた。
大通りを見るとゾロゾロと人が帰る姿が見える。
鬼灯は立ち上がってすっと名前に手を出した。
名前はその手をじっと見つめた後、鬼灯の顔をちら、と見た。
月明かりに照らされた鬼灯がいつもの仏頂面で名前を見下ろしている。
名前はそんな鬼灯を見て心臓がかすかに跳ねるのを感じ、驚いて胸をおさえ下を向いた。

「...ちょっと、まって...」

名前は初めて味わう感覚に困惑した。
鬼灯は名前から動くのを待っている。
名前は下を向いたまますっとベンチから立ち上がり、差し出されている手の小指をそっと掴んだ。

「...まぁ、上出来ですね」

その後名前は家に帰るまで一言も言葉を発さなかった。



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