「水族館行きたいなぁ」

雑誌を見ながら名前はそう言った。
名前が見ている雑誌には“定番のデートスポット特集”と書かれている。

「水族館、行きたいなぁー」

名前はもう一度、今度は鬼灯の顔を覗き込みながら言った。
鬼灯は冷めた目で見つめた後溜息をついた。

「...行きますか?」
「わーい!ありがとう!だいすき!」

名前はそう言い鬼灯の頭をぎゅっと抱きしめた。
鬼灯は動揺した。

「...やめなさい」
「あっ...ごめん」

名前は大して気にしている様子もなく着替えてくるね〜と上機嫌で隣の部屋へ行き、鬼灯もその間に先日名前が買ってきてくれた服に着替え、出かける準備をした。

今日は日曜日だ。
たまたま名前の仕事が休みでやることもないためこうして外に出てきたが、電車が混んでいることは想定していなかった。
大きな駅に着くたびに、どっと人が降りてどっと人が乗ってくる。
名前と鬼灯はドアの端の方に追いやられていたが、ドアが開くのは毎度反対側で、人の波から解放されることはなかった。
また大きな駅に着き、人がどっと降りた。
と思いきや、それ以上の人が乗ってくる。

「う、わっ...」

ぎゅう、と人に押される感覚がして、はぐれまいととっさに鬼灯の服の裾を掴んだ。
すると鬼灯は掴まれている腕を上げ、名前を引き寄せてから窓に手をついた。
鬼灯が手を張っているため名前の周りに少し余裕ができた。

「(か、壁ドン...!)」

名前はその事実になんだか照れてしまい、思わず俯いた。

「あ、ありがと...」
「...いえ」

そのまま何駅か通り過ぎあと一駅だ、というところで、鬼灯は何かに怯える名前に気付いた。

「...具合が悪いのですか?」

ふるふると名前が首を振った。
では一体何なのだ、と思い視線を巡らせると、人混みに紛れて名前に伸びる手に気がついた。
中年のサラリーマンのようだ。
名前のすぐ後ろはドアだが、横から手が伸びさわさわと指先だけで太ももを触っていた。
鬼灯は心の中が黒いもので覆われ、無意識のうちにその男の手を掴み無言で力を強く入れた。
男の手は逃げようと引っ張っているが、鬼の力に敵うはずもなく掴まれた部分はどんどん血が巡らなくなっていっている。
と、そこで不意にこちら側の扉が開いた。

「お、降りるよ...っ」

名前は鬼灯にそう言い手を引いて降りた。
手をおさえて痛そうにしている中年の男を見て、鬼灯は鼻を鳴らした。

「大丈夫ですか?」
「うん...ごめんね、ありがとう。行こ」

二人は気を取り直して駅のすぐ近くにある水族館へと入っていった。
中は薄暗く、様々な種類の魚が自由に泳ぎ回っていた。

「わぁー...小さい頃以来かも、水族館来るの」
「私は初めてです」
「そうだよね。ゆっくり楽しも〜」

休日だからか人がたくさんいたが、なんとか見て回ることができた。

「エイ!かわいい!」
「エイっていうんですか、あれ」
「そうだよ。可愛い顔してるけど普通に魚食べてるの見たことある」
「ほう...」
「あっカワウソ!握手できるって!」

鬼灯は次々とはしゃぐ名前を見て、以前の自分と立場が逆だなと思った。
鬼灯が名前の後を追うと、嬉々とカワウソと握手する名前がいた。
鬼灯も隣に寄ってカワウソと握手すると、名前が鬼灯を見てびっくりした。

「鬼灯くんもそんな顔するんだね...」
「!?」

ハッと我に返りいつもの仏頂面に戻した。

「見〜ちゃった〜」
「忘れてください...」

それから水族館をぐるりと回って、駅近くのイタリアンの店で早めの夕食を取ることにした。
席に着くと、鬼灯は店内をきょろきょろ見回し名前に質問をしてきた。

「いたりあんとは、なんですか?」
「遠い海の向こうにイタリアっていう国があってね、そこの料理のこと。こっちでいう日本食みたいなものだよ」
「行ったことあるんですか?」
「まさかぁ。なかなか行けるところじゃないよ」

鬼灯はテーブルに出されたパスタを見て、次にフォークとスプーンを見た。
どうやって食べるのか悩んでいるのだろう。
しかし名前がお手本を見せると飲み込みがとても早く、一人で普通に食べ始めた。

「鬼灯くんは飲み込みが早いよね、昔っから」
「そうでしょうか」
「頭がいいんだろうね」
「だといいですね」

そんな会話をしながら料理を食べ終え、二人は家へと帰った。
名前は歩き回って疲れたのかすぐに眠ってしまった。



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