10:擦れ違い


見てしまった。
鬼灯が女の人と歩いている所を、だ。
撮影が終わって甘味処で一息ついていると、西洋の服を纏った金髪の女性が、鬼灯に腕を絡ませて歩いているのを見かけた。

「(......なんだ)」

女性なら誰でもいいんじゃんか、とショックを受け、その後は落ち込んで甘味が喉を通らなくなってしまった。

「名前ちゃん?」

顔を上げると、白澤が名前の顔を覗き込んでいた。
白澤の所の薬はよく効くので、時々痛み止めなどをもらいに行っている。

「白澤さん。お久しぶりです。よくわかりましたね」
「カワイイ女の子のことならなんでもわかるよ。何か悩み事かな?」
「あはは...それがその...」

名前は気持ちが沈んでいる影響か、ポロリと悩みの内容を話してしまった。
相手が鬼灯だということは伏せて。

「...って、色んな女の子と遊ぶ白澤さんに話してもダメでした」
「ひどいなー。女の子の気持ちくらいわかってるつもりだよ」

白澤は近くを通った店員に甘味を頼んだ。

「僕はソイツなんかやめて僕にした方がいいと思うけどなぁ」
「色んな女の子と遊んでいるという点では同じじゃないですか」
「僕は一人一人ちゃんと愛してるし?」
「あぁー...」

名前は頭を抱えた。
別に付き合っているわけではないから鬼灯を責めようがない。

「ていうか、別に付き合ってないんだしいっか...」
「でも好きって言ってきてるんでしょ?んで、名前ちゃんもソイツのこと好きみたいだけど」
「...まぁ。でもほら、わたし恋愛しない系アイドルですから」

白澤は初耳だ、とでも言うように目をぱちくりさせた。
そこで注文した甘味が届いたので、白澤は甘味を頬張った。

「んじゃあ、やっぱり僕がいいね」
「えーなんでですか?」
「恋愛はしないけど甘えられる関係、ってことだよ」
「それ、セフレってことじゃないですか。余計ダメですよ」
「名前ちゃん。ストイックに活動するのはいい事だけど、あまりストイックすぎると自分が疲れちゃうよ?」
「..........うーん......」
「ま、僕はいつでも大歓迎だからさ。いつでもおいでよ」

その後少し雑談をしてから、二人は別れた。

「どうしようかな...」

名前は今日は本来、仕事が終わった後に鬼灯の元へ向かう予定だった。
先日鼻緒の犠牲となってしまったハンカチを新しく購入したので、渡すつもりだったのだ。

「でも、それとこれとは関係ないもんね...。お返しはきちんとしなくちゃ」

そう決心し、名前は閻魔庁へと向かった。





「こんにちは〜」

閻魔庁の扉を開け顔を出すと既に裁判は終えていて、閻魔だけがその場に残っていた。

「名前ちゃん!久しぶりだねぇ、元気だった?」
「ええ、おかげさまで。...鬼灯様はいらっしゃらないのですか?」
「鬼灯くんなら執務室で仕事してるよ」

ありがとうございます、と会釈し、名前は執務室へ向かった。
コンコン、と執務室の扉をノックすると、どうぞ、と低い声が返ってきた。

「失礼します」
「ああ、名前さんでしたか。どうされました?」

鬼灯の顔を見ていると、昼間の光景が蘇り、ムッとした気持ちになってきた。
さっさと渡して帰った方が良さそうだと名前は判断した。

「お仕事中にすみません。あの、先日ハンカチをダメにしてしまいましたので...これ、粗末なものですが」

そう言って小さい紙袋を差し出した。
粗末と言えどそれなりの値段がするものだ。
名前はこんな気持ちになるならもう少し安いものにしておけばよかった、と心の隅で思った。

「すみません、お心遣いを...ありがとうございます」
「では、わたしはこれで」

鬼灯に紙袋を渡すと、くるりと扉の方を向きすぐに帰ろうとした。
これ以上いても笑うこともできないし、何か余計なことを言ってしまいそうだったからだ。
だが鬼灯がすぐに帰すわけがなかった。

「何をそんなに怒っているんですか?」

鬼灯には勘付かれていたのだ。
名前はピタリと歩みを止め、鬼灯に言葉を返した。

「別に、怒っていません」
「怒っていないのなら、なぜそんな固い表情で素っ気ない態度なんです。私が何かしましたか」
「.........」

名前は何も答えられなくなり、沈黙した後失礼しますと言って帰ろうとした。
しかし鬼灯は逃さなかった。
名前を追いかけ、ドアノブに手を掛けた名前の腕を取り、くるりと鬼灯の方を向かせた。

「身に覚えもないのに冷たくされるつもりはないんですが」
「...身に覚えがない、はあ」

名前は何かを含んだような言い方で返した。

「じゃあ言わせてもらいますけど...。
鬼灯様は、女性なら誰でも良いのですね」
「.........は?」
「わたしに愛の言葉を囁いておきながら、わたしのいない間に西洋の女性とデートですか。すみませんねぇ私だけだと自惚れてしまって!」

一言吐き出すと次々と出てくる言葉が止まらなくなり、挑発するように長身の鬼灯を睨み上げ強くそう言った。

「昼間のあれですか。あれは...」
「言い訳なんて聞きたくありません。もういいです。こんなことなら白澤さんと愛のない関係を結んだ方がよっぽど気楽です」

ガン!!!と執務室に大きな音が響いた。
名前が音をした方を見ると、顔のすぐ横で扉に穴が開いていた。
...鬼灯の拳によって。

「白豚とセフレですか。あなたも大概じゃないですか。清純突き通してるクセに蓋を開けたらそんな女性だったんですねぇ」
「なんでそんな言い方...っ」
「許しませんよ」

鬼灯はもう片方の手で名前の顎を荒々しく掴み、自身の唇を名前の唇に重ねた。

「......っ、」

目の前には端正な顔があった。
名前は柔らかくて温かいものを感じて戸惑ったが、抵抗した。
だが両手で鬼灯の肩を押しても、びくともしなかった。
数秒してやっと離れたかと思うと、再び唇を重ねてこようとしたので、名前は思い切り鬼灯の頬を平手打ちした。
名前はハッとした後、何も言えなくなって扉を開けて去っていった。


擦れ違い
(あんな形でキスなんてしたくなかった)



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