※R15くらい


「ふああ......行ってきまぁーす」

名前は眠そうに欠伸をしながら玄関の扉を開けた。
朝起きて窓の外を見て分かっていたし、天気予報も確認したので分かっていたが、外に出れば大粒の雨が地面を打ち付けていた。
はぁ、靴濡れるの嫌だなぁ、と独り言を呟いて、お気に入りの傘を広げて道路に出た。
何も考えずに足を着けた地面に水溜りがあったようで、ピシャリと水が跳ね、早速水を吸い込んだ靴と靴下に憂鬱な気分になった。

家からそう遠くない最寄駅へと着くと、駅構内は雨のせいかいつもより人が多く、名前は憂鬱な気分が更に増すのを感じた。

「、わっ...!!」

ICカードをタッチして改札内に入ると、少し進んだ所で足を滑らせた。
痛みを覚悟して思わずぎゅっと目を瞑ると、痛みはやって来ず腹部と背中に温もりを感じた。

「大丈夫ですか?」
「すみませ、」

転ばないように抱きかかえてくれた事を知り、掛かった声に謝りながら振り向けば、そこには名前の大好きな鬼灯がいた。

「お兄ちゃん...!ありがとう助かった...」
「雨の日は滑りやすいですからね。足挫いてないですか?」
「うん、大丈夫」

それを聞いた鬼灯は名前をきちんと立たせてから、後ろはきっと詰まっているだろう、と推測して邪魔にならないよう奥へ進み、エスカレーターに乗った。

「今日は遅いんですね」
「雨で練習ないからさ」
「なるほど」
「でも朝からお兄ちゃんに会えてラッキー」
「はいはい」

ニコニコと笑顔を浮かべながら鬼灯を見上げてそう言う名前にあざといな、と思いながら、鬼灯は照れ隠しするように名前から視線を外した。

ホームに降りてちょうどやって来た電車を目にすると、電車内の混雑具合にうわぁと名前が露骨に嫌な顔をした。

「いつも以上に混んでますね。雨だからでしょうか」
「もうやだぁー...いつもはまだそんなに混んでない時間に乗るからさ...余計にこれ乗りたくない」
「乗らないと遅刻しますよ、次の電車も似たような感じでしょうし。少しの間だけ我慢です」
「うう...頑張る...」

電車の扉が開いてどっと人が降りてくる。
鬼灯は名前が流されないよう自分の方へと引き寄せて、前の人に続いて電車内へと入った。
二人とも二駅で降りるので奥まった所へは行かず、反対側の扉の所に二人で立ち、鬼灯は吊革が遠くて掴めない名前の為に扉側へ立たせて、すぐ近くのバーに掴まらせた。
どっと押し寄せてくる人の圧に負けないよう、ドアに腕を突いて名前を圧から守った。

「...ありがとう...つらくない?」
「大丈夫ですよ」

腕を突いて少しスペースができているものの、それでも近い、鬼灯はそう思った。
いつも勝手にベッドに入ってくる名前と一緒に寝ているくせに、どうしてこう外だからといってその近さを意識してしまうのか、自分の浅はかさに嫌気が差した。
電車が動き出し、進み始めてしばらく経ってから名前が鬼灯を見上げた。
鬼灯は気付かぬ振りをしていたが、視線に耐えかねて名前に視線を移すと、変わらずじっとこちらを見る目。

「...どうかしましたか?」
「いや...お兄ちゃん、すごくいい匂いするね」
「は...?」
「ちょっとときめいた」
「...何を言い出すかと思えば...」

いい匂い、ときめいた、と言われてとくんと跳ねた心臓を鬼灯は無視した。

「なんかつけてる?」
「つけてませんよ」
「うそだぁ」
「こら、嗅ぐな」

くんくんと顔を擦り寄せ鬼灯の胸元を嗅ぐ名前。
自ら密着してくる名前に下心が湧いたが、それを否定して体を離す事よりも欲の方が勝ってしまい、抵抗するのはやめた。

そうしてしばらくすると、次の駅へと到着した。
この次の駅で降りる事ができる。

「あと一駅頑張ってくださ、」

言いかけた言葉は後ろから来る圧によって掻き消された。

「わ、うぐっ...」

その圧に耐えきれずに鬼灯が名前を潰してしまい、名前の手は掴まっていたバーから離れた。
鬼灯は僅かに残る力で扉に手をついてほんの少しだけ体を離した。

「すみません。大丈夫ですか?」
「だい、じょぶ...っ」

そんな状態のまま再び電車は動き出し、一瞬体がよろけた名前は鬼灯の腰に手を回してそっとシャツを掴んだ。

「(いやそれはイカン)」

そう思ったが、離せと言うのもなんだか可哀想に思えたので口に出すのはやめた。
腹辺りに名前の胸が当たっているのを感じる。
その上先程より距離が近くなったせいで、名前の髪から女の子独特の、シャンプーの匂いが混じった甘い香りが漂ってきた。

「(なんでこんないい匂いするんですか、腹立つ...いい匂いなのは一体どっちですか)」

だがその匂いがあまりにも愛おしくて、鬼灯は顔を背ける事ができなかった。
心臓の鼓動が名前に聞こえてしまわないだろうか、と不安に思っていると、ずくんと下半身が一瞬脈打ったのを感じた。
勘違いで済ませたかったが残念な事に勘違いではなかったようで、ぴくり、ぴくりと脈打ち少しずつ股間に甘いものが広がるのを感じた。

「(.........勘弁してくれ......)」

鬼灯は言う事を聞かない自身を咎めたが、咎めた所で状況が変わるわけでもなく。
勃起し始めている、と意識すると、腹部に当たる胸も、髪から香る甘い香りも、自身の腰に回った手も、(不可抗力で)押し付けてしまっている下半身も、全てが悪循環となった。
腰を引いて下半身と名前との間にバッグを挟もうとしたが、そもそも人の圧で腰すら引けない。
変に動くとより悪い方向へ行きそうだと思い動くのを諦めた。
その間にもむくりむくりと少しずつ股間は膨らみ、やがて成す術もなく完全に勃ち上がってしまった。
上向きに仕舞っていた事だけが唯一の救いだ。
名前にはまだバレていないようで、名前は眠いのか鬼灯に頭を預けて目を閉じている。
腰を動かしたい、触ってほしい、などと不純な事を考え始めた自分に鬼灯は呆れた。
今まで情事以外で女性と密着したくらいでは勃つなんて事はありえなかったのに、好きだというだけでこんなにも下半身が単純になってしまうのか。
早く駅に着け、と願いながら少しでも離そうと腰を引いていると、ぱち、と名前が目を開けた。
ちら、と外の景色を見てまだ着きそうにないと分かると、再び鬼灯に頭を預けて目を閉じた。

「(......心臓に悪い...)」

鬼灯の努力は報われ、名前は全く気付く事無く無事降車駅に着いた。
先程よりは落ち着いたが未だ熱を持つ股間部分を隠すようにしてバッグを持ち、名前と一緒にエスカレーターに乗って改札を出た。

名前の学校と鬼灯の職場は同じ駅にあるが逆方向なため、ここでお別れだ。

「お兄ちゃん、守ってくれてありがとうね!」
「どういたしまして」
「じゃあね!今日も頑張ってね!」
「はいはいどうも。貴女も頑張って下さいね」
「うん!ありがとー!」

そう言って名前は鬼灯に背を向けた。
はぁぁ、と深い溜息をついてから気持ちを切り替えて職場を目指し、職場に着く頃にはすっかりおさまっていた。



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