8
春の風へと変わり始める3月。
花粉症の友人のことを思い出して思わず微笑んだ。
今日はホワイトデー、3月14日であると共に、彼女の唯一の休みである日曜日なのだ。
先程みぬきにもお返しのチョコとクマのぬいぐるみをプレゼントした。
とても喜んでくれたようで、ボクも嬉しくなった。
ちょうど一ヶ月前、彼女が今までの謝罪の意も込めて、バレンタインチョコをボクにくれたのだ。
しかも手作りのカップケーキ。それはもう泣くほど美味しかった。
これからそのお返しのために彼女のマンションへ向かうつもりだ。
…アポはとっていないが。
*
いざ来てみたが、いくら呼び鈴を鳴らしても出る気配がない。
どこかへ出掛けてるのか、後日出直そうかと考えていると、中でガタン!と何かが落ちる音がした。
心の中でごめん、と謝り、そっとノブを回す。
ガチャリ、扉は開いた。
無用心な…と思いつつ、中に声を掛ける。
「名前ちゃん?入るよ?」
部屋の中はカーテンが閉まっているのか薄暗かった。
靴を脱いで中に入り、キッチンを過ぎて部屋の中へ入ると、何かが床でうごめいた。
「うう…」
「!?名前ちゃん!?」
それは名前ちゃんだった。先程の大きな音は彼女がベッドから転げ落ちた音だろう。
「大丈夫?かなり大きい音したけど…」
「んー…」
「頭とか打ってない?」
「………」
「名前ちゃん…?」
寝ぼけているのだろうか。とにかく中が暗いので、壁を手探りし部屋の電気をつけた。
と同時に、部屋の異変に気付いた。
空になった薬のシートと、アルコールの瓶が散らかっていたのだ。
まさかーーと思い、うつ伏せの彼女を抱えて仰向けにすると、目元が腫れ、半酩酊状態の彼女がそこにいた。
「名前ちゃん!?名前ちゃん!大丈夫!?そうだ、救急車…」
救急車、という単語を聞いて彼女がゆるくボクの裾を掴んだ。
「なるほろー、さん…」
「名前ちゃん!生きてる!?」
「ん、きゅうきゅうしゃ、よんじゃ…やらぁ…」
「こんな状態で何言ってるの。呂律も回ってないし」
「ん、ちょっと…ねむいらけらから…ねかせて…」
「…何をどれだけ飲んだの」
「すいみんやく...1しーとと…しょうちゅう…」
机の上に転がっているアルミのシートをよく見ると、1シート…8錠しか飲んでないようだ。
「なるほろーさんー…いっしょにねよ…」
「でも…」
「おねがい」
「……」
そして彼女は寝息を立てて寝始めた。
そこまで言うなら呼んで欲しくない理由があるのだろう。
量も量だし、大目に見てあげることにした。
彼女をベッドに乗せ、落ちないようにボクが壁と反対側に寝転んだ。
一体どうしたのだろうか。
とりあえず、意識がハッキリするまで待とう。
そう思い、ボクは彼女を抱きしめて目を閉じた。