平和日和 6話



〜思い〜

昨日、保健室でわんわんと泣いたから少しは大丈夫だろうと高を括っていたから、
今朝の教室に入ってきた海の顔を見て驚いた。

「おはようさん…」

「…昨日はありがとう」

海の顔はちっとも笑っていない。
寧ろ、何かに怯えるような表情さえ浮かべて周りを気にしている様子だった。

「少しは寝れたか?」

「……」

椅子に腰を下ろすと、海は顔を俯かせた。

「…どうした?」

「……」


表情を強張らせて、頑なに口を開こうとしない。

返事を諦めた俺は軽く息を吐いて、口の渇きを潤す為に赤也に買いに行かせた炭酸飲料のキャップを開けた。
瞬間、ブッシュという大きな音と共に顔に冷たいものが勢いよく顔にかかる。

「「……」」

(そうか、これは“赤也に買いに行かせた炭酸飲料”だったぜよ)

「ほぅ…赤也の奴、覚えとけよ」

海が居る手前、怒りは爆発寸前だったが、至って冷静な反応を心がけた。
しかし、これが不幸中の幸いというやつか、

「プッ…フフフ。振ったんでしょ?」

馬鹿〜と言いながら、やっと海が表情を崩した。

「あ、あぁ…」

「フフフ」

(赤也…後で撫でてやる)

しかし、今度は幸い中の不幸が直ぐに訪れる。
笑っている海の向こうに、殺気にも似た鋭い視線を俺たちに送る赤髪が立っていたのだ。






それは、ほんの少しだけ癒されて笑った時だった。

『ふざけんじゃねぇよ!!』

と、殺気にも似た鋭い視線を受けながら、私は丸井君に激しく怒鳴られてしまった。
返す言葉が無く固まっていると、仁王に強く手を引かれて教室からここに連れ出された。
連れて行かれたこの場所は、彼の“安らげる場所”らしい。

狭く息苦しい空間の扉の向こうは、とても広く開放的な場所だった。
見上げれば空が一面に広がっていたが生憎のどんより模様。

(まるで私の心みたい…)

入口の近くに少しだけある日陰にうまく入り込んで横になっている彼は、
何を言うわけでもなく、ただただ一緒に居てくれた。

この学校の屋上の景色は絶景だった。
フェンスに近づけば、住宅の奥に静かな海が見える。
じっとそのゆっくりと穏やかな海を見つめて居ると、ゆっくりとした声が聞こえた。

「海、綺麗じゃろ?」

「…うん」

「考え事する時、いつもここに来て海を見る」

「空じゃなくて?」

「海」

見えなかったけど、仁王が口の端を上げて笑った気がした。

「私と同じだ」

「…ああ」

今朝、教室に入った瞬間一気にみんなが私を見た。
昨日の件はあっという間に噂となって広まったんだろう。
瞬間、体が凍りついて息が苦しくなった。

また“あの時”と同じだった。

でも、今は仁王が居る。
海を眺めながら一緒に居てくれる人が居る。
それだけで私は息が出来るんだ。

「…ありがとう」






広い空を見上げると、自分がどれだけちっぼけな存在かって知る事が出来た。

「今日は曇ってるんだね…」

まるで私みたいなんて暗い言葉は飲み込んだ。

(私は何してるんだろう…)

昨日の事を思い出して俯けば、
鼻がツンとして目頭が熱くなった。

「いけない、いけない」

こうやって泣きそうになる時にいつも思い出すのは、
小さい時に出会ったあの男の子の言葉

『どんな時でも笑っていれば幸せがやってくるんだ…ってかーちゃんが言ってた。
…だからお前も笑ってろよ!』

今頃あの男の子は何をしてるんだろうかと
幼い頃の記憶を思い出す度に思いを馳せていた。

「元気かなぁ?」

空に向かってそっと呟いたら、

「君、あまり見かけない顔だね」

不意に後ろから声をかけられた。






勇気が欲しい。何があったんだ?って聞ける勇気を。
俺は病院玄関口の花壇の脇にあるベンチに腰掛けながら、
何もできない非力な自分に何度も何度もため息をはいていた。

「はぁ…」

(何やってんだ俺?他の女子に一度拒否られたってこんな傷つかねーだろうな
…きっと空だから。やっと会えたあいつだから)

そんな事を思いながらふと顔を上げると、
大きな石に刻まれた文字が目に入った。

金井総合病院。

「そういやここって…」






〜恋敵〜

はじめは、話しかけやすそうな子だなって
軽い気持ちで君に話しかけたんだ。

「君、あまり見かけない顔だね」

そんな俺の声にビクリと肩を上げて後ろを振り向く君の姿が可笑しくて微笑んだ。

「あ…えと、最近入院したんです…検査入院なんですけど」

「そっか。君、いくつ?」

君の顔が一瞬だけ曇ったから、俺は話題を変えるために当たり障りのない質問を投げかけた。
ここは病院だから、聞かれたくない事の一つや二つあるのも当然だ。

「14才ですけど、もうすぐで15才です」

「奇遇だね、同い年だ」

「本当ですか!?年上の人かと…」

「よく言われる」

「あ…すみません」

「フフッ、気にしないで」

驚いたり恥ずかしがったりとコロコロ変わる君の表情に思わず俺は目が惹きつけられた。
見ているだけで微笑ましくなる。

「…素敵な笑顔ですね」

「え!?」

そんなことを考えていた俺に彼女は唐突に言うものだから流石に驚いた。

「あっ…その、優しく笑う人だなって思ってつい…」

「笑顔を誉められるなんて嬉しいよ。ありがとう」

「い、いえ」

「君さ、名前は…」

何て言うんだい?そう聞こうとしたら、
どこからか俺を呼んでいる声が聞こえた。

「あ!もしかして呼ばれてます?」

「うん、そうみたいだ…看護士さんからの呼び出しだね」

苦笑いして答えると君はフフッと笑った。

「そんなこと言ったら看護士さん悲しんじゃいますよ!」

「さぁどうかな?」

「…あ!看護士さんまだ呼んでますよ。早く行った方が…」

「そうだね」

それじゃあまた、そう言って微笑んで君と別れた。

けど、俺は君と同じくらいの優しい微笑みが出来ているのだろうか…?
君が言うほど俺は笑顔が上手じゃないんだ。

でも、君と居ると自然と笑顔になれる。

「また、会えるかな…?」

フフ…不思議だ。
たった今出会ったのに俺は君が気になってしょうがないよ。






こうして桜の花びらが風に揺られて舞っている景色を見ると、
一番に君を思い出すんだ。

「お〜い〜不〜二!なーにぼーっとしてんだよ?」

「ん?…あぁ、ごめんごめん」

「部活遅刻して手塚に怒られたら不二のせいだかんな!」

「英二は先に行ってて、準備したらすぐ行くから」

「も〜!早く来いよ〜!」

「うん」

大切な仲間とテニスに熱中する毎日はとても充実している。
けど、僕には何かが物足りないと思うんだ。

それが何なのかは分からなかったけど、この桜を見て僕はやっとわかったんだ。

そう、君だよ



「海ちゃん…」



君はどうして青学を出て行ってしまったんだい?



*to be continue*

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