平和日和 3話
〜boy's side〜
「うぇ〜ん…うっ…うっ…」
「やーいやーい!泣き虫!泣き虫!」
「ひっく…っ違うもん!…うっ…泣き虫じゃな…」
「ライダーキック!」
瞬間、いじめっ子の体を砂場に飛ばした。
「イッテェ!なんだお前!」
「何?ライダーパンチもくらいたいのか?」
「う…くっ、くっそー!覚えてろよ!」
目に涙をためていじめっ子は走り去って行った。
「ざまーみろぃ!」
「ひっく…うっ…うっ」
「…なんだよお前。まだ泣いてんのか?」
「うっ…だって…」
「これやるよ」
そう言って、俺の大好きなグリーンアップル味のガムを手渡してやった。
「…おいしい!」
「だろぃ☆」
どうやらそのガムが気に入ったようで、そいつはニコニコしながらガムを噛んでいる。
「…お前、笑ってた方が可愛いぜ」
「えっ?」
「どんな時でも笑っていれば幸せがやってくるんだ…ってかーちゃんが言ってた。…だからお前も笑ってろよ!」
「…うん!!」
まるで天使のような笑顔だった。
またその笑顔が見たくて、俺は次の日も同じ公園に行ったけどそいつはいなかった。
次の日も、次の日も、そのまた次の日も…。
もう会えないんだって諦めてたから、あの日お前を見つけた時は本当に嬉しかったんだ。
あれは確か、俺が2年の時の地区大会決勝の日だ。
全国制覇を狙う俺達立海には余裕の試合だった。
「ゲームセット!ウォンバイ立海6−0!!」
余裕の試合つってもやっぱり勝利ってのは嬉しくて、
俺達はベンチコートで勝利を喜び合っていた。
「おいジャッカル!今日も天才的だったろぃ?」
「俺にほとんど任せてたくせによく言うぜ」
「…後でお前が試合中に女の子を見て鼻の下を伸ばしてたこと真田に伝えとくな!」
「わ、わかったから!それだけは言うな!!」
「クックックッ!冗談に決まってんだr…」
「くそ…ってオイ、どうしたブン太?」
俺は目を疑った。フェンスの向こうにずっと会いたかった“あの子”が居たんだ。
身長はデカくなってたけど、初めて会ったあの時と変わらないふわっとした雰囲気ですぐに分かった。
「「………」」
(今、目が合ってんだよな…?)
「「……」」
少しでもあの子の気を引きたくて、
パチンと、俺は風船ガムを膨らましながらあの子にウインクをした。
「柳!あのフェンスのとこにいた子の名前知ってるか?立海の制服着てただろぃ!」
「あぁ…。彼女の名前は…」
「…夕月空!よっしゃあ!!!」
掲示板の前で、俺は嬉しさのあまりに飛び上がった。
クラスが一緒になれるなんて、俺はやっぱり天才的だと思う。
(けどよ、何て話しかけたら良いんだ?あの子は俺のこと覚えてねーだろーし…)
結局、解決策が見つからないまま、俺は教室に着くと友達との会話もそこそこに、
椅子に座って漫画本を読むことにした。
(何やってんだ…俺は)
「ま、丸井君!?」
不意に懐かしい声が聞こえた。
「ん?何?」
そう言って、ちらっと見ると、
すぐに視線を読んでいた漫画本へ戻した。
(くっそー…緊張しちまってまともに見れねぇ!!)
「…そ、そこ眼鏡を着けた学級委員の席じゃなかったっけ?」
「あー確かそんなヤツだったな」
「じゃあ何でここに…?」
「んなの決まってんだろぃ?」
お前の隣がいいからだ…なんて言える訳もなく、
「…席が一番前だったんだけどよ、そこじゃあ授業中食えないだろ?」
「まぁ…」
あらかた嘘ではない理由をくっつけた。
このアドリブ力、俺はやっぱり天才的だと思った。
「んで、ここのヤツに相談して変えてもらったってワケだ♪」
力ずくだったがそこは言わないでおく。
「…プッ…丸井君らしいね」
「なっ!…笑うんじゃねぇよ!俺にとっちゃ重要な事なんだぜ!!」
「フフ、そうだね。ごめんごめん」
(不思議だぜ…あの子とまた話せるなんてよ)
「そーいや。お前とクラス一緒になったのは初めてだよな?名前なんつーんだ?」
「夕月空って言うの。よろしくね」
「うしっ!じゃあ空な☆俺のことはブン太でいいぜ!」
本当は名前なんかとっくに知ってたけど、
俺はさも今聞いたかのような顔をして、お前の名前を知ったあの日と同じ様にウインクをした。
「よ、よろしく!…ブン太!」
空は照れてんのか、顔を真っ赤にしながらも俺の名前を呼んでくれた。
「おう。シクヨロ☆空!」
(やっと…やっと会えたな…空)
「フッ…今日も完璧ナリ…」
俺は自分の腕を見てニヤリと笑った。
(これを見たら相手選手もひるむじゃろ…)
「ちょっ!ちょっと!君!?大丈夫!?」
「……」
めんどくさいことになった。
どこかの学校のチアらしきヤツが俺の“血糊”を見て慌てとる。
(逃げるか…)
「ちょっと!どこ行くの?手当てしなきゃ!」
「大丈夫じゃ」
「全然大丈夫じゃないじゃん!ちゃんと手当てしなk」
「心配せんでもいい!」
彼女の手を払いのけて、つい声を荒げてしまった
「そっか…」
(…少し言い過ぎたかの)
「じゃあ絆創膏だけ渡すから後で貼っといてね☆」
「……」
そう言って無理矢理絆創膏を俺に手渡すと、
「じゃあまたね!」
と笑顔を向けて走って行った。
怪我なんかしとらんのに…と心の中で思いながらその後ろ姿を見送っとると、
そいつは急に何かを思い出したようにくるりと振り返った。
「ハンカチいるー?」
「いらん!」
笑いながら帰って行く彼女のユニフォームには“SEIGAKU”の文字が揺れている。
「手塚のとこか…」
この時のお前さんの元気な姿が心のどこかでずっと残っとった。
だから、あの日久しぶりにお前さんを見た時は別人かと思ったぜよ。
冬も終わりに近づいたある日、俺は校門の近くにある木の下で休んでいた。
「ここが来月から通う学校か…」
ウトウトしとった俺の耳にふと懐かしい声が聞こえて俺は目が覚めた。
(この声は…)
また面白いものが見れるかもしれんと思って、俺はお前さんの姿を捜した。
正直お前さんを見た時に、さっきの声は空耳だったことにしたかったぜよ。
正門に立って居たお前さんは、もうあの時のお前さんではなかったからな。
目は虚ろに景色を眺め、魂が抜けたようにそこに立っている。
あの時の元気な姿など欠片も無かった。
「君が転校生かい?」
「はい…そうです」
「そうかそうか!ようこそ立海大学付属中学校へ!」
お前さんは先生に促されるままに校舎の中へ入って行ってしまった。
(…一体何があった?)
新学期が始まり、珍しくホームルームに間に合うように教室に入ろうとした俺は、
少し開いた教室の窓から見えた顔に驚いて足が止まった。
「……」
机に頬杖をつきながら、またつまらなそうな目をしちょる。
(…何故だ?)
「お前さんはどうしてそんな目をしちょる?」
「…えっ?」
こんな事を聞いても答えてくれないのはわかっとっる。
けど、普段赤の他人には興味の無い俺が、何故かは分からんがどうしても気になった。
「何でそんなにつまらなそうな目をしちょると訊いとるんじゃ」
「…あなたに言われたくないんですけど」
「フッ…」
「……」
(言うわけない…か)
俺は重たいテニスバックを置く為に教室に入り自分の席に着く。
久しぶりに座る学校の椅子は毎度のことながら低いしゴツゴツしとって座り心地は最悪だった。
床を見ると何故だかテニスボールが転がっている。
拾おうと手を伸ばした時に、ふと“SEIGAKU”とプリントされたユニフォーム姿のお前さんを思い出した。
(…まさか…の)
「お前さん…前の学校で何があった?」
「っ!?…あ、あなたには関係ないでしょ!!」
この態度を見れば返事を聞かなくとも察することは出来た。
「…そうか」
「あっ…ごめんなさい…」
「……」
(…何でお前さんが謝る必要がある?)
聞くんじゃなかったぜよ…と後悔しながら、
俺は椅子に背中をもたれて、ため息混じりに息を吐いた。
「お前さん、名前は?」
「…沙星」
「苗字は訊いちょらん…」
「海…だけど」
「海じゃな?…俺のことは好きに呼びんしゃい」
「えっ!?」
「じゃあの…」
そう言って俺は席を立って足早にその場を去った。
「ちょっ…」
(待っときんしゃい…海。俺が助けてやるぜよ)
〜階段〜
「あ〜その人はね、仁王君だよ」
「ふーん、仁王って言うんだ」
私は廊下を歩きながら、さっきあった事を一緒に歩いて居る空ちゃんに話していた。
「ところで海ちゃんは何部に入るの?」
ちなみに私はバド部!と言って空ちゃんはニッと笑った。
「そうだなぁー…」
「あっ、待って!こっちこっち!」
私の制服の袖を引っ張って引き止めると、曲がり角を指差した。
「この階段を上ると、今から行く音楽室があるんだよ!」
「っ!?」
「ん?どうかした?」
「…ううん何でもない。行こ!」
私達はまたお喋りを再開して階段を上った。
でも、楽しい会話とは裏腹に私の心臓はドクドクと痛いくらいに動いていた。
(…このまま…このまま普通に…)
上の階からふざけ合っている男子生徒が下りてきた。
「ぎゃはははっ!!」
(頼むから!このまま何も…何も!)
「オイ、ざけんなよっ!!」
すると、ドンっと勢いよく男子生徒が仲間の一人を押した。
「海ちゃん!危ない」
(…えっ?)
何も声が出なかった。
空ちゃんの声が聞こえた瞬間、世界がスローモーションになった。
何も動けなかった。
「オ、オイ!やべーぞ!」
「俺は知らねーからな!い、行くぞ!」
逃げていく男子。
階段の下には…
「空…ちゃん?」
(なんで…なんで…また?)
私は恐怖の余りに動くことが出来ない。
「おいおい、何があったんだよ!」
近くに居たのか、丸井君が直ぐに駆けつけてきた。
「…って、空!?おい!!空!!空ーっ!!誰がこんなことをしやがった!!!」
丸井君は目の色を変えて真っ先に階段の上を見た。
ドクンと、また心臓に痛みが走る。
「お前か…お前が空を突き落としたんだな!!」
*to be continue*
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