ブチャラティの場合


 麻薬を組織内から退けた後、その事に反発する者と何度も話を繰り返し時には裏切り者を粛正したり……ブチャラティは寝る間も惜しんで内部の平静を取り戻す事に尽力した。しかし、それも今ようやく大きな区切りがついた。ボスとして君臨するに相応しい素質と度胸、希望を持ったジョルノの元でパッショーネは新たな光を放ち続けていくだろう。
「長い道のりだな……」
 これで終わりではない。いずれは不満を持つ者や目の届かないところでこっそりと麻薬を扱う者も出てくるハズだ。むしろこれからだろうとブチャラティは思う。
「ん? 何か言ったかブチャラティ?」
 バールのカウンター席で熱いカフェを飲んでいたミスタが隣でぽつりと呟いたブチャラティを振り返った。
 艶のある黒髪を顎のラインでスパッと切りそろえ、頭部で編み込んだ髪を二つの髪飾りで留めた彼は人の良さそうな笑みを浮かべながらも、十二歳という若さで殺人を犯した経験がある。
「いや……長居をしたな。そろそろ行くか」
 ブチャラティはフッと笑ってミスタに広い背中を見せた。自身のスタンド能力の象徴であるジッパーを装飾として身に着けている彼は、以前、着ていた上下揃いの青いスーツを白色に変えた。ゼロからスタートするという心境の変化を示しているらしい。凛とした印象を与える男前なブチャラティには青だろうと白だろうと何を着せても似合ってしまう。
「おう」
 ぐいっとコーヒーを飲み干してミスタはカウンターから離れた。近くに停めた車に二人して乗り込むと運転席に座ったミスタがすぐにエンジンをかける。助手席に座ったブチャラティはサッカーボールを持って楽しげに歩道を駆けていく子供たちを眺めた。動き出した車内で、
(あの頃の歳にはすでに組織で働いていたな……)
 そんなことをボンヤリと思った。
「俺、こういう道、苦手なんだよなぁ……細いくせに路駐の車が多くてよォ〜」
 大通りから細い裏路地に向かって車は進んでいく。両側に停められた車を避けようとするとガリリと嫌な音がした。
「それにしても……ブチャラティもなかなか粋なこと考えるじゃねぇか」
「そうか? ジョルノも色々と大変だったからな……どこかで息抜きは必要だろう」
「確かにな……相手にはもう連絡してあるのか?」
「ああ。昨日のうちに電話で知らせておいた……すでに来ているようだな」
「お、いたいた」
 待ち合わせ場所として決めた靴屋の前で一人の女性が過ぎゆく車を不安そうに見つめる姿がある。ミスタはハンドルを切り、相手の目の前へするりと車を横付けした。
「すまない。待たせただろうか?」
「いえ、ついさっき来たところなので大丈夫です」
 車から降りてくるブチャラティを夢主はにこやかな笑顔で出迎えた。
 
 ブチャラティから電話が掛かってきたのは昨日のことだ。一度会っただけで会話らしい会話もなく、気が付いたらジョルノが帰らせていた。それ以来、会うこともましてや話すこともなかっただけにその一本の電話は夢主を大いに驚かせた。
「明日、ジョルノの所へ行って欲しい」
 今やボスの右腕となり組織を引っ張っていくのに欠かせない上層部の一人だ。彼から直々に下された命令に夢主はぴんと背筋を伸ばした。
「分かりました。お引き受けします」
 と丁寧に返事をすると、彼は慌てて、
「いや、違うんだ……これは上からの命令とか指令ではなく、俺個人のお願いなんだ。すまない、言葉が足りなかったな……明日、もし君の予定が空いているならジョルノの部屋を訪ねて欲しい。ここ最近の激務でかなり疲れているようなんだ。俺たちが行って元気づけるよりも、ジョルノが心を許している女性の方が彼も嬉しいだろう……お願いできるだろうか?」
 命令ではないと聞いて夢主は肩の力を抜いた。
「ええ、もちろんです」
「よかった。ありがとう……では明日、ミスタと共に君を迎えに行こう」
 電話口から聞こえてきた夢主の明るい声にブチャラティも柔らかな声でそう返した。
 ……それが昨日の話だ。
 夢主はブチャラティが開けた後部座席のドアをくぐって、いかにもという感じの黒いセダン車に乗り込んだ。隣にブチャラティが腰掛けてドアを閉める。ミスタがそれをミラーで確認すると、
「またあの細い道か……苦手なんだよなぁ〜」
 そうぼやきながらエンジンをかけ、大通りへ向かう狭い道に向かって車体を走らせた。何度かガリガリと嫌な音がして夢主が不安そうに窓の外を眺めていると不意にブチャラティから話しかけられた。
「君は暗殺チームに所属しているが……彼らと居て平気なのか?」
 九人もの男所帯で暗殺という職業を生業としている彼らは組織の中で最も扱いづらい存在だ。ミスタがブチャラティの言葉にちらりと夢主を見た。
「リーダーのリゾットがとても頼りになる人なので……それにああ見えて結構、楽しい人たちばかりですよ」
 その言葉にミスタは驚いた顔を見せる。ブチャラティは思わず苦笑をこぼした。
「そう……なのかもしれないな」
 ブチャラティにだって暗殺チームの詳しいところはよく分からない。ただそのチーム名だけを聞いて勝手に想像していた部分はあるだろう。
「なかなか肝が据わってんなァ」
 ミスタは小声でそう呟いて広い道路との合流地点でゆっくりと速度を落とす。大通りに出ればジョルノが暮らす隠れ家までほとんど一直線だ。苦もなく着けるだろう、と予想していたミスタの考えとは裏腹に信号が青に変わっても前の車は停止し続け、一向に進む気配がなかった。
「オイオイ、なんだよ……! こら動けッ!」
 すでにあちこちからブーブーとクラクションが鳴らされ、運転手たちは渋滞の先に何があるのかと首を長くして見ている。
「おい、どーなってんだぁ?」
 ミスタは窓から顔を出して通行人の一人に話しかけた。
「この先でトラックが横転して積み荷を落としたらしいよ。さっき警察と救急車も来てたな」
「んだとぉ? マジかよ……」
 ミスタはウンザリとした表情で一ミリも動く気配のない車の行列に溜息をついた。
「どうするよ、ブチャラティ?」
「フム……困ったな……」
 さすがの彼もこんなハプニングは予想していなかった。
「……このまま待っていても仕方がないだろう。少し先にケーブルカーがある。俺たちはそこからジョルノのところへ向かおう。すまないが降りてくれるか?」
「はい。分かりました」
 ブチャラティは大きくドアを開き、車から降りようとする夢主に手を差し伸べる。
「……俺は?」
 ミスタが嫌な予感をしつつブチャラティを窓越しに見上げた。
「車を頼んだぞ」
 ブチャラティが笑って言うとミスタはがくりと肩を落とす。
「うへぇ……この渋滞に付き合うのかよぉ……」
 項垂れるミスタの頭や肩で彼のスタンドたちが本体の不幸をゲラゲラと笑った。



 ミスタと別れたブチャラティは隣に夢主を置いてケーブルカー乗り場を目指した。それに乗ればジョルノが暮らす海辺のマンションまで数分で着くだろう。相手の歩調に合わせてブチャラティはゆっくりと歩道を歩く。すぐ横の車道では文句を言っていた運転手たちも次第に諦め、少し早めのシエスタを味わい始めている。
「あ、本当だ……うわぁ大変そう……」
 夢主の目に渋滞の元を作っている事故現場がちらりと見えた。運転手は救急車によってすでに病院へ運ばれていったらしい。事故で横転した拍子に荷台から落ちたのは瓶詰めされていた大量のオリーブオイルだ。駆けつけた多くの警官がその後始末に頭を悩ませている。
「はいはい、危ないからこっち来ちゃ駄目だよ」
 長靴を履いた警官の一人がオイルをぐちょぐちょと踏みつけながら歩道に集まる野次馬たちを後ろに下がらせようとしている。その次の瞬間、オイルに足を取られた彼は履いていた長靴を放り投げながら派手な尻餅をついた。ドシンという音の後で野次馬の間から大きな笑い声があがった。
「クソッ!」
 慌てて立ち上がろうとして油に足を取られ横転する……まるでコントようなその姿に見ていた全員が腹を抱えてゲラゲラと笑い転げた。他の同僚が助けに来て彼が去った後もなかなか笑い声は収まらなかった。飛んできたオイルまみれの長靴が夢主の服に直撃し、それを守りきれなかったブチャラティを除いては。
「……」
 沈黙するブチャラティが怖くて夢主は慌てて笑顔を取り繕う。
「えっと……大丈夫です!」
 何が大丈夫だというのか……言った本人ですらよく分からない。顔に飛んでこなかっただけでもマシだろう。
 夢主はオイルで汚れた腹部を隠そうとしたがブチャラティの手に阻まれてしまった。
「触らない方がいい。君の手が汚れる」
「はい……」
「染み抜きするよりも着替えた方が早いな……この先の通りに君のような若い女性向けの店がある。そこに行こう」
「えっ……!?」
 驚く夢主の手を引いてブチャラティはケーブルカー乗り場とは逆の方向へ足を向けた。
「あの……」
「さっきの警官はわざとではないらしいから、どうか許してやってくれ」
「それは、もちろん……」
 夢主にもあれは偶然だと分かっている。
「それにしても……さっきの転け方を見たか? ……あれは面白かったな」
 不意にブチャラティは肩を揺らして笑い始めた。夢主は呆然とそんな姿を見上げていたが、次第に笑いが伝染してきて堪らずプッと吹き出した。
「ハハッ、いいね。ようやく緊張が解けたみたいだな」
「すみません、気を遣わせて……」
 相手に失礼がないよう夢主は朝から気合いを入れて準備をした。リゾットが呆れるほどに何度も鏡で自身の姿をチェックし、約束の時間が近づいてくるとあまりの緊張でお腹が痛くなってしまった。それもこれもブチャラティが尊敬すべき人だからだ。もちろん、あまり話したことがなく立場が遙か上というのも理由の一つだろう。
「謝るのは俺の方だ。君の服を守りきれなかった」
 そう言ってすまないとブチャラティは謝ってくる。夢主はみっともないほどに慌てて首を何度も横に振り続けた。

 ブチャラティの言う店に二人して入ると、
「あらブチャラティ! いらっしゃい!」
 それまで接客をしていた店長らしい女性がブチャラティの姿を見てすぐに声をかけてきた。
「彼女に似合う服を頼みたい」
「まぁ、ひどい格好ね……! そう言うことなら任せて。お代なんかいいわ」
 その店員に腕を取られた夢主は店に置かれた服を見る暇もなく試着室へ押し込まれてしまった。
「さ、脱いで脱いで。この匂いはオリーブオイル? 彼とランチしてこぼしちゃったの?」
「いえ、向こうの交差点で……」
「サイズを書かせてね。色々好みはあると思うけど服は私が選んであげるわ。その格好じゃあここから出られないでしょ? 大丈夫、とっても素敵にしてあげるから」
 よく喋る店員は夢主の返答も聞かず、試着室のカーテンをサッと引いて店内に戻っていった。残された夢主は素っ裸だ。手で体を抱きながらひたすら彼女の帰りを待つしかなかった。
「ブチャラティが恋人を連れてくるなんて珍しいわね。どこで見つけたの? まさかナンパ? 留学生に手を出すのはいくらあなたでも駄目よ。恋は本気じゃないとね」
「いや、彼女は……」
「ん〜、分かってる分かってる。いいわねぇ若くて……燃え上がるような恋をしているのね、素敵!」
「……」
 昔からの付き合いで気のいい店主だとは思うが、どうも話を聞かない傾向にある。しかしブチャラティはいつものことだと早々に諦めた。
「いいわぁ、まさにデート向けね! うふふ、ブチャラティまたね」
 服を選んでくれた店主と別れ夢主とブチャラティは再びケーブルカーを目指す。コツコツと地面を叩くのはあの店員が用意してくれた素敵なデザインの靴だ。ひらひらと風に揺れるスカートが時折、強い海風に煽られてめくれそうになる。それさえ除けばデート用と店主が言ったように甘い雰囲気でまとめられた服はとても可愛らしい。
「よく似合っている」
 上から下まで眺めた後、にこりと微笑むブチャラティにそう言われて夢主は顔から火を噴きそうになった。


「おやブチャラティ、恋人かい?」
「やぁブチャラティ。お熱いね」
「デートかブチャラティ? 羨ましいな!」
 地元の住人と二人がすれ違う度、彼らは次々と親しげに話しかけてくる。ブチャラティはそれら一つ一つに「いや、彼女は……」と訂正するのだが彼らはニヤニヤと笑って信じていないようだった。
「……すまない。君には恋人が居るのに間違えられては不愉快だろうな」
 困り顔で言うブチャラティが面白くて夢主は笑いながら首を横に振った。
 そうしてようやくケーブルカーに着いたと思えば乗り場のゲートは固く閉ざされているではないか。『十四時まで休運』と書かれた紙を見てブチャラティは呻いた。腕時計を見れば十二時半を指している。みんなランチを取りに家へ帰るシエスタの時間帯だ。
「……こうなったらタクシーを捕まえたいところだが、それも無理のようだな」
 タクシーの運転手だって家に戻っている。閑散とした街中に人気も車の姿もかなりまばらだ。
「ミスタ、そっちはどうだ?」
 ブチャラティは携帯を取り出して渋滞に巻き込まれたミスタを呼び出した。
「よぉ、ブチャラティ。もう着いたか? こっちはまだ足止め食らってるぜ。俺は諦めて近くのレストランで食事中だ」
「……そうか」
 プツッと通話を切ってブチャラティはなかなか上手く事が運ばないことに苦笑した。
「俺たちもランチを取る事にしよう」
 その言葉に目を丸くする夢主の手を引いてブチャラティはまた違った通りに向かって歩き始める。
「ピッツァが美味い店なんだ。特にシンプルなマルガリータ、あれは最高だぞ」
「! 私もマルガリータは大好きです」
「そうか。それはいい」
 笑顔を見せるブチャラティに夢主も微笑み返す。何だかデートみたいになってきたな……と二人が同時に思ってもそれは間違いではないだろう。
「あらブチャラティよ。まぁ珍しい! 女の子連れだわ」
「やだ本当……! 彼にもようやく春が来たのね! 他のみんなにも知らせなきゃ!」
 地元の老婦人たちはにこやかな笑みを浮かべ、楽しそうに歩道を行く彼らを温かい目で見つめて呟いた。
 


 昼時と言うこともあって店は客で混雑し、とても席についてゆっくりと食べられる雰囲気ではなかった。席をブチャラティのために空けようとする店主を押し止め、彼はテイクアウトしたピッツァを持つと乗り場から真逆に位置するきちんと手入れがされた公園に足を伸ばした。
 噴水前のベンチでは老人たちがサッカーやロトくじの話に花を咲かせ、その向こうではカップルが親しげなキスを何度も繰り返している。木陰では猫が横になって欠伸をしているし、広い芝生の上では子供たちが元気いっぱいにボールを蹴る姿があった。それぞれがお昼を楽しんでいる中、ブチャラティと夢主も空いていたベンチに腰掛けて熱々のピッツァを頬張っている最中だ。
「美味しい……!」
 もう何度目になるだろう。夢主はさっきからそればかりを連呼している。
「喜んでもらえて何よりだ」
 ブチャラティは買っておいたガス抜きの水を差しだした。
「ありがとうございます。みんなにも買って帰りたいなぁ……今頃、何食べてるだろう」
 チームの昼ご飯をつい考えてしまう。もはやクセのようなものだ。
「よければ君のチームについて教えてくれないか?」
「暗殺チームについて、ですか?」
「ああ。俺も詳しくは知らないんだ。彼らがどういった人物で組織のことをどう思っているか……」
 そればかりは夢主にも分からない。どこまで言っていいのか分からずに悩んでいるとブチャラティは笑って付け足してくれた。
「堅苦しく考えなくていい。彼らと君の日常を知りたいと思ったんだ。別に、彼らのスタンド能力が知りたい訳じゃあない」
 もしそれを聞かれたら夢主だって困ってしまうだろう。いくら相手がブチャラティでもチームの一員としてそれは口にしてはならない事だ。
「私の日常でよければ……でも、ごく普通の生活ですよ?」
 そう前置きして夢主は朝起きたらまずはエスプレッソマシーンを動かすこと、甘党のリゾットのために砂糖がどっぷりかかったコルネットを用意することを話した。
 写真でしか見たことのない暗殺者のリゾットが甘党と聞いてブチャラティは実に人間らしい一面に安堵する。簡潔な文字しか並ばない資料からは決して得られない情報だ。
「そのあと絶対にメローネがやって来て、頬にこう……思いっきりキスするんです。たまに舐められたりするので気をつけてないと駄目なんです。だからギアッチョは服の袖で何度も拭いてから挨拶してくるんですけど……最近はそれが面倒になったのかメローネを押しのけて先にしてくるんですよね」
 その時のやりとりを想像するとブチャラティには何だか面白そうに思えてしまう。
「四人で食べてるとイルーゾォやホルマジオもやって来て、あっという間に部屋が一杯になるんです。食べ終えた人から片付けてあとはのんびりテレビ見たりホルマジオが飼ってる猫と遊んだり、暇なときはゲームをして……お昼前になったら誰かと一緒に買い物に出かけて、ランチやディナーの食材を買い込んで……」
 あとはみんなとわいわい喋りながらご飯を食べ、おやすみの挨拶をして就寝……そんな感じの話をブチャラティは神妙な面持ちで聞き入っている。しかしそのあまりにありふれた日常に夢主は何だか恥ずかしくなってきた。
「ごめんなさい。つまらない話で……」
「いや……どこのチームも大して変わらない事にホッとした」
 暗殺チームも仲間を大事にしている様子が伝わってきたし夢主もその中での暮らしを楽しみ、皆に可愛がられていることが良く分かった。どのチームも自分たちの仲間が大切なのだ。ブチャラティはナランチャやフーゴ、アバッキオにミスタ、それからジョルノを思い浮かべる。組織はその絆でより強固なものになっていくだろう。
「……ありがとう。君とこうして話せたことに感謝する」
 礼を述べたブチャラティはおもむろに夢主の手の甲にキスを落とした。
「……!」
 驚く相手の手を引いてブチャラティはベンチから立ち上がった。このままシエスタを楽しんでいたいが、そろそろケーブルカーが動き始める頃だろう。ジョルノの元に夢主を送り届けるのがブチャラティの個人的任務だ。
「乗り場まで歩きながら話そう。教えてくれたお礼に今度は俺のチームの話をしよう。その方がフェアだ」
「えっ……でも、いいんですか?」
 もちろん聞いてみたい気持ちはあるが幹部の私生活をそう簡単に話していいのだろうか。
「俺が勝手に喋るだけだ。聞いてくれるか?」
 屈託のない笑顔を見せるブチャラティが眩しくて夢主は眼を細めてしまう。その後に続いた話がいちいち面白くて夢主は笑いが止まらなかった。


 ……結局、二人がジョルノの部屋のあるマンションに到着したのはそれから三時間後のことだ。
 手ぶらでは悪いだろうとジョルノへの手土産を買うためにケーキ屋へ寄れば、テーブル席が空いているので休憩することになった。甘いものを食べ、カフェを楽しんでいる間につい話し込んでしまった。
 そうして、いつしか自分が楽しんでいることにブチャラティは気付いてしまう。ジョルノに対する申し訳ない思いから他にも色々な店に寄ってしまった結果……太陽は傾き、夕暮れ時が迫ってきていた。
「ジョルノ様がお待ちです」
 手荷物の多い二人を部下のジャンルッカがマンションの扉の前で出迎えてくれた。
「……俺たちが来ることを知っていたのか?」
 とブチャラティが聞けば彼は静かに頷いた。
「お二人がこちらに着いているかどうか、ミスタ様から確認の連絡が入りましたので……」
 どうやらサプライズは失敗に終わったようだ。エレベータに乗り込んだ三人は最上階を目指す。ジョルノが隠れ家として使っているその部屋の前で部下は一礼して下がっていった。ベルを押すより先にジョルノ本人がガチャリと内側からドアを開ける。
「……遅いですよ、ブチャラティ。どれだけ僕を待たせるつもりですか?」
 ジョルノは少しすねた口調で二人を出迎えた。
「悪いな、ジョルノ……色々とあったんだ」
「その話は後です」
 ジョルノはブチャラティから夢主に向き直ると、両手を広げて抱きしめ頬に挨拶のキスをしてくる。
「久しぶりですね。あなたに会って話がしたいと思っていました」
 忙しくてなかなか会えない時期が続いていただけにジョルノの喜びはそれは大きなものだ。
「素敵な服だ。とても似合ってます。僕に会うために着飾るあなたはとっても可愛い」
「あ……これは……」
 夢主がちらりとブチャラティを見上げるのをジョルノは見逃さなかった。
「すまない。オリーブオイルで汚れたので代わりのを着てもらっている」
「……確かに色々とあったようですね」
 彼らの手荷物の多さからもあちこちを一緒に見て回ったのだろうと想像がつく。
「ジョルノ。帰りは任せてもいいか?」
「もちろんです。きちんと送り届けますよ」
 そう返事をするジョルノにブチャラティは頷いて相手の好みを考えて買ってきたケーキや本に雑誌、チーズにワインなどが詰め込まれた袋を手渡した。
「予想とはかなり違ったが……不眠不休で頑張ったジョルノに俺からのプレゼントだ。受け取ってくれ」
「ええ、もちろん。喜んで」
 目に夢主を映してジョルノはにこりと微笑んだ。
「今日は楽しかった。じゃあな二人とも」
 そう言ってブチャラティは颯爽と去っていく。
 一方、残された夢主は……
「ブチャラティから贈られた服は着るのに、僕のは受け取らないなんて……そんなことありませんよね?」
「公園でランチ? カフェにジェラートまで……僕ですら一緒に行ったことないのに……狡いと思いませんか?」
 浮かべた微笑みが空恐ろしいジョルノに追い詰められて、彼が満足するまでデートに付き合わされたのは言うまでもない。

 終




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