健やかなるときも、病めるときも


 窓の外を覆う木々から赤く色付いた葉がはらりと落ちていく。リビングから続く庭先はそうした葉で埋め尽くされ、冬の到来に備えて呼んだ庭師たちが枝を切り揃える姿が見えた。
「お寒いでしょう、熱い紅茶でもいかがですか?」
 ソファーに身を預けて雑誌を読む夢主の前にテレンスは銀色のトレイを静かに置いた。
「どうもありがとうございます」
 二つ並んだティーカップの横にはプチケーキやチョコレートにクッキー、加えて砂糖とミルクに茶葉が入った大きなポットが用意されてある。雑誌を置き、嬉しそうに礼を言う夢主を見てテレンスは苦笑を漏らした。
「またそのように……いつになったらお客様気分が抜けるのです?」
「だって……そんな急には変われないよ、テレンスさん」
 肩を竦める夢主を見てテレンスは困ったような、どこか嬉しいような、曖昧な表情を浮かべた。それから寒々しい部屋を暖めるため、朝に灰を掻き出した暖炉へ木をくべて、新たに火を点け直した。
「カーテンを閉めますがよろしいですね?」
「もちろん」
 夢主はポットを傾け、琥珀色の紅茶を二つのカップに注ぎ入れる。日を遮る重たいカーテンをテレンスが引くという事は、もうすぐここに館の主が姿を見せるという事だ。それまで見えていた冬空が隠され、暗くなった部屋の隅にぱちりと小さな明かりが灯る。と同時に、DIOがリビングへ姿を見せた。
「ここにいたか」
「お疲れ様……はい、DIOの紅茶。さっきテレンスさんが入れてくれたばかりだから、まだ熱いよ」
 一礼して去っていく執事と入れ違いでDIOは夢主の隣に腰掛ける。音もなく閉じていく扉のこちら側には夢主とDIOとティーセットだけが残された。
「いい香りだな」
 砂糖もミルクも入れず、DIOはカップを傾ける。小さな息を吐いてテーブルに戻すと、チョコレートに指を伸ばす夢主の手首を掴んだ。
「……食べる?」
 返事を聞くより先に甘い菓子はDIOの唇に消えてしまった。最後に指先をぺろりと舐める舌がやけに赤く映る。
「今日のお仕事はもう終わり?」
「すべて終わらせてきたところだ」
 だからそれ以上、無粋な事を言うなとばかりにDIOは顔を近づけてくる。
「あ! そう言えばウンガロから手紙が来てたよ」
 テーブルの上にあった一枚の絵葉書を素早く手にして夢主はそれを迫ってくるDIOの顔に押しつけた。
「何?」
「新婚旅行を楽しんでるみたいだね」
 DIOはその絵葉書に視線を落とす。結婚式から遅れること数ヶ月、ウンガロとその花嫁の女性は旅行先で笑顔を浮かべて肩を寄せ合っていた。彼らの後ろに凱旋門が見える事から隣国のフランスに来ているのだろう。
「ほう……幸せそうで何よりだ」
 DIOはその写真を見て騒がしくも愉快な結婚式を思い出す。四人いる息子の中で一番最初に身を固めたのはウンガロだった。意外性に周囲が驚く中、彼らはプッチが執り行う教会で式を挙げた。
「ドライフラワーも明日には届くって」
「ああ、あのときの花か。わざわざそのようにしなくともよいだろうに」
 苦笑するDIOに夢主は絵葉書で顔を半分隠しながら、ぽつりと言った。
「……だって、思い出の花でしょ?」
 いつまでも残しておきたい。そう願う夢主の頬をDIOは優しく撫でる。
 舞い散るフラワーシャワーの中で花嫁が放ったブーケ・トスは見事な放物線を描き、夢主の腕の中に落ちていった。その軌道をスタンドで修正した事はDIOとリキエルしか知らない。過程や方法などどうでもいい。夢主がブーケを受け取った、その事実が大事なのだから。
「あの時は酷く焦っていたな。本当は嫌だったのではないか?」
「……今更、そんなこと言う?」
 夢主は唇を尖らせてDIOを睨む。
 ウンガロの結婚へDIOと共に参列を許された夢主は、喜んでプッチたちが待つアメリカに渡った。ロマンチックな夜の結婚式にうっとりとなったのは自分だけではないはずだ。
「先を越されたー!」
 と嘆くリキエルとドナテロの二人を除けば、他の参列客は幸せ一杯な二人に釘付けだったように思う。
 そんな彼らを遠巻きに眺めていた夢主は、まさか花束が自分の手に落ちてくるとは思ってもいなかった。
「こ、これ……どうしよう!?」
 慌てふためく夢主を隣にいたリキエルとドナテロが笑い飛ばす。
「別にどうする事もないだろ?」
「そうだよ。ねぇ、ダディ?」
「ああ。これを身に着けて私と添いとげればいいだけの話だ。……夢主、私と結婚して欲しい」
 小さなケースの中に大粒のダイヤモンドが輝くリングを見せられて、夢主の手からブーケが滑り落ちる。それをリキエルとドナテロが拾い上げる間に、新郎新婦よりも熱烈な愛を交わし始めたDIOに向けて拍手が湧き起こっていた。
「まるで計算されていたみたいだけど……」
 思い出すたびに顔と胸を焦がされるようだ。こほん、と咳払いをした夢主は赤くなる頬をウンガロからの絵葉書で覆い隠した。
「どのような手を使ってもお前を花嫁にすると決めていたからな」
 DIOは夢主の左腕をつっとなぞり上げながら笑った。以前、DIOが決して外すな、と言ってプレゼントした重い金の腕輪はそこに無い。今でもそれに違和感を覚えるのか、夢主は無意識で左手首を撫でている。DIOは肌を愛でながら静かに顔を近づけて、二人の間にある絵葉書を唇に挟んで床に落とした。
「……ん」
 赤く染まった顔のまま、口付けを身に受ける夢主にDIOは唇の上で囁くように言う。
「夫婦という響きは……案外いいものだ。お前を独占しているようで実に心地いい」
 そんなのは今更だと思う。しかしそれは夢主だって同じことだろう。
「じゃあ、私もDIOを独り占めしていいの?」
「フフ……お前が望むまま、私の全てをくれてやろう」
 とても魅力的な言葉に体の奥底が熱くなってくる。ちらりと周囲を見渡してテレンスや庭師の姿が見えない事を確認し、夢主は相手の左肩で輝く星に手を伸ばした。
「それなら……言葉に甘えて、少しだけ」
 笑いながら腕を回し、相手をそっと抱きしめてみる。柔らかな金糸に頬を擦り寄せて耳に飾られたピアスにキスを落とした。
「それだけか? 欲のない事だ……」
 DIOもお返しにと耳たぶを噛み、近づけてきた体をきつく抱きしめる。この世で唯一の吸血鬼であり、多くの人から敬愛されるDIOを伴侶として得られるなんて、きっと何よりも代え難い贅沢だと思う。
 夢主だけがそれを理解する中、DIOはこれだけでは足りぬ、とばかりに深く口付けてきた。



 誰もが眠る午前二時。主たちはまだ活動時間内だが、執事のテレンスには就寝を知らせる時刻だ。
 明かりを落とした書斎では、デスクの上に置かれたノートパソコンだけが光を放っている。テレンスは世界中にいる信者からのメールに全て目を通し、ビジネスと関係のないプライベートなものを全て省いていった。
「流石に減りましたね……」
 夜のお誘いを願う内容のメールは、主が結婚してからというものピタリと止んだ。DIOが既婚者になったからではない。夢主が所属するチーム名のおかげだ。DIO様の花嫁は凄腕の暗殺者で、一度もターゲットを逃した事がない……とかなり歪曲されたおかげで夢主は組織内で恐れられる存在になってしまった。一部では暗殺しにきた夢主と、それを受けて立ったDIOとのスリルある恋愛話が噂され、密かな好評を得ているらしい。
「まぁ、そう思っていただく方が好都合ですけどね」
 一見して穏やかな夢主の表情は裏の顔を隠すためのカモフラージュだと思われているのだろう。マライアあたりが脚色したらしい噂のおかげで、テレンスの仕事はわずかながらも減ったし、ようやくまとまった二人を妙な横やりで揉めさせたくはない。冷徹非道、残虐な暗殺者だという夢主のイメージが固定すればするほど、報復を恐れてDIOに横恋慕する者は居なくなる。テレンスはほくそ笑みながらメールを振り分け終えた。
「さて……そろそろ寝ますか」
 ノートパソコンを閉じて書斎を後にすると、二階から一階に移動した自室へ向かった。この方が朝起きて作業するのが楽だし、何より図書室や廊下、階段などでところ構わず愛を囁き始める二人を見なくて済む。許されるならずっと見ていたいが、こちらの存在に気付いた夢主が激しく照れてしまうので、それを思い遣っての事だ。テレンスは暗い廊下を一人で歩きつつ、ちらりと上階の様子を思い描いた。
(あまり無茶な事をしてないといいですけど……)
 結婚生活に浮かれきった主のせいで、風邪や熱を出して困るのは夢主であり、その看病をするのはテレンスだ。そしてDIOも夢主の不調を聞いたジョルノからたっぷりと嫌味を受ける羽目になるのだから。


 執事にそんな心配をされているとは知らず、寝室で体中を撫で回されている夢主がふと思い出したのは、
(あ……リゾットが好きなヌテラ、買い足してない)
 と言う事だった。これまで一緒に暮らしてきたリゾットとは昼間会うだけになってしまった。彼と穏やかな日々を過ごした時間と、サッカー試合をチームのみんなで馬鹿騒ぎしながら観戦していた頃が懐かしく思う。
 今でも夢主は暗殺チームの一員だが、仲間たちはどこか遠慮するような部分を見せ始めた。それが気になってプロシュートやメローネに問いただせば、
「そりゃあ、お前……新婚だからなぁ」
「だよねぇ。君の体に残るキスマークなんて、もうほとんど嫌がらせか、当てつけみたいに見えるんだけど」
 二人に笑われホルマジオやソルベ達にも散々からかわれてしまった。それでもリゾットだけは、
「いつでもここに帰ってこい。痴話喧嘩もまとめて引き受けてやる」
 とまるで父親のように微笑んでくれた。
(明日、一番大きなヤツを買ってこよう……)
 すぐに無くなるとしても、きっとリゾットやメローネは喜ぶはずだ。
 そう思う夢主の頬を不意にDIOの大きな手のひらが包み込んだ。
「ベッドで他の事を考えるとは……随分と余裕が出てきたではないか」
 夢主がハッと気付いたときには、眼を細めたDIOが上から睨んでいた。慌てて取り繕おうとするが彼には無駄な事でしかない。
「言え。何を、誰を思っていた?」
 裸に剥いた夢主の胸の頂きをDIOの尖った爪先がきゅっとねじる。痛みと共に走り抜けた快感が夢主の腰を大きく震わせた。
「ん……違う、……ただ、」
「ただ、何だ? まさか別の男を思っていたのではあるまいな?」
「そんな……!」
 大きく首を横に振る夢主の体にDIOは自身の裸体を触れ合わせた。硬く張り詰めた切っ先が女の恥丘をなぞり、茂みをかき分けていく。その刺激だけで夢主の下半身が熱くなり、早く欲しいとせがむようにぬかるんだ蜜壺が狭まった。
「この私を前にして隠し事をするつもりか?」
 灼熱の楔とは裏腹に、冷たい視線が唾液で濡れ光る夢主の胸に突き刺さる。
 逃げるようにそっと目を伏せて夢主は考えた。あまりにも下らない内容をそのまま告げたら……DIOはどう思うだろうか。たとえただの買い忘れの話だとしても、この場で他の男の名など聞きたくはないだろう。もし逆の立場だったら絶対に嫌だ。
「結婚式を……思い出していただけ」
 苦しい言い訳だったが逆にDIOは信じたようだ。美しい金色の睫毛を瞬かせた後、頬を緩めてしまった。
「何だ、そんな事か」
 テレンスとマライアが選び抜いた白いドレスに薄いベールで顔を覆った夢主の姿を思い出す。誓いのキスの後に一筋の涙を流す彼女が美しく、DIOはただ愛しいと思った。
「望むなら何度でも式を挙げてやる。だから……今はこちらに集中しろ」
 初夜の時と同じく、DIOは優しい手つきで震える胸を揉み、色付いた乳首をこねて弾いた。
「っ……」
 それまでDIOの濃厚なキスを受けていた花唇が震え、奥から愛液がとろりとあふれてくる。達した余韻に浸っていた体は再び熱を帯び始めたようだ。相手が言うように、ベッドに組み敷かれ、隅々まで丹念に愛撫されるこの状況に意識を向けると、耐え難い羞恥と渦巻くような快楽が押し寄せてきた。
「DIO……」
 別の事を考えてしまった罪悪感に押されて夢主は求めるように腕を伸ばした。逞しい胸筋と広い肩に触れ、いやらしい笑みを浮かべた頬を撫でる。夢主の香蜜で濡れた唇を舌でぺろりと舐め上げる仕草がとても淫らだ。劣情に溶けた赤い目で射貫かれると、それだけで堪らなくなる。
「フン……ひどく物欲しそうな顔だな」
 彼の言うとおりだった。恥ずかしそうにDIOの胸に顔を隠そうとすると、何故かその手前で体を離されてしまう。戸惑うよりも早くDIOの手が背中とベッドの間に潜り込んできて、夢主の体をくるりと反転させてしまった。
「え、……っ!」
 驚く夢主の背中にDIOの唇が勢いよく吸い付いてきた。首筋を甘噛みし、舌で動脈をなぞりながらいくつもの赤い鬱血痕を残していく。
「あっ……やだ、見えるところにしないで」
「愛し合った証だ。見せつけてやれ」
 聞き入れる気の無いDIOはそう言って嫌がる夢主の肌を念入りに啄んだ。これではテレンスはもちろん、リゾットやメローネたちにもこの夜の出来事を知られてしまうだろう。小さな痛みと快感が混ざり合っていく中、DIOの髪に肌をくすぐられながら夢主は諦めと悦楽の甘い溜息を吐いた。
「ん、……あぁ……」
 唇だけではどうしても物足りなくて、つい腰がねだるように動いてしまう。DIOは夢主の震える背中とお尻を撫で下ろし、蜜があふれ出す女唇に指を這わせた。
「あ、DIO……ッ」
 押し入ってくる指を想像して身を強張らせる。しかし、入り口を浅くなぞるばかりで夢主の予想は裏切られてしまった。
「フフ、いい具合だな……見ろ、お前のもので酷くシーツが濡れてしまった。明日、これを洗うテレンスはどう思うだろうなァ?」
「! そんなこと……言わないでっ」
 辱められて夢主は顔を赤く染める。DIOの意地悪をそれ以上聞けず、体を起こそうとするとそれを狙い澄ましたかのように強く腰を引き寄せられた。
「あっ……」
「お前の好きな体位で責めてやろう」
 濡れ光る卑猥な蜜口に剛直が押し当てられ、ゆっくりと内部に押し入ってくる。熱くうねる花筒がまるで歓迎するかのように吸い付いてきて、DIOは夢主の背中に甘美な吐息を落とした。
「ん……あぁっ、……い、いや……」
 ぐちゅぐちゅと淫らな音が部屋に響くのが恥ずかしくて堪らない。耳を塞ぎたく思っても、DIOに後ろから激しく揺さぶられてはもはや何も出来なかった。
「嘘をつけ。これのどこが嫌がっているというのだ?」
 DIOは唇の端で笑いながら、奥からあふれてくる蜜を中で執拗にかき混ぜた。動くたびにきつく締めつけてきて、夢主の花唇は悦びに泣き濡れている。反り返る陰茎を深いところへ突き入れながらDIOは抽送を繰り返した。
「ひ……っ、んん……あ、ぁあ……!」
 感じるところを何度も刺激され、はしたない声が次々に唇からこぼれてしまった。ざわめく淫襞を引き延ばされ、入り口から奥までをじっくりとこすり上げられてしまう。
「やだ……DIO……っ」
 快感で濁っていく意識の中、それでも夢主は首を振った。DIOが言うように果てしなく気持ちがいい。良すぎるからこそ怖い。そして何よりも責め立ててくるDIOに縋り付けないのが嫌だった。
「……夢主、私を受け止めろ」
 艶っぽい声が夢主の砕けそうな腰に響いた。淫猥な水音を響かせる下腹部がぞくぞくと波打ってしまう。求められる喜びに何もかも弾けてしまいそうだ。引き絞ってくる夢主の膣襞をDIOは容赦なく貫いて、あらゆる部分を様々な角度で甘く犯した。
「あ、ああ、DIO……!」
 腰を高く上げて、夢主はそのすべてを受け入れようとする。膣奥から広がる強烈な快感に夢主はシーツを強く握りしめて絶頂に達した。
「……っ」
 夢主の震える足と尻にしっかりと身を押しつけて、DIOは収縮する肉襞を味わった。最奥で勢いよく迸る精を感じながら、シーツを握りしめる夢主の左手を大きな手のひらで包み込む。それから涙で汚れた頬に口付けを落とし、荒い呼吸を繰り返す夢主の唇を優しく奪った。
「ん……」
「貞淑でありながら、快楽に抗えぬ妻ほど素晴らしいものはないな」
「……もう」
 どこかにやついた笑顔でそんな事を言われても、消え入りたいくらいに恥ずかしいだけだ。
 それでも夢主の手の甲と、DIOの手のひらが重なり合うところから小さな金属音が響いてくると、羞恥よりも幸福感の方が上回ってしまう。
 以前、DIOからプレゼントされた金の腕輪は二つの指輪に作り替えられて、左の薬指で変わらぬ輝きを放っている。お互いの名が彫られたそれらを見る度に、喜びと愛しさで胸が一杯になって心の端から次々にあふれ出していった。
「ねぇ、DIO……後ろからじゃなくて向き合ってキスがしたい」
 新妻からの可愛いお願いをDIOは喜んで叶える。裸のまま向き合い、きつく抱きしめ、今度はDIOがベッドの上に倒れ込むまで……情熱的で甘ったるいキスの音が夜の静寂に響いていた。

 終




- ナノ -