02


 駅から少し行った住宅街にひときわ大きな邸宅がある。7LDKという広さ故に買い手が付かず長らく空き家だったが、ようやく新たな主人を得たようだ。「岸辺」と書かれた表札を横切り、テラスから庭に出ると火事の焼け跡が残るそこに足場を組んで何人かの大工が改築作業を行っている最中だった。
 すべては賭け事をもちかけてきた東方仗助が原因だ。露伴は時々、その事を思い出してはムカッ腹を立てている。そうでなくても工事をする大きな音が家中に響き渡り、露伴の機嫌は下がる一方だった。
「クソッ! 営業妨害で訴えてやりたいくらいだッ」
 それでも真っ白だった原稿用紙にはびっしりと緻密な絵が描かれている。後はそれを封筒に入れて編集部宛に送ればいい。ぶつぶつと文句言いながら仕事場の大きな椅子から立ち上がり、露伴は部屋の隅に置かれたソファーに近づいた。たまに打ち合わせに来る担当のために用意してあるものだが、今はそこを一人の女性が独占している。
「フン、僕が仕事をしているその後ろで昼寝か。いい度胸だよな」
 今月発売されたピンクダークの少年の新刊を胸に抱え、夢主は深い眠りに落ちていた。外から聞こえてくる騒音は彼女には子守歌程度なのだろうか。
 露伴は静かに近づいて、昨日、自らサインをした単行本を取り上げた。
「おい、夢主?」
 近づいても起きる気配を見せない相手に露伴は手を伸ばした。そっと髪の先に触れて滑らかな感触を味わう。同じシャンプーの香りが二人の関係を示しているようで、どこかくすぐったかった。
 煩わしい人間関係を嫌う露伴が、一人の女性と同棲生活をしている事を知った担当者は腰を抜かすほど驚いたし、その女性が夢主だと聞いた康一は「良かったですね!」と素直に喜んでくれた。
 アメリカへ渡らず、本人も知らないうちに過去を書き換えられた彼女は、杜王町に残って露伴の隣にいることを選んだ。朝晩は一緒にご飯を食べ、愛する人とささやかな一日を過ごすことを露伴は大いに気に入っているし、由花子や康一、仗助たちと楽しそうにお喋りをする夢主もこの生活を楽しんでいるようだ。
「よくこの騒音の中で寝ることが出来るな。君の耳はどうなってるんだ?」
 以前、夢主の部屋として使っていた客間は火事のために半壊したままだ。彼女は今もリビングのソファーをベッド代わりにして寝ている。昼に眠くなるのはそこでは体の疲れが取れないためだろう。 
 露伴は身を屈めて眠る相手の顔に近づけていく。そっと触れあうだけのキスを唇に落とすのはこれでまだ二回目だった。
「いい加減起きろよ」
 髪を撫でていた手で今度は頬を軽くつねり上げる。重い瞼を震わせて夢主は目を覚ました。
「露伴?」
「こんなところで寝ると風邪を引くぞ」
「あ、うん……ごめんなさい」
 いつの間にかかなりの至近距離にいる露伴から視線を下げつつ、夢主はソファーから立ち上がった。
「仕事終わったんだね。何か飲む? それとも原稿を出してきた方がいい?」
「どっちも後でいい」 
 夢主の体を引き寄せて露伴は腕の中に囲い込む。ぎゅっと抱きしめると、女の何とも言えない柔らかさが伝わってきて露伴の心と体を熱くさせた。
「な、なに?」
 夢主からドキドキと速まる鼓動が直に伝わってきた。露伴はそれを嬉しく思いながら相手の目を見つめ返す。まだハッキリとした返事をもらっていないが彼女の気持ちは分かっている。同じ家で毎日を暮らし、抱きしめられ、キスを受け入れたのだから後はもう何も迷うことなど無いはずだ。
「なぁ、このまま僕の──」
 不意にガガガッと大きなドリル音が二人の耳を貫いた。
「……クソッ」
 声を遮られた彼はそんな悪態を付いて腕を離した。
「さっき何て言ったの?」
 あの騒音を作ったのはイカサマをした仗助のせいだ。そう思うと露伴はまたムカッ腹が立ってきた。
「何でもない。コーヒーを持ってきてくれ」
「はーい」
 苦々しい表情の露伴を置いて、夢主は仕事部屋からするりと出て行った。


 日が暮れ始めると、本日の作業を終えた庭側の部屋はようやく静けさを取り戻した。露伴と夕食を食べ終えた後は皿洗いをして、テレビを見ながら彼が風呂から上がるのを待っている。こうして露伴と共に日々を過ごす事が当たり前になっているのを夢主は少し不思議に感じてしまう。
「おい、上がったぞ」
 いつも身に付けている個性的なヘアバンドにGペンのネックレス、それからピアスを外した露伴がドアから姿を見せた。普段着にグッチを着こなす彼はパジャマも同じブランド品だ。濡れた髪をすくい上げながら露伴は夢主の隣に腰掛けた。襟元から覗く彼の白い肌に水滴がぽつりと落ちる。それを首に掛けたタオルで拭う露伴の姿などきっと誰も見たことがないだろう。
「お風呂入ってきます」
 夢主は密かに頬を染めつつ、逃げるようにしてその場を後にした。
 体を洗って真っ白な湯船に浸かると、ぬるめに設定されたお湯が疲れた体を包み込む。ほっと息を付きながら思うのは、日を追うごとに露伴の新たな一面を知って少しずつ彼に惹かれていく自分の心のことだ。抱きしめられると嬉しく思うし、キスをされたときも天に昇るような心地だった。
「絶対、苦労するのになぁ」
 露伴のあの性格に付き合っていくのは大変だろう。しかしそれも楽しそうだと楽観視する自分がいる。
「初めて出会ったのが露伴じゃなかったら、どうなってたのかな」
 例えば承太郎や仗助たちとの生活を想像してみる。くすくす笑う彼女の肩に天井からぽつりと水滴が落ちてきた。


 静かになった仕事部屋で露伴は原稿の最終チェックを終えて封筒に戻した。大きな窓の向こうに見えるのは月が浮かぶ夜空だ。飲み会帰りのサラリーマンがふらふらと歩道を行く姿を月明かりが映し出している。
「11時か」
 彼女はもう寝ただろうか。露伴は仕事部屋の明かりを落とし、廊下に出て階段を降りた。案の定、夢主は暗いリビングのソファーの上で丸くなっていた。彼女は改装が終わり、客間にベッドが新調されるまで頑なにここで寝起きをするつもりらしい。向けられた背がまるで露伴を拒んでいるように見えて実に面白くなかった。
「おい、いつまでそこでそうしている気なんだ? 僕への当てつけか?」
「ん……露伴?」
 半分寝ていたらしい夢主が身を起こすとタオルケットが床に滑り落ちた。窓から差し込んでくる月明かりの中で露伴は相手をジッと見下ろした。薄いパジャマから伸びる手足に目が吸い寄せられ、すぐにでもそれに触れたくなってくる。
「ソファーで寝るのにも限界があるだろ。いい加減、僕のベッドを使ったらどうだ?」
「それは……」
 目を泳がせて言い淀む相手に露伴は溜息を吹きかけた。
「疲れが取れなくて昼間眠いんだろ? 今更、遠慮なんかするな。さっさと来いよ」
 手を差し伸べる露伴を夢主は困った様子で見上げてくる。それがまた露伴の心をチクリと刺した。
「……分かった。じゃあもういい」
「あ……」
 眉を寄せる露伴に彼を怒らせてしまったのかと焦る。しかし次の瞬間には露伴の腕が背中と膝裏に回って、ぐっと抱え上げられていた。
「えっ!?」
「何だよ。僕だって女性一人抱えることくらいは出来るさ。漫画家だからって腕力が無いわけじゃあない」
 驚いた顔で間近から見つめられて露伴は少し照れくさそうに視線を外した。夢主を抱いたまま階段を上がり、露伴は二階の自室に足を向ける。夢主だって一度しか入ったことのない部屋だ。ドアの向こうにあったのはお気に入りの画集が整然と並ぶ本棚と、露伴の普段着が詰め込まれた大きなクローゼットだ。中央には整えられたベッドが待っていて夢主はそこにそっと下ろされてしまった。
「!」
 ベッドからふわりと露伴の香りが漂ってくる。そうでなくてもその香りを持つ本人が体の上にのし掛かってきた。
「……正直、この部屋に入るまで、君には何もしないつもりだったんだが……」
 あまり睡眠が取れていない夢主のために寝具を提供するだけのつもりだった。しかしベッドに置いた瞬間、そんな良心は吹き飛んでしまった。後に残ったのは待たされ続けた男の欲望だけだ。
 パジャマの下にあるその胸はどんな形だろうか。きっととても柔らかいのだろう。ヘソから下腹部、太股も見てみたいし、肌触りと味も確かめてみたい。隠された部分に触れたら夢主はどのような声と表情で自分を見るだろうか。欲望と共に好奇心までもが露伴の胸にこみ上げてきた。
「夢主……」
 シーツの上に散った髪をすくい上げ、手のひらで頬を包み込む。何を求めているかはっきりと分かるように、露伴は手を滑らせて女の胸を包み込んだ。
「あっ、やだ……」
「嫌か? 僕に抱かれるのは? だけど抵抗したって僕はこのまま抱くつもりだぜ」
 夢主の手に自分のを重ね合わせ、露伴は顔を近づけて唇を奪った。一番最初と同じように触れあうだけのキスが心に歓喜をもたらしてくれる。堪らなくなって唇の間にそろりと舌を潜り込ませると、驚いて小さくなっている夢主の舌を舐めた。ぴくりと体を震わせる相手に露伴はしつこく舌先を絡ませ、唇からこぼれる吐息にうっとりと耳を傾けた。
「はぁ、露伴……」
 そんな風に夢主から甘い声で名を呼ばれたのは初めてだ。ますます心を高ぶらせた露伴は舌の表面を舐めて甘噛みし、あふれる唾液をすすり飲んだ。キスだけで脳が痺れるくらいに気持ち良かった。
「夢主……君が好きだ。全部、僕のものにしたい。いいだろう?」
 額にさらりと露伴の前髪が落ちてくる。ひたむきで情熱的な目にジッと見下ろされてしまうと、夢主の心からも想いがあふれ出してきた。
「……私も露伴が好き」
 消えてしまいそうな小さな声を露伴はしっかりと耳に拾い上げた。視線を逸らそうとす顔を両手で包み込み、露伴は激しく舌をねじ込んだ。喜びを示すように夢主の口内を貪ったあと、名残惜しげにゆっくりと顔を離していく。
 どれほど待ち望んだ言葉だっただろうか。きっと彼女にはこの煮えたぎるような気持ちなど分からない。喜びに逸る気持ちを抑えきれないまま、夢主のパジャマに手を掛ける。少しずつ露わになっていく体に下半身が熱く反応するのが分かった。お互いの体から邪魔な衣服を脱ぎ去り、初めて裸で向き合うことに少し怯えているようだ。
「露伴……」
 ベッドの上で胸を隠し、恥ずかしそうに足をぴたりとくっつけて身を縮めている。そんな夢主の様子に露伴は切実に紙と鉛筆が欲しいと願った。自分なら写真を撮るより早く、この艶姿を紙の上に描き写す事が出来る。この一瞬を永遠に留めておきたいと思った。
「大丈夫だ。優しくする」
 熱くなる顔を隠しつつ、露伴は夢主の手を退かせて両手で胸を包み込む。女の体の構造は絵画や画集、彫刻で詳しく知ってはいるが、こうして生身を相手にするのとはまた別の話だ。暖かくて甘い色をした乳房に顔を寄せ、尖りつつある乳首を口に含んだ。
「あっ……」
 舌でたっぷりと舐めて転がせば、すぐに硬くなっていく。身を震わせる夢主の輪郭を描くように露伴は首筋や肩をなぞり、胸と腹部の肌の感触を味わって、いつかは膝枕をと密かに思っている太股を撫でた。
「んっ……あぁっ、」
 きつく吸い上げてから乳首を離した露伴は、そのまま顔を下げて腹部を舌で舐め下ろした。ヘソからさらに下へ行くと堪らず逃げようとする。
「やだ、……!」
 それを押さえつけながら両足を抱え上げると、露伴の目に夢主の大事なところが飛び込んできた。男を惑わすピンク色の秘部に吸い寄せられるように、ふっくらとした肉へ顔を埋め込んだ。頭を退かせようとする夢主の手を掴み、露伴は女の香りを胸一杯に吸い込む。閉じられた蕾を優しく舐めて、少し上にある秘芽にちゅっと吸いついた。
「ひっ、……うそ……やだぁ」
 今まで感じたことのない快感がそこから生まれ、震える体に広がっていく。相手の初々しい反応に露伴は夢中になって舌を伸ばした。唾液をたっぷりと絡ませて周囲をなぞり、強く優しく突起をくすぐるように舐める。その度に甘い痺れが走り、すり合わせていた膝から力が抜けて左右に押し開こうとする露伴の手に委ねてしまった。
「ここの味も確かめておかないとな」
 さらっと真顔でそんな事を言うと、綻び始めている女唇の奥に舌を埋め込んだ。
「っ……あぁっ……」
 自分でも触れた事のない内部を探るようにかき回してくる。驚くより先に耐え難い快感が走り抜けて、夢主は腰を浮かしてその強烈な刺激から逃げようとした。露伴は優しく引き寄せてより深く舌を潜り込ませる。狭い蜜口はぬるついた舌を歓迎し、内部は悦びにうねっていた。
「ふっ……ん……」
 足の間に顔を埋め、しつこく責めてくる露伴の髪に夢主は手を伸ばした。力の抜けた指でかき回されてもこの先を強請っているようにしか思えない。露伴は乱れゆく夢主の体を上目遣いで見つめながら、心にすべてを写し取っていった。切なくも甘い声に耳を傾け、奥からあふれてくる淫らな蜜の味を舌で味わった。そうしてひくつく蕾にたっぷりと愛撫をした後、今度は舌ではなく指をゆっくりと押し込んだ。
「あっ……!」
「すごいな、指に吸い付いてくる」
 露伴に揶揄されて夢主の体はますます赤くなる。何か言おうとしても普段はペンを握っている繊細な指でぐちゅぐちゅとかき混ぜられると、言葉は全て甘い吐息に変換されてしまうようだ。
「やっ、だめ……あぁ……ッ!」
 指で膣襞を探りつつ、赤く色づいた芽を吸い上げると夢主は体を大きく震わせて絶頂に達した。激しい刺激に押し流されて呆然となる相手の姿に露伴の淫茎がびくびくと反応した。
「やばいな……クソ……」
 自分が与える愛撫に素直な反応を返す夢主を見て、露伴は乱暴に扱ってしまいそうで怖くなる。可愛くて愛しくて、滅茶苦茶にしたい。一分でも一秒でも早く自分だけのものにしたかった。


「夢主、痛くても我慢しろよ?」
 急かされる感情に従って露伴は腰を進める。一度も触れていないのに完全に勃ちあがった陰茎からは、興奮を示すようにぬるりとした先走りが滲み出ていた。足を大きく開かせて舌と指で愛撫していたところに押し当てると、夢主は露伴の言葉に怯え、近くにあった枕の端をぎゅっと握りしめている。
「悪い……」
 謝りつつも背中には被虐的な快感が走り抜けた。ぞくぞくする愉悦に押されて、ゆっくりと夢主の中に埋め込んでいった。
「あ……ッ」
 小さな悲鳴を上げて夢主は枕にすがりつく。濡れた蜜口を擦り上げて、露伴は花筒の締め付けに吐息をこぼした。
「さすがに、狭いな……」
 熱く濡れた淫襞は露伴を包み込んでもっと奥へと誘ってくるようだ。途中でささやかな抵抗を感じたが、それを無視して根本までしっかりと咥えさせた。
「夢主……」
 痛みで声もなく震えている相手を見下ろして、露伴は優しく頬を撫でた。目尻に溜まった涙を舌で舐めとって、切ない呼吸を繰り返している唇を奪う。慰めるように舌を絡めれば、そろそろと肩に腕を伸ばしてくる。露伴は夢中でキスをしながら女の体を強く抱きしめた。
「夢主……っ」
 今感じている喜びが相手に伝わらないことをもどかしく思う。露伴は彼女をアメリカにいる承太郎や花京院の元へ行かせるつもりはない。過去から夢主のすべてを奪って、これからはずっと一緒に過ごしていける。身も心も一つになれた深い喜びに露伴は夢主の名を何度も甘く囁いた。
 痛みを快感に塗り替えるために露伴は腰をゆっくりと動かす。ゆるゆると引き抜いては少し強く穿ち、蠢く膣襞を中から愛撫する。
「んっ……ふ……」
 痛いはずなのに、時々、奥を貫かれると淫らな声が出てしまう。その声を聞いた露伴が膨らんだ芽を指でつまみ上げ、優しくも淫らに擦ってくる。
「あぁっ……だめ、さわっちゃ……」
「どうしてだ? 気持ちいいだろう?」
 そう問われると夢主は視線を逸らした。露伴の言葉の通りだった。くすぐられる突起も熱い漲りを受け入れている蜜口も、突かれる度に震える最奥も、すべて甘い痺れで満たされている。再びあの強烈な絶頂を味わうのかと思うと怖くもあり、それを望んでいる自分にも気付いてしまった。
「……露伴……」
 切ない声で呼ばれて露伴は苦笑した。
「優しくしてやりたいが、そろそろ限界だ」
 熱っぽい声をもらして露伴は腰の動きを速めた。深々と楔を打ち込んで狭い隘路を激しく貫いていく。濡れた膣襞に己を擦り付けて、二人の体から快感を引き出そうとした。
「夢主、……夢主」
 切羽詰まりながらもどこか嬉しそうな露伴に夢主は必死で縋りついた。彼に求められる喜びに満ちた心は、その情熱的な愛撫を受け入れて激しく波打っている。蜜をこぼす膣口から一気に奥を突かれると体中に甘い痺れが広がった。夢主は何もかも忘れ去って、露伴だけを感じる世界に落ちていった。
「もう、だめ……もう……っ」
 体を強ばらせて絶頂に向かう相手に露伴は何度も抽送を繰り返した。深いところを抉ると、露伴の硬い漲りをきつく締め付けてくる。
「あっ、あぁ……!」
 背中を反り返し小さな悲鳴を上げて果てた夢主を、露伴は心に刻みつけながら何度か腰を動かした。収縮する膣襞に射精を煽られて、もうどうにも堪らなくなった。こみ上げてくる欲望を感じて咄嗟に腰を引き、夢主の上下する白い腹にすべてをぶちまける。熱い飛沫を感じて震える相手に露伴は最後の一滴まで残さずしごき出した。


 カーテンの向こうで次第に明るくなっていく外を露伴はぼんやりと眺めている。そのうち人々が起き出して、この家にまた騒音が響き渡る時間がやってくるだろう。
 仰向けで眠る夢主の額にキスを落としながら、それまではこうしてベッドの中で微睡んでいたいと思った。滑らかな肌に何度も口付けて、深い眠りに落ちた彼女の覚醒をさっきから促している。
 それでもなかなか起きないので、露伴は指を伸ばし、昨夜愛し合った秘部に滑り込ませた。相手の腹に放った自分の精は拭ってあるものの、夢主のそこは未だ濡れていて激しい情交の香りを残していた。蜜を指ですくい取り、口元に寄せて舐めてみる。
「……なるほど」
 甘い女の蜜に混じってほんのりと血の味がする。処女を失った味を初めて知った露伴は、指だけでは物足りなく思って体を起こした。今しか味わうことが出来ないのならしっかりとそれを記憶しておきたい。掛け布団をそっとめくり上げて露伴は足の付け根に視線を落とした。
 シーツにはぽつんと血の痕が残っている。何だか堪らない気持ちになった露伴は、夢主の足を静かに開かせて舌を潜り込ませた。爽やかな朝の到来には相応しくない、淫らな音がそこから漏れ聞こえてくる。まだ残っていた女の蜜と純潔の血をぴちゃぴちゃと舐め取っていると、深い眠りに落ちていた夢主もさすがに気付いたようだ。
「ん……なに……?」
 目を擦って下半身に感じるくすぐったさに身を捩る。
「動くなよ。今、味を確かめてる最中だ」
「露伴? やだ、何してるの!」
 下半身に顔を埋める露伴に驚き、慌てて押し退けようとする。寝起きで力の入らない手で抵抗されても露伴には痛くも痒くもなかった。
「だから言っただろう。処女の血の味を確かめてるって」
「なっ! もう、やだ、変態っ」
「フン、そんなの今更だろ?」
 あふれてくる蜜を舐め取りながら露伴はいやらしい笑みを浮かべた。そのうち淫らな音と声が部屋に満ちる頃には、いつもの朝日が杜王町にも優しく降り注いでいるだろう。


 火事で焼けた部屋の改装工事が終わり、見違えるほどに美しくなった応接間で露伴はサインペンと一冊の本を手に持っている。焦げた調度品と家具も、イタリアやイギリスから買い付けた物で補ったので出費は増える一方だ。
 学校帰りの康一は新調された一人掛けのソファーに腰を下ろして、綺麗になった部屋をぐるりと見渡した。彼は今日発売された露伴の短編集に作者自らのサインを求めてここにやってきている。
「康一くん、お茶とお菓子のおかわりはどう?」
 彼らの前に追加の茶菓子をトレーに乗せた夢主がドアから姿を見せた。テーブルの上にはすでにたくさんのお菓子とお茶が並べられている。康一はその一つを食べながら首を横に振った。
「いえ、大丈夫です」
「そう? いつでも言ってね」
 夢主はトレーを置くと空いていた露伴の隣に腰を下ろした。露伴は短編集の表紙を開き「康一くんへ」とサインを入れる。
「うわぁ、いつもありがとうございます」
 露伴から漫画を受け取った康一は嬉しそうに礼を言った。
「あ、それ今日発売の? もう本屋さんに並んでるんだ」
「ええ。平積みで宣伝用のポスターも貼ってましたよ。今ならおまけのクリアファイルがもらえるみたいです」
「本当!? じゃあ後で買いに行かなきゃ」
 楽しそうに自分の漫画のことを話す二人は露伴にとって大切なファンであり、かけがえのない友人と恋人だ。
「……別に買いに行かなくても、担当が持ってきたのをやるよ」
 ぼそりと素っ気なく呟いた言葉に夢主は笑顔を見せる。
「いいの? わぁ、ありがとう。じゃあそれにもサインしてね。お願い」
「分かった分かった……」
 目の前で康一がニヤニヤと笑っているのが視界に入ってくる。露伴はこほんと咳払いしながら、熱くなる頬を誤魔化した。
「なんだか僕、お邪魔みたいだから……それに塾もあるし。また来ますね」
 サインされた本を鞄に押し込み、康一はソファーから立ち上がった。もっとゆっくりして行けばいいのに、という夢主に頭を下げて彼は露伴邸を後にした。
「さっき少しだけ見たけど短編集の表紙、すごく綺麗だね」
「ああ、あれか」
 露伴はフッと笑って表紙に選んだ絵を思い出す。色とりどりのピンクが使われた花びらの下で、一人の女性が眩しそうに青空を見上げる優美なイラストだ。桜が見たいと言った夢主のために描き上げたものだと知ったら、彼女はどう思うだろうか。
「ねぇ、どんな話? 早く読みたいなぁ」
 顔をのぞき込んでくる夢主に露伴は笑みを向けた。彼女と過ごす穏やかな生活はこの先、いつまでも続くことだろう。
「じゃあ仕事部屋まで来いよ。サインも欲しいんだろう?」
 嬉しそうな笑顔を見せる夢主に心が抑えられなくなって露伴は顔を近づけた。
 甘いキスを交わす彼らの元に注文しておいたクイーンサイズのベッドが届くのはもう少し後のことだ。露伴の自室は少しだけ狭くなるが、どちらもそんな事を気にする暇はないようだ。

 終




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