空条家の冬支度


 学校から戻るなりすぐさま着替え、教科書とノート、それから筆記用具を手にした夢主は庭先へ急ぐ。
「夢主様、お待ち下さい」
 その手前でテレンスからコートとお菓子を手渡された。
「外は寒いですから」
 庭から庭へほんの少し移動するだけの距離だというのに、テレンスはそれに腕を通すよう勧めてくる。夢主は信頼を寄せる彼の言葉に頷いてふわふわのコートを羽織った。落ち葉がひしめく庭に出るとヒュウッと冷たい風が夢主の頬と生足を撫でた。彼の言うとおり確かに寒い。夢主はコートの前をしっかりと合わせ、空条家の庭へ足を踏み入れた。
「お邪魔しまーす」
 縁側に置かれた大きな石の上で靴を脱ぎ、夢主は勝手知ったる他人の家の中を歩いていく。広い廊下の突き当たりを右へ。引き戸の向こうは徐倫の部屋だ。
「徐倫、入っていい?」
 宿題を一緒にやろうと言い出したのは彼女だというのに返事がなかった。首を傾げる夢主の耳に、どこからか名前を呼ぶ声がする。
「夢主ー、ごめーん! こっちこっち!」
 声がする方へ向かうと、さっき夢主が通り過ぎた和室から徐倫がひょいと顔を見せた。中に入ると学ラン姿の仗助も居る。
「あ、仗助。お帰りなさい」
「おぅ。夢主、丁度いいところに来たな、これ出すの手伝ってくれよ」
 仗助は押し入れの中からずるずると布団を引っ張り出している。徐倫はその手前で大判な敷き布団を広げているではないか。
「……何してるの?」
「こたつだよ、こたつ。無いと寒いだろ?」
 仗助の言葉に夢主はぱっと笑顔を浮かべた。DIOの屋敷にはない、日本特有のこの暖房器具が夢主は大好きだった。
「手伝う!」
 徐倫と共に敷き布団を畳の上に広げ、三人がかりで長方形の大きなこたつをその上に設置した。仗助が引き出した渋い和柄の掛け布団を広げて天板を乗せれば完成だ。仗助がコンセントを差し込んでスイッチを入れると、中のヒーター部分がほんのりと赤くなった。
「冬はやっぱりこれだよねぇ」
 徐倫の言葉に夢主も同意して、持ってきた宿題とお菓子をこたつの上に置いた。
「あ、そうだった……宿題! もうここでいいよね。私も持ってくるから!」
 徐倫は自分の部屋へ走っていく。
「じゃあ俺もそうするかなァ。あと、飲み物だよな」
「私も手伝うよ」
 夢主は仗助と共に台所へ行き、お盆の上に熱いお茶とミカン、それから食器棚からいくつかのお菓子を乗せた。
「そのうち鍋でもするか?」
「いいね。だけどみんな座れるかな……」
「だよなぁ。俺と徐倫、承太郎さんに親父……夢主が来るならお前んとこの兄貴と親父も来るだろうし……まぁ詰めれば入れるんじゃねぇか?」
 あの部屋一杯になりそうだが、入れないことはないだろう。
「じゃあ今度そうしようよ」
「おう。好きな材料を持ち寄ろうぜ。闇鍋っていうのもありかもな」
「ええ〜……凄いことになりそう……」
 ジョセフやDIOあたりは妙な物を入れてみんなを困らせそうだ。まともな味になるかどうかも怪しい。出来れば普通の鍋料理を楽しみたかった。
 二人がお茶を用意している間に徐倫が座布団を出してくれたらしい。持ってきたお盆をこたつに置いて、夢主は座布団の上に腰を下ろす。足を布団の中へ入れるとすでにぬくぬくとした暖かさで満ちていた。
「ん〜……幸せ〜……」
 徐倫も夢主の隣へすぐに入ってきた。仗助もこの勉強会に参加するらしく自室から教科書とノートを持ってくる。
「あー、やっぱいいなぁ……」
 なんてしみじみと呟いている。
 三人がそうしてのんびりとした気持ちに包まれていると、廊下でトトトと軽やかな足音がして閉じられたふすまの向こうで短くワンッと吠えた。
「あ、イギー」
 夢主が少しだけ開けるとこの家で飼っている犬のイギーがするりと入ってくる。彼はこたつに潜り込み、中でくるっと向きを変えて頭だけを出した。
「イギーも寒がりだからね」
 二人の間で寝そべるイギーの頭を撫で、徐倫は小さく笑った。いつもツンとすまして人に媚びず、何事にも気高い犬だ。しかし冬の寒さだけは苦手なようである。
 そうしてお菓子を三人で食べ、熱いお茶を飲みながら宿題に取りかかった。
「徐倫、ここ分かる?」
「んー……?」
「何だ? 俺に見せてみろよ」
 一つ上の学年の仗助はどれどれと得意げな顔で夢主のノートを覗き込んだ後、ぐっと眉を寄せて沈黙した。
「……これ、英語か?」
 見たことのない単語がずらずらと並ぶ長文に仗助は首を傾げる。
「ううん。イタリア語」
「はぁ?! 何でイタリア語!?」
「英語は必須で他にフランス語とイタリア語、ドイツ語の中から選ばなくちゃいけないの。私と夢主はイタリア語を取ったのよ」
「徐倫……お前、イタリア語なんか分かんの?」
 仗助は信じられないといった顔つきで見てくる。
「英語ならまだいいんだけど……イタリア語はねぇ……正直まだよく分かんない」
 くすっと笑う徐倫に仗助は呆れてしまう。そんなので大丈夫なのだろうか。
「俺にはもっと分かんねぇよ……」
 仗助から返された教科書を受け取って夢主はイタリア語の辞書としばらく睨めっこをすることになった。イタリアで暮らした事のあるジョルノに聞けばすぐに教えてもらえるのだろうが、その兄はここに居ない。いくつもの単語を辞書で調べ、ノートに書き写していると、いつしかカリカリとペンを走らせる音が消えていることに気付く。
 夢主が顔を上げると仗助は教科書の上に突っ伏してよだれを流していた。隣の徐倫も頬杖をついたまま目を閉じて寝ているようだ。間に居座るイギーもすでに夢の中だった。
「……」
 そんな彼らを見ていると夢主にも眠気が襲ってくるではないか。思わず大きな欠伸が出てしまう。必死で問題文を解いていたせいで脳は疲れているし、足はぽかぽかと暖かく、こたつ布団はふかふかだ。徐倫と仗助の気持ちよさそうな寝顔を見ているとこの睡魔の誘惑には抗えそうになかった。
「またあとにしよう……」
 夢主はこたつに潜り込み、座布団に頭を置いた。隣で眠るイギーをしばらく眺めてゆっくりと目を閉じた。


「……やれやれだぜ……」
 家に帰ってきた承太郎は眠る子供達を見て呟いた。
 今日は特に寒かったので押し入れの中からこたつを出したらしい。三人で勉強をしていたのだろう、教科書と共にお菓子のクズやミカンの皮があちこちに散らかっている。
 ぬくぬくのこたつに誰もが睡魔に襲われたらしく、仗助も徐倫も夢主もみんな横になっていた。徐倫と夢主に挟まれたイギーなどはひっくり返って滅多に見せない腹まで出している。全員が幸せそうに寝ているので、仕事で疲れて帰ってきた承太郎などは羨ましく思うほどだ。
「う……」
 不意に苦しそうに唸る声が聞こえて承太郎は夢主に視線を移した。DIOの娘とは思えない心優しい彼女が険しい表情を浮かべている。すぐにこれは起こした方が良さそうだと判断した。
「夢主……起きろ」
 肩を揺り動かしながら驚かせないように静かに囁く。夢主はすぐにパチッと目を開けた。夢主は勢いよく身を起こすと承太郎の腕に縋り付いてきた。
 引き取られた経緯を詳しくは知らないが、初めて顔を合わせたときにDIOの側から離れようとしない様子に、それまでの暮らしぶりがどのようなものだったか大体の想像は付いた。だが幼かった徐倫は同い年の女友達が隣に住むことが嬉しくて、そんな事は気にならなかったらしい。おかげで一緒に遊ぶうちに夢主の頑なな心は解けていったのだが……過去は今も彼女の夢の中で生き続けているようだ。
「大丈夫か?」
 承太郎はぽんぽんと背中を撫でて気を落ち着かせてやる。
「パードレ……」
 似ても似つかないDIOと自分を間違えているのだろうか……承太郎は苦笑しつつ夢主の体にコートを着させた。
「家まで送っていこう」
 夢主の手荷物を代わりに抱えて縁側へ出る。辺りはすでに闇に覆われ、二つの庭園を月明かりが静かに照らしていた。靴を履いた夢主は飛び石の上を歩きながら前を行く承太郎の背中を追いかける。
「お仕事の帰りなのに……ごめんなさい」
 承太郎に世話を掛けて申し訳ないと思う。承太郎は振り向くと、気にするなと言うように微笑んで夢主の頭を優しく撫でた。
 玄関に回らず庭と接しているテラスから室内へ入ると、どこからともなくテレンスが現れて、
「お帰りなさいませ。ダイニングへどうぞ。DIO様が先ほどからお待ちです」
 そう言って夢主のコートと教科書を受け取った。
「承太郎さん、どうもありがとう」
「ああ。またいつでも遊びに来い」
 じゃあな、と背を向けて去っていく承太郎を見送ってから夢主は急いでDIOの待つダイニングへ向かった。



「ほう……これがこたつと言うものか……」
 冬になると家族でこれを囲むのだということは知っているが、DIO自身が体験するのはこれが初めてだった。
 徐倫が用意してくれた座布団に座り、長い足を突っ込んだDIOはその暖かさに笑顔を見せる。彼の横で同じようにして並んだ夢主が今日も宿題をするべくノートを広げた。
「なかなかいい物だな」
 なんて語るので徐倫は笑いを堪えるのに一苦労だ。
「はい、お茶をどうぞ。ミカンもあるわ」
 熱い緑茶を入れてきた徐倫は邪魔にならない位置にそれらを置いた。
「ありがとう、徐倫」
 綿入りの可愛いはんてんを着た徐倫は、どういたしまして、と笑顔で言った。
 こたつに戻る前に、これも昨日、押し入れから出しておいたストーブに水の入ったやかんをかける。正月にもなるとこのストーブで餅を焼くのが子供達の楽しみだ。
 夢主が宿題に取りかかる横でDIOはミカンが入った籐かごごと引き寄せ、どれが甘そうか真剣な眼差しで見つめている。中でも一番皮がつやつやしたものを選び、DIOは大きな手であっという間に皮を剥いて薄白い果皮に包まれた房を取り出した。一つを取って食べてみると、申し分のない甘さと瑞々しさが口の中に広がってゆく。
「甘いな。夢主も食べてみるがいい」
 DIOは一房つまんで夢主の口へ寄せてくる。
「ホントだ。美味しいね」
「ジョセフのお得意さんが段ボール一杯に送ってきたの。たくさんあるからどんどん食べてね」
 徐倫がミカンの皮を剥いて食べようとすると、すでにこたつの中に潜り込んでいたイギーがひょいと顔を出した。俺にもミカンをよこせ、と言わんばかりに見つめられて徐倫はイギーの前に皮を剥いたミカンを置いた。好物はコーヒーガムという変わった犬だけにミカンも平気で食べるようだ。
「一気に冬になっちゃったねー」
「そうだねー、F.Fなんかすごく厚着してたもんね」
「クリスマスに正月……あっという間に終わるんだろうなぁ……」
 徐倫は早くも年末のことを考えた。楽しいイベントが目白押しだ。
「夢主はどうする?」
 シャーペンをくるくると回しながら徐倫は目の前の親友の予定を聞いてみる。
「どうもこうもあるまい。例年通り私と過ごすに決まっているだろう」
 DIOは日本茶を飲みながら自信たっぷりに言い放った。
「だよね……」
 聞いたのが間違いだった……徐倫はクスッと笑う。
「クリスマスは予定があるから無理だけど……新年会はここで鍋パーティでもしようか?」
「仗助も同じ事言ってた。いいよね、鍋!」
「ほう……よし、酒の手配と鍋の食材はこのDIOに任せておけ」
「鍋一つじゃとても足りなさそうね……」
 どちらの家族もたくさん食べる男達ばかりだ。
「うむ。四つは欲しいところだな」
「カセットコンロも必要だよね」
 こたつに入りながら二つの家族と共に新年を過ごす日を夢見て夢主は思わずうっとりとなる。きっとその時はディエゴとジョニィも家に帰ってくるだろう。前のようにジャイロも参加するかもしれない。
 ミカンを食べつつ彼らはそんな会話に花を咲かせた。夢主と徐倫の宿題は一向に終わる気配を見せず、DIOが提案する新年会での余興をあれこれと話し合う。イギーはミカンを食べ終えて、再びこたつの中へ潜り込んでいった。


「どうしてこうなっているんですか……」
 夢主とDIOがお隣に行ったまま帰ってこない、とテレンスから知らせを受けてジョルノが迎えに来てみると座敷に置かれたこたつの中で二人はすやすやと寝入っているではないか。その反対側でも徐倫とイギーが同じようにして眠りに落ちている。
 ストーブに置かれたやかんからは湯気が出て、部屋の中は春のように暖かい。それでも夢主の体温を求めるかのように娘を抱きしめて眠るDIOの姿には呆れるばかりだ。若干、イラッとしたジョルノは氷のように冷たい自分の手を父親の首筋に添えた。
「WRRYY!?」
 悲鳴と共に飛び起きたDIOにつられて夢主も目を覚ました。
「あ、ジョルノ」
「こたつで寝ると風邪を引きますよ」
 ジョルノは起き上がる夢主の肩へ彼女のコートを掛けた。
「ジョルノッ! 貴様というやつは! もっと普通に起こすことが出来ないのかッ!」
「パードレ、大声を出さないで下さい」
 喚くDIOを煩わしそうに見やって、ジョルノはこたつの上に置かれた夢主のノートや教科書を手早くまとめ出す。
「何よぉ? 気持ちよく寝てたのに……」
 徐倫が起き上がるとすでにコートを着た夢主と目があった。
「徐倫、ごめんね。また来るから」
「あー、うん」
 徐倫はジョルノに手を引かれて帰って行く夢主の背中をぼんやりと見送った。
「お邪魔しました。パードレ、行きますよ」
 息子に促されてDIOも渋々とこたつの中から出る。さっきまで心地良く寝ていたのに邪魔されて少し不機嫌だ。
「うぬぅ……外は寒いな……」
 コートも着ずに薄着でやってきたDIOは木枯らしが吹く縁側に出てそう呟いた。辺りはすでに真っ暗だ。砂利を響かせて帰って行く彼らを見送った徐倫は、柱に掲げた時計を見てそれまでの眠気が吹き飛んだ。
「あー! ご飯作らなきゃ!!」
 慌てて座敷を後にする彼女をイギーは片目を開けて見送った。彼の夕飯はもう少し後になりそうだ。



「こんにちは、承太郎さん」
「どうもお邪魔しています」
 隣に住む夢主とジョルノがそう言うのを承太郎は小さく頷いて受け止めた。
 今日は日曜日。徐倫と仗助はそれぞれの友人と街へ遊びに出かけて居らず、家に残っているのはジョセフと朝釣りから帰ってきた承太郎の二人のはずが、いつの間にか客人が来たらしい。
「いいところに帰ってきたではないか。承太郎、茶を出せ。無ければ酒で我慢してやろう」
「テメェ……」
 こたつに潜り込み、うつ伏せになって広げた新聞を読むDIOの姿に承太郎は凛々しい眉をぐっと寄せた。
「まったく、遠慮という言葉を知らないんですか?」
「私が用意するよ。承太郎さん、台所借りますね」
 僕も手伝います、と夢主に続いてジョルノも廊下に出て行った。
「あいつらはいいとして、何でお前までここにいる?」
 承太郎はこたつでくつろぐDIOを見下ろして言った。火が点けられたストーブは赤く、すでにいくつか食べられた後のミカンの皮が散らかっている。ジョルノと夢主が持ち寄った宿題はまぁいいとしても、ゲームをした後のトランプやコインまであっては勉強していたかどうかも怪しいものだ。
「フン、休日は娘と共に過ごすと決めているのだ。誰にも邪魔はさせぬ」
「テメェの家でやれ」
「夢主がこのこたつを気に入っている以上、ここで過ごすのが一番ではないか。それよりもジョセフはどこに行った?」
「知るか」
 承太郎はDIOから一番離れた場所に座ると温かなこたつの中に足を突っ込んだ。むにっと柔らかな感触に驚いて中を覗き込むと、イギーがジロリと睨んでくる。仕方なく胡座を組むことにした。
「お? 承太郎、いつの間に帰ってきたんだ?」
 段ボールを抱えたジョセフが部屋に入ってくる。重そうなそれを天板の上に置くと、中に詰め込まれたミカンを次々に出した。
「ほらよ、まさに山ほどあるぜ。好きなだけ食ってくれ」
 ジョセフが持ってきたミカンにDIOが手を伸ばす。すぐさま皮を剥いて口にする姿にこたつを気に入っているのは夢主ではなく、こいつじゃないのか? と承太郎は思う。
「パードレ、お茶入れてきたよ」
 湯気の立つ五つの湯飲みを乗せたお盆をジョルノが持ち、冷蔵庫にしまっておいたアイスの袋を夢主が手にして戻ってきた。
「お、こたつでアイスか!」
「ジョセフはどれにする?」
 ジョセフは夢主が見せる袋の中を覗き込んであれこれと物色した。その間にジョルノが湯飲みを承太郎とDIOの前に置く。
「すまん」
 と承太郎が言うのをジョルノはくすっと笑って肩を竦めた。
「それはこちらの言うことですよ。ジョセフが居たとはいえ、勝手に上がり込んでいるんですからね」
「お前達なら別に構わない」
 承太郎がそう言うのを聞いてDIOが得意げな顔を見せた。
「ほら見ろ。私の言ったとおりだろう」
「……テメェは許可してないがな」
 ぽつりと呟いた承太郎の言葉はジョセフがビニール袋をガサガサする音でかき消されてしまった。
「私、いちご。ジョルノはチョコだよね」
 こたつの上から教科書とノートを片付けた。ジョルノも再び夢主の隣に腰掛ける。
「パードレは?」
「私もいちごだ」
 娘と同じ味を選ぶDIOを横目に承太郎は残ったアイスを夢主から受け取った。
「さーて、さっきの続きといこうぜ」
 ジョセフは段ボールの箱を畳の上に置き、それまで辺りに散らかっていたトランプをまとめ始める。
「まだするんですか……?」
 ジョルノは宿題をしに来たというのに、目の前でカードゲームに興じるジョセフとDIOを見せられて思うように集中できないのが嫌だった。
「勝負の途中だったからな」
「フン、懲りないやつだ。私に負けるのがオチだというのに」
「よく言うぜ! 三勝三敗の引き分けだろーが!」
 ジョセフが意気込むのを見て、ここで勉強することは諦めた方が良さそうだとジョルノは思う。小さな溜息を吐きながらジョルノはカップに入ったチョコレートアイスをスプーンですくって食べた。
「ジョセフ、私も参加していい?」
「おう、もちろんだ。だけどそうなるとチップが足りないな……よし、ちょっと待ってろ」
 ジョセフはふすまを開け放つと足早に廊下を駆け抜け、間借りしている自分の部屋に飛び込んでいった。何事かと夢主が驚いていると彼はすぐに大きなボードを抱えて戻ってくる。
「いっちょ、人生ゲームでもするか」
「わぁ! 面白そう!」
 夢主とジョセフはミカンの皮を隅へどけて天板にボードゲームを広げ始める。
「おいおい、私との勝負はどうなったのだ? 逃げるつもりか?」
「馬鹿言うな、これで決着をつけてやるよ」
 ジョセフはDIOの前に車の形をした駒を置いてニヤリと笑った。夢主とジョルノ、承太郎にも駒を手渡す。
「俺もゲームに付き合わせる気か?」
「いいじゃねぇか、どうせ暇だろ? まずはジャンケンだな」
 承太郎がやれやれと呟くのを聞き流しジョセフは片手を振り上げる。夢主が喜々として参加するのを見てはDIOとジョルノもするしかない。最初は淡々としていたボードゲームも、DIOが借金地獄に陥ったり、承太郎がストレスで一回休みになったり、その間にジョセフが金持ちになったりするうちに場の空気は次第に熱を帯び始めていった。

「ただいまー……って、うわ!? 何よこれ……ッ!」
 外から帰ってきた徐倫は何だか騒がしい音のする座敷へ顔を出した。ふすまを開けた瞬間、酒の匂いがぷーんと漂ってくる。こたつの上にはいくつもの日本酒とビールの空き缶が並び、その隙間をミカンの皮とさきイカが埋めるようにして置かれ、畳の上にはトランプにウノ、ボードゲームで使ったらしい駒や紙のお金があちこちに散らかっているではないか。
「よぉ、おかえりー、徐倫〜」
 すでに出来上がっているらしく、ジョセフは真っ赤な顔をして徐倫に絡んできた。
「今、飲み比べしてるところだ。お前も参加するかァ?」
「ジョセフのバカ! 飲み過ぎよ!」
 徐倫はすぐさまグラスを奪い取った。飲み始めると誰もが止まらなくなるのがこの兄弟の悪いところだ。徐倫の父親の承太郎とDIOがグラスを煽るのを見て彼女は頭が痛くなってきた。この後の片付けを思うと尚更だ。
「ああ、いいところに帰ってきましたね」
 ジョルノは自分に寄り掛かってくる夢主の体を支えつつ、廊下に立つ徐倫の元へやって来た。
「夢主? どうかしたの?」
 何だかやけに具合の悪そうな夢主を見て徐倫は顔を覗き込んだ。
「負けた人が酒を飲むという罰ゲームのせいですよ。僕は止めたんですが……」
「まさか飲んじゃったの?」
「ええ、少し……僕は夢主を家へ連れて帰ります。後は任せました」
「任せるって……」
 徐倫はちらりと座敷の中を振り返った。ゲラゲラと笑うジョセフに煽られてDIOと承太郎が酒の入ったグラスを傾けている。もはや罰ゲームでも何でもなかった。
「僕の背中に乗って下さい」
 縁側で脱いだ靴を履き、ジョルノは夢主に向けて背中を差し出している。
「ごめんね、ジョルノ……」
「いいんですよ」
 よろよろと彼の背中に身を預ける夢主をジョルノは笑顔で受け止めていた。
「お邪魔しました」
 ジョルノが去り際にそう言った。日本庭園を抜け、自分たちの屋敷へ帰って行く二人を見送った徐倫はもう一度座敷を振り返る。
「こたつを出したのは失敗だったかしら……」
 眠気に襲われてばかりで宿題は進まないし厄介な酒飲みの連中が居座ってしまう。
 溜息をついた後、彼女は開いていたふすまを閉め、何も見なかったことにして自室へ戻っていった。

 終




- ナノ -