10


 DIOの横暴な言葉を受けてから数日が経った。
 主の言葉を守ろうとするあまりに忠実なアイスのおかげで、夢主は朝食も夕食もこの薄暗い寝室で取ることになってしまった。幸いにもバスルームとトイレは部屋続きにあるので問題はない。
 ホル・ホースやマライアたちが時々姿を見せる一階のキッチンとは違ってここを訪れる者はおらず、最近はDIOと執事としか会話をしていないように思う。
「何をしでかしたのかは知りませんが……早く謝ってしまいなさい。DIO様も言われるほど鬼ではありませんから」
 これまであらゆる世話をしてきたテレンスだけが部屋に閉じこめられた夢主に同情を示した。
「……私、すぐに謝ったよ?」
 一人掛けのソファーの上で朝食を取りながら、夢主は給仕をするテレンスを不服そうに見上げた。
「何が気に障ったのかな……」
「さて……。あの方は時々、とても気まぐれですからね」
 DIOを猫に例えたのが悪かったのだろうか? 夢主はそんな的外れなことを思う。
「それにしても……私が想像するより快適に過ごされているようで安心しました」
 夢主を部屋の外には出さないとDIOから聞かされた時、テレンスは最悪な想像をしてわずかに青くなった。この方なら逃げ出さないよう手足を折ったり、獣を飼うように鎖を使って縛り付けるくらいはやってのけるだろう……そんな事を思ったからだ。
「ふふ、そうですね。映画に雑誌もたくさんあって退屈はしないみたいです」
 小さく笑う夢主にテレンスは安堵する。監禁されているにも関わらず笑顔が浮かぶのだから大丈夫だろう。そもそも監禁という言葉自体が怪しいものだ。サイドテーブルに置かれた映画のビデオやいくつもの雑誌は彼女を退屈させないための物だし、二人は眠くなる明け方近くまでそれらを鑑賞して楽しんでいるようだ。日が落ちるとDIO自らが夢主を外へ連れ出しているのだから言葉も出ない。
「今夜も外へお出かけですか?」
「DIOに聞いてみないと分からないけど……多分そうだと思います」
 喜びを隠そうとして隠しきれていない。小さく綻ぶ口元がすべてを物語っている。テレンスは暗がりに灯されたロウソクの中で笑い、そのうち身支度を終えたDIOが戻るより先に部屋を後にした。


 食事を終え、食器を持って下がるテレンスを見送った後、夢主はベッドの周囲に積み重なる本の中から一冊を選び出した。埃を払い、広いベッドに寝転んでページをめくるのが日課になりつつある。
 そうして柔らかな寝具の上で物語の中へ没頭する彼女の耳に部屋の隅からコトッと小さな物音が届いた。
 最初は気のせいだと思った。この館にもネズミくらいいるだろう、そう思ったからこそ気にしなかった。
 隣室へ続くドアが静かに開いたときも夢主は全く気付かなかった。敷き詰められた絨毯が侵入者の足音を消し、揺らめくロウソクの前をゆっくりと横切っていく。
 それでも抑えきれない何かが空気を伝わって夢主の五感に異常を知らせたようだ。読んでいた本から何気なく顔を上げた暗闇の中に薄衣をまとった女が一人佇んでいる。
「……!」
 あまりに突然すぎて声が出なかった。本をシーツの上に放り投げ、無様な姿でベッドから転がり落ちた。
「……あなたが夢主様?」
 ゾッとするほどの美人が表情を消した虚ろな目で夢主を見下ろしてくる。一瞬、DIOが命を奪ってきた女の死霊かと思ったが違うようだ。
 悲鳴と息を飲む夢主の前で相手はフフッと笑った。
「こんなちっぽけな小娘に私が苦しめられていたなんて……ああ、おかしい」
 怨嗟を含んだ声に夢主の背中が粟立った。これまで関わることがなかった彼女たちにも夢主の存在と名は知られているようだ。DIOの虜になっている彼女からは毒々しいまでの悪意が放たれていた。
「ねぇ見て……DIO様に抱いてもらった痕がまだ残っているでしょう? あなたにはある? ないわよね?」
 女は髪を持ち上げて浅黒い傷跡が残る首筋を夢主に見せつけた。キスマークなどという可愛らしいものではない。どう見てもDIOが吸血する際に指を突き立てた痕だ。彼女はそれを撫でながらうっとりとした表情で思いを馳せている。
「DIO様は……DIO様はどこにいらっしゃるの? まさかあんたが隠したんじゃないでしょうね?」
 夢主は勢いよく首を横に振った。
「なら、さっさとこの部屋から出てお行き! この泥棒猫! 絞め殺すわよッ!」
 目を見開き、鬼のような形相で迫ってくる女に叫ばれて夢主はドアに駆け寄った。ゆっくりと閉じていく寝室のドアからけたたましい声が響いてくる。耳の奥で反響する高笑いに身を震わせ夢主は必死で階下へ逃げた。
 暗い廊下を走り抜け、ついさっき談笑を交わしたテレンスを求めてキッチンのドアを夢中で押し開ける。
「おや……夢主様?」
 夢主が食べ終えた食器を洗っていたのだろう。花柄のエプロンを身に付けた彼は皿とスポンジを手にして振り向いた。そのいつもと変わらない様子にホッとした。暗闇に覆われた館の中に暮らす夢主にとってここだけが日常が取り戻せる唯一の場所だ。
「テレンスさん……」
 よろよろと近づいて背中で結ばれたエプロン紐をぎゅっと握りしめる。爽やかな洗剤の香りが鼻を掠めて夢主は安堵する。額を彼の背中に押しつけるとテレンスは飛び上がるほどに驚いたようだ。
「?!」
 彼は動揺のあまり水を貯めた洗い桶の中へ大皿をドボンッと落とした。
「な、何です、どうしたというのですか?!」
 彼が振り返って見たのは目尻に涙を湛えた夢主の姿だ。泣き顔を見せるほどに心を許してもらえるのは嬉しいが、テレンスは自分の命を思うと蒼白になった。
「とにかく落ち着いて……そ、そして早く離れて下さい! あなたまで汚れてしまいます!」
 上へ挙げた手から洗剤の白い泡がボタボタと伝い落ちている。袖は濡れ、エプロンは皿を落とした時の水を浴びて大きな滲みを作っていた。
 珍しく焦った様子を見せる彼に夢主は何度か瞬きをした後で耐えきれずにプッと吹き出した。
「ごめんなさい、テレンスさん」
 思わぬ失態を見せてしまった彼は少し恥ずかしそうにしながら肩を落とした。


 DIOがシャワーを浴びて別の部屋で食事を終え、本を手に寝室へ戻ってみれば夢主の姿がなかった。代わりに名も知らぬ餌の女が笑みを浮かべてベッドに腰掛けている。
「お待ちしておりました」
「……夢主はどこだ」
 DIOの言葉に潜り込んできた女はわずかに顔を歪ませる。すぐに取り繕うような笑顔を浮かべた。
「そんなことよりも……DIO様、どうか抱いて下さい」
 白いシーツの上で女が体をくねらせると白く豊満な胸が闇の中に浮き出て見えた。
「夢主はどこだと聞いている」
 DIOは無表情で相手を見下ろす。赤くなった目で刺すような視線を向けると女の全身が小さく震えた。
「し、知りません……本当です。私がこの部屋に入ったときには誰も……」
 DIOは隣の部屋に続くドアをちらりと見る。扉に鍵は付いておらずいつでも侵入可能な状態だ。この女は控えの部屋から入ってきたらしい。肉欲を解消した後、ついでに吸血したがギリギリのところで命まで奪われずに済んだ女なのだろう。
「出て行け。そこは私と夢主の場所だ」
 女の顔から笑みがサッと消えた。怒りに全身を震わせ、DIOを睨み付けようとしてすぐに媚びた態度で縋り付いてくる。
「お戯れを……。それより私を見て下さいませ」
 くびれた腰をさらけ出しながら女はしなを作った。
「DIO様、どうか抱いて。あの日のように激しく」
 女の熱の籠もった目をDIOは白けた表情で見つめ返す。この前、ピラミッドの上で夢主が宣言した時とは比べものにならないほど醜悪だ。
 あの時、夢主の目には覚悟があった。苛烈なほどに強く勇ましい想いが溢れていた。風が吹き渡る寒い夜だというのに彼女の体は陽が差す窓辺にいるように暖かかった。切なくも熱意がこもった目に見つめられた瞬間、DIOは喜びと欲望が渦巻くのを感じ取った。この者のすべてが欲しい……心と体だけではなく魂すらも己の物にしてしまいたい。自分から欠如したあらゆるものを持ち、傍らにいることを望む彼女となら天国を目指せるだろう。
「まるで違うな」
 時々、こうして狂う女がいることをDIOも知ってはいたが、今ほどそれを疎ましいと思った事はなかった。
「お前と比べてみてよく分かった」
 DIOの冷えた声に勘違いした女はパッと笑顔になる。
「やはり私に必要なのは夢主だ。お前ではない」
 血の気を失せていく相手をDIOは面白そうに眺める。女という者は愛したり憎んだり忙しいものだとつくづく思う。
 夢主は……果たして彼女はこの女ほどに嫉妬してくれるだろうか?
「嘘よ……! ああ、こんなの嘘よッ!」
 髪を振り乱す女から視線を外してDIOは暗い寝室内を見渡す。
「夢主はどこだ」
「……殺してやる……あのクソアマッ! 殺してやる!!」
 酷い言葉を投げつけるDIOより夢主の存在の方が許せないらしい。女は隠していた短剣を掴むとドアに向かって走り出した。
「生きてはいるのか……。それならいい」
 DIOはドアノブに手をかけた女をスタンドを使って手元に引き寄せ、白い腹にドスッと腕を差し込んでそのまま宙づりにしてみせた。
「あれは私のものだ。誰にも渡さぬし、誰にも殺させはしない。お前のような虫ケラにあいつが殺されるのを見たくはないからな」
 女は絶望の淵で青くなっていく。愛する人からそんな言葉を聞かされて耳を塞ぎたいと思っても腕に力が入らなかった。
「身の程を知れ。お前はただの血が詰まった袋に過ぎない」
「では……DIO様は、……愛して……?」
 愛しているのかと問われてDIOはしばし考え込む。
 プッチの言う通り夢主のことは好きだ。血や香り以前に彼女との様々な会話は楽しく、言葉が途切れて沈黙が訪れても苦ではない。こちらを気遣い、時に吸血鬼の力に怯えながらも結局は近づいてきてしまう姿が愛しい。拾った子猫を手懐けているようで可笑しいが、恐る恐る闇を覗こうとする彼女を膝上に置いて思う存分に可愛がりたいと思う。自分しか見えない腕の中に閉じ込めて、世界を統べたその後もずっと側に置きたい。望めば、望むだけのすべてを与えてやりたいと思う。
「これが……愛するという感情なのか?」
 DIOの腕からずるりと女の体が抜け落ちる。血濡れのベッドの上で女はすでに息絶えていた。
「フム、そうか……」
 愛は様々な欲で出来ているはずだが、夢主を思うこの一瞬は春の日差しのような温かい感情だけがあふれてきた。
 抱きしめてキスがしたい。全身に触れて心と体を重ね合わせたい。体が欲する肉欲ではなく、愛を確かめあう方法として彼女の温もりを知りたかった。
「俺が……このような感情を持つことになろうとは……」
 暗がりに灯されたロウソクのように一筋の細い光がDIOの内側を照らし出す。これまで閉ざされていた扉の向こうに新たな世界を知った彼は、意外にもそう悪くはないと感じる己に向けて苦く笑いかけた。



「夢主様、あれではとても……いえ……申し訳ありませんが主寝室へ移動して下さい」
 落ち着きを取り戻した夢主から事情を聞き、部屋の様子を見て戻ってきたテレンスは急にそんな事を言った。
「……? 今、何て言いました?」
「ですから主寝室へお向かい下さい」
「主寝室?」
「ええ。そうです。三階のDIO様の部屋になります」
 テレンスの言う主寝室が三階なら今までいたところは何だったのか?
「そんなに寝室があるんですか?」
 夢主のもっともな驚きにテレンスは説明を付け足した。
「夢主様が今まで居られた寝室は……実はDIO様の夜の相手をするための部屋でございます」
(夜の相手? それって……)
「え……えぇ!? うそっ!」
「嘘を言ってどうなります。これまで誰よりも長くあの場をお使いでしたからね。あの女はDIO様からの寵愛を夢主様が独り占めしていると思い込んだのでしょう」
「そ、そんな……」
 夢主は悲鳴をあげて頭を抱えこんでしまった。
「あの部屋がそういう部屋だって……もしかして館の全員が知って……?」
「ええまぁ……。知らない者はボインゴぐらいでしょうか」
 再び悲鳴を上げて顔を覆う夢主をテレンスは面白そうに眺めた。
「私、まだ処女なのに! 純潔を守ってるのに! 何でそうなってるの?!」
「おや……フフ……」
 慌てふためく夢主を前にテレンスは笑いかける。
「さ、そんなことよりもまずは主寝室へどうぞ。DIO様の私室ですが、すでに許可は下りています」
「……許可?」
「DIO様自らあなたを迎え入れるそうですよ。良かったですね」
「え!?」
「文句がおありでしたら、それはどうかDIO様に仰って下さい」
 テレンスは戸惑う彼女をキッチンから連れ出して三階西にあるDIOの部屋へ案内する。振り子時計の横には装飾が施された大きな扉が一つ。その前には半身を闇に溶け込ませたアイスが控えていた。
「夢主様の荷物はすべてこちらに移しております」
 アイスの報告に夢主は思わず愚痴る。
「私……他の部屋がいいです。図書室でも地下でも……どこか別の場所は無いんですか?」
 救いを求めて見上げてみても彼は不思議そうに首を傾げるばかりだ。
 生々しい女の死体やうごめく虫たちはむしろ階下の方が多い。ここは暗く清潔で、主が気に入った物しか置かず、人も滅多に招き入れない私室だ。そこを嫌がる理由がアイスには理解出来ない。
「他の部屋……ですか? 申し訳ないが物置としてすべて埋まっております」
「アイスの言うとおりですよ。さ、諦めて下さい」
 退路を断たれた夢主はテレンスによって中へ押し込まれてしまった。彼女を一人残して扉は重々しい音を立てながら閉じていく。
「……」
 アイスとテレンスの足音が去った後、廊下に置かれた時計からカチコチと時を刻む音だけが響いてくる。DIOの部屋の中は静寂そのものだ。
 夢主は足をそっと動かして周囲を見渡した。大きな天蓋ベッドといくつかの美術品、重厚な造りの家具からは落ち着いた雰囲気が漂っている。窓は目張りされ二重のカーテンが引かれた部屋は暗く、どこからかワインの香りも漂ってくる。他のどの部屋より片付いていて小綺麗だった。しかしそこにDIOの姿は無い。
 その事に少しだけホッとしていると、背後で閉じた扉とは別にもう一つの扉を視界の端に見つけてしまった。好奇心に押されてノブをゆっくりと回してみる。
「階段……?」
 ぐるりと円を描くようにらせん階段があった。
「あ、もしかして……」
 この上にDIOの棺が置かれた部屋があるのだろう。彼はそこにいるのだろうか……。階段を上りたいと思うが手元に明かりは無い。夢主はすぐに諦めて寝室に戻った。
「気になるか?」
 ドアを閉じて振り向いた先にDIOがヌッと立っていた。
「ぎゃあっ!」
 突然のことに夢主は飛び上がってしまう。
「DIO……! お願いだから急に声をかけないで!」
「フン、私の気配に気付かぬお前が悪いのだ」
 DIOはそう言い残して広いベッドにごろりと横になった。
(そんな……歴戦の戦士じゃないんだから)
 戦いを知らない素人の夢主が気付くはずがなかった。
「来い」
 DIOは白いシーツを軽く叩き、部屋の真ん中で立ちつくす夢主を呼びつける。仕方なく近寄って端の方に腰掛けるとスプリングは軋むことなく夢主の体をふわりと支えた。寝具の肌触りは最高だ。サラサラしてとても気持ちが良い。ここも今までいた寝室と同様に贅の限りを尽くしているのだろう。
「今日からお前が眠る部屋だ。好きに使え」
 アイスが言ったようにそれほど多くない夢主の荷物がすでに運び込まれている。読みかけのまま放り出した本もサイドテーブルに置かれてあった。
「そのことなんだけど……どうしてここなの? 私、別の部屋でもいいよ?」
「ああ……何やら騒いでいたな。客間はプッチ専用だ。ソファーで寝るには不用心だし、今までいた部屋はもはや使用できない。階段の踊り場で寝るつもりか?」
「これだけ広かったら他にも部屋はあるでしょう?」
「テレンスやアイスたちの部屋が望みだと?」
 DIOは片眉を上げて面白そうに言った。彼らなら夢主が言えば部屋くらい明け渡すだろう。
「違うよ! もう……! そうじゃなくて……本当にいいの? DIOの私室なんでしょう? 私が居ても……DIOは平気?」
 不安そうにDIOの顔を見つめると彼はフッと目元を緩めた。
「このDIOが望んでここに住まわせるのだ。私の部屋では不服か?」
「そ、そんな事はないけど……じゃあ、またお世話になります……」
 そう言って頭を下げる夢主がDIOには愉快で仕方がない。きっと彼女は何も分かっていないのだろう。
 下のあの部屋はDIOにとってのダイニングだ。時に餌を殺さず生かすこともあったが、それはごく希なことで多くはすぐに床へ打ち捨てていた。そこへ夢主がやってきて部屋を共にするようになった。これほど長く生きた女は夢主の他には居らず、彼女をスタンド使いと知らない部下たちは驚愕し、餌の女たちは寵愛を奪う者として焦り悔しい思いをしたのだろう。訳の分からない小娘が突然現れて、これまで不可領域だった場を独占したのだから。
「わぁ、気持ちいい……この枕使ってもいいの?」
 ふかふかの枕を嬉しそうに抱く相手へDIOは小さな頷きを返す。無邪気な事を言う彼女に愛しさだけが募った。
「気に入ってもらえて何よりだ」
 この部屋は煩わしさを切り捨てるためのごくプライベートな場で、女はもちろん部下でもテレンスとアイスしか入室を許してはいない。ここなら誰にも邪魔されず、またDIOが何も言わなくても夢主の立ち位置を周囲に知らしめることが出来る。プッチに指摘されたあの時にここへ招き入れていれば今回のような事は起こらなかっただろう。
「怖かったか?」
「あの女の人のこと? もちろん怖かったよ」
 陰鬱な女の顔を思い出した夢主は両手で体を抱いてぶるりと身を震わせた。
「DIOも……あまり女の人を泣かせたら駄目だよ。彼女たちは本当にDIOを愛しているんだから」
 あのような欲望しか渦巻いていない目に見つめられ、自分勝手な想いを告げられてもDIOは何一つ揺り動かされなかった。
「……そう言うお前はどうなのだ?」
「私?」
「お前は私を……このDIOを愛しているか?」
 DIOの口から聞き慣れない言葉が出て素直に驚いてしまう。
「な、なに急に……」
「どうなのだ?」
 DIOが視線を逸らさずに見つめていると夢主の顔に赤い色が薄付いていく。
「もちろん……嫌いではないけど……」
「ほう?」
 その先の言葉を知りたくてDIOは催促するように相手の髪へ指先を絡めた。
 夢主はその手からパッと逃げだし、抱いた枕に熱くなる顔を押し当てる。
「す……好きなだけ! 愛とかいわれても分からないよ……」
 人を好きなことと、人を愛することの違いは何なのだろう。DIOにとってはそれにどれほどの差もないように思えた。
 たとえ夢主が今は愛していなくても、そのうち愛するようになるだろう。いや……必ずそうしてみせる。
 照れた顔を隠す枕を無理矢理に奪ってDIOは自身のすぐ隣にそれを置く。夢主の困り果てた顔がとても可愛かった。
「おいで」
 優しい声色は意識しなくても喉の奥からするりと出てきた。枕を軽く叩いて隣に来ることを促すと、恥じ入った夢主は今にも泣きそうな表情を浮かべて戸惑っている。
「何もしないと誓っているだろう。いつも通り、私の隣で眠るだけだ」
 それでも躊躇する相手にDIOは笑いかけて願うように彼女の名を呼んだ。
「夢主」
 怒っているとでも勘違いしたのだろうか、彼女は一大決心をしたように顔を引き締めて枕に頭を押しつける。DIOは乱れ散る夢主の髪を爪先で整え、薄い上掛けを二人の体に広げた。
「嫌なことは寝て忘れるがいい。……おやすみ」
 妖しい色気を含んだ微笑が闇の中に浮かんだ。引きずり込まれていきそうな怖さとは裏腹に、気遣うように頬を撫でる手つきがあまりに優しい。夢主の心の中は喜びと困惑でぐちゃぐちゃで、ただ固く目を瞑って早く眠りに落ちることを願った。




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