06


 午前十時を指定したテレンスの言葉を受けて、別室でそれぞれ過ごしていた暗殺チームの八人は遅れることなくDIOが宿泊する最上級の部屋を訪れた。
「おーい、テレンス。来たよー」
 のんきな声で一番に入ってきたのはメローネだ。その後ろからぞろぞろと残りの全員が入ってくる。
 青空と太陽の光を遮ったこの部屋には未だ夜が残っていて、部屋の隅にぽつんと置かれた間接照明だけが灯り、外の喧騒すら届かない静寂に満ちていた。
「おや。時間通りですね」
 ラフな私服に着替えたテレンスがDIOとは反対側の部屋から出てくる。
 同じくリゾットも彼の後から姿を見せた。
「気合いが入っているな、メローネ」
 真っ赤なスーツに身を包んだ彼の姿にリゾットは苦笑した。
「まぁね、カジノもいいけど可愛い子ちゃんとも遊びたいだろ?」
「こんな奴に引っかかる女はどうしようもない馬鹿だろうさ」
 下卑た笑いを浮かべてホルマジオは揶揄する。イルーゾォとプロシュートは肩を竦め、ギアッチョは眼鏡をかけ直しながらケッと鼻先で笑い飛ばした。
「馬鹿でもいいさ。俺を楽しませてくれるなら」
「遊ぶのはいいが変な病気もらってくるんじゃあねーぞ」
「プロシュート、その言葉そっくりそのままあんたに返しておくよ!」
 他愛ない話をしながらも目をぎらつかせている彼らの前でテレンスはDIOの寝室の向こう側を思った。あまり無粋なことはしたくないが二人の朝食の用意がまだ済んでいない。声を掛けるべきか否か、テレンスが悩んでいると金色のドアノブがガチャリと音をたてた。
「……ああ、お前達か」
 欠伸を噛み殺しつつ上半身裸のDIOが主寝室からのそりと姿を現す。
 リゾットを始めとした仲間たちとテレンスをぐるりと見渡した後、DIOはリビングのソファーに腰掛けてテーブルの上に乗った英字新聞の一つを手に取った。
「テレンス、食事を頼む」
「わかりました」
 テレンスが奥へ引っ込み、新聞を広げるDIOの後ろでメローネがきょろきょろと首を回した。
「DIO様、夢主は?」
「あいつはまだ寝ている。何か用だったか?」
「いやぁ、昨日はからかい過ぎちゃったかなーって思ってさぁ」
 そう言いつつも恋人と素敵な一夜を過ごした夢主をメローネは再び冷やかすつもりだった。きっとまた真っ赤になって怒るのだろう。そう期待してたのに彼女の姿はない。
「フ……気にするな。もう怒ってはいないだろう」
 メローネに背を向けて会話をするDIOの元にテレンスが赤い液体で満たされたグラスを運んでくる。
「どうぞ、DIO様」
 差し出されたグラスを受け取る際にメローネと他の仲間達の目にDIOの背中がちらりと見えた。そこには明らかに行為の最中、女によってつけられたと思われる爪痕が残っているではないか。DIOの下でよがり、すがりついた際に夢主が爪で引っ掻いたのだろう。何とも艶っぽい傷跡だ。
「やるなぁ……」
 これにはメローネも唸ってしまうしかない。彼が想像したとおり恋人達の夜はとってもお熱いものだったらしい。ニヤニヤ笑うホルマジオ、いまいち良く分かってないペッシ、苦笑するプロシュートとソルベ&ジェラート、何とも言えない気持ちになるギアッチョとイルーゾォ、そして夢主の体を心配するリゾット……
 背中に多くの視線を集めながらDIOはグラスを一気に傾ける。人の体温より少し冷ました血液はDIOの喉を通って胃に落ち、すぐさまエネルギーに変換された。すると彼らの目の前でそのささやかな爪痕はスッとかき消えてしまった。
「DIO様、他にご用はありませんか?」
「ああ」
「それでは彼らを案内してきます」
 一礼した後、テレンスはDIOの背中を見続けていた九人を振り返った。
「さて、まずはこのホテルのカジノから行きますか」
 テレンスに引き連れられて彼らは静かに部屋を去っていく。残されたDIOは振り向くことなく空のグラスをテーブルに置き、広げた新聞の続きを読み始めた。


 優しい手つきで髪を撫でられ、時に指先が頬や唇に触れていくのを感じながら夢主はウトウトとしたまどろみの中にいた。DIOの大きな手に撫でられるとまるで彼の飼い猫になったような気分になる。クセになる心地よさが手放しがたく、もっと触れて欲しくて目を閉じたままにしておいた。
 しかしあまりに反応がなくてつまらなかったのか、それとも起こすのが忍びなかったのかDIOの手は静かに離れていってしまった。続いてベッドから立ち上がる気配と布擦れの音が耳に届く。着替えを終えたDIOがそのまま寝室を出て行くと思えば、再びベッドに戻って夢主の無防備な唇にキスを残していった。
(……!)
 狸寝入りにも限界があってそろそろと目を開く。夢主が見たのはドアノブを回し寝室のドアをくぐって行くDIOの後ろ姿だった。扉が閉まるまでのわずかな隙間から仲間たちの話し声が聞こえてくる。リビングからこちらは見えないと分かっていても、昨夜、DIOに服を剥かれた夢主は裸のままだ。慌ててバサリと頭の先までシーツで覆い隠した。
(みんながここに来てるって事はもう十時なんだ)
 テレンスと共にあちこちのカジノを巡るのだろう。この部屋は夜のように暗いが、カーテンの向こうはすでに朝の世界を迎えているらしい。
「とにかく起きよう」
 身を潜めていたシーツから頭を出して夢主はようやくベッドから身を起こした。床に力なく横たわる服の残骸をまたいで奥にあるバスルームに足を向けた。
 大きな鏡に映るのは乱れきった自身の姿だ。寝癖がひどいし、何より体中に赤い鬱血が残っている。DIOに甘噛みされた首筋はまるで大型犬に襲われたあとのようだ。とてもじゃないが恥ずかしくて人前には見せられない。
「……」
 男女の熱い夜を思わせる多くの痕を指先でなぞった。化粧で誤魔化してもいいが、愛された記憶まで消えてしまうような……そんな気がしなくもない。
 夢主は小さく笑った。本日の予定だったエステはキャンセルするしかないようだ。


 シャワーを浴びて新たな服に着替え、身支度を調えて再び寝室へ戻ってきた。
 リビングに続く扉の前で何度か右往左往し、ついに意を決してドアノブを回した。そろりと顔を覗かせると紙をめくる音しか聞こえてこない。ソファーの上にゆったりと腰掛けたDIOが新聞を片手にこちらをふり返った。
「ようやく起きたか」
 指先で側に来るよう促され、夢主は辺りを見回しながら近づいていく。
「おはよう、DIO。テレンスさんとみんなは?」
「さっき連れ立って出て行ったぞ」
 DIOの隣に座ると彼はすぐに肩を引き寄せ、ホッとする夢主の頬に朝の挨拶をしてくる。昨夜といい今といい、DIOから漂ってくる甘い雰囲気に目眩を起こしそうだ。
「朝食を取るか?」
「ううん、お昼と一緒でいいよ。DIOは今日どうするの? 私、エステはキャンセルしようと思うけど」
「ほう、それほど私と一緒に居たいか」
 なんてにやけた顔を見せるがその原因を作ったのはDIO本人だ。
 夢主は襟元を少し広げながら文句を言った。
「だってこれじゃあ、エステどころかプールにも入れないよ」
「ああ……それは悪いことをしたな」
 DIOは笑いながら服の間に指を忍ばせてくる。柔肌をなぞっていたかと思うとまた唇を近づけてきた。
「ちょっと……!」
「仕方ないだろう。見ていると噛みつきたくなるのだ」
 私は吸血鬼だからな、と告げて耳にキスをし、ついでとばかりに耳たぶを噛まれてしまった。甘い刺激にすぐさま反応し、震える体が嫌になる。夢主は耳から腰にかけて走った痺れを静めながらDIOからパッと距離を取った。
「どうした? 逃げなくてもよいだろう。昨夜はあれほど愛し合った仲ではないか」
 ニヤニヤとした顔が更に近づいてくる。腰を抱かれ肩を押さえられた夢主は相手の体重を受けてずるずるとソファーの上に倒れ込んでいった。
「DIO、」
「予定がないのなら私に付き合え。夜までたっぷりと可愛がってやる」
 声にならない悲鳴をあげる夢主と愉快そうなDIOの耳に玄関から軽やかなチャイムの音が届いた。邪魔をされて不服そうに扉を睨むDIOの下から夢主は転がり出てホールへ向かった。
「今、開けます!」
 テレンスたちが早くも帰ってきたのかと思ったが、大きな扉の向こうに姿を見せたのは執事でもチームの仲間でもなかった。
「おはようございます。夢主様」
 すらりと長い脚を見せた女性はにこやかな笑顔を浮かべてそう挨拶してくる。
「マライアさん!」
「お久しぶりです」
 驚きで固まる夢主にハグとキスをした後、マライアは背後をふり返った。
「DIO様がラスベガスで休暇を取ると聞きましたので、急ぎ彼らをお連れしました」
「こんにちは。元気だったかな?」
 いつもの神父服を脱いで私服に着替えたエンリコ・プッチが顔を覗かせる。
「久しぶり。ママって呼んだ方がいい?」
 プッチの横でそんな事を言うリキエルに背後にいたウンガロとドナテロが吹き出している。DIOの息子であり全員が母親の違う異母兄弟たちだ。プッチに引き取られて教会で暮らしているはずの彼らが目の前に並んで立っていた。
「そ、それはちょっと……」
 彼らと握手を交わしてから夢主は玄関ドアを大きく開いた。廊下の照明がDIOの居るリビングにまで伸びている。ソファーの背もたれに腕を預け、こちらの様子を見ていたDIOは部下が連れてきた親友と息子たちに美しい笑みを向けた。
「久しぶりだな、プッチ。それからお前たちも」
「親父も相変わらずみてぇだな」
 暗い部屋の中に佇む父親にウンガロが話しかける。リキエルとドナテロは豪勢な室内をぐるりと見渡した。
「せっかくの部屋なのに外が見えないなんてもったいないね」
「親父の好きそうなとこだよな」
「こら、それ以上開けないように」
 DIOから離れたところでカーテンの隙間から外をのぞき込む三人にプッチが注意する。
「好きにさせておけ」
 DIOと握手を交わしながら言うことを聞かない彼の息子らにプッチは溜息をついた。
「今、飲み物をご用意しますわ」
 バーカウンターに入ったマライアはテレンスのように慣れた手つきで酒やジュースを用意する。一息で飲み干していく息子たちから離れ、マライアはDIOとプッチの間にグラスといくつかのボトルを置いた。
「お二人の話が終わるまでご子息方を街にお連れしようと思いますが、夢主様はどうされますか?」
 マライアはDIOの後ろに立っていた夢主を振り返る。今日の予定は白紙の状態だ。しかし、このままDIOと一緒に居てはプッチとの会話の邪魔になるだろう。
「じゃあ一緒に行ってもいいですか?」
「もちろんです。では行きましょうか」
 マライアに声を掛けられて三人の息子たちは喜々として窓から離れた。
「その言葉を待ってた!」
「よし、行こうぜ!」
「ダディ、また後でね」
 さっさと玄関先へ向かう彼らに着いていこうとすると不意にDIOの手が伸びてきて腕をぐっと掴まれてしまった。
「夜までには帰って来い」
 指を絡められ、手の甲に唇を押しつけられる。そんな行動を取るDIOに驚いているとプッチが口元を手で覆うのが見えた。心なしか肩が震えているようにも思える。
「迷子になるなよ。お前たち、夢主のことを頼むぞ」
 今度こそプッチは目にも分かるほど忍び笑いを漏らした。
「DIO……それは息子たちに掛ける言葉だよ」
「フフ、ご安心下さいませ。命に代えても守ってみせますわ」
 笑みを浮かべたマライアは夢主の手を引いて玄関へと足を向ける。
「……行ってきます」
 何だか妙に恥ずかしくて扉が閉まるまで誰の顔も見ることが出来なかった。


「よし、まずはカジノだよな! ここに来たらまずはソレだろ!」
「残念ながら未成年はカジノ出入り禁止です」
 鼻息荒く叫んだウンガロをマライアが淡々と却下する。
「プッ、そんなのも知らなかったのかよ」
 嘲るドナテロをウンガロがムッとした表情で睨んだ。
「ねぇ、どこ行く? どこか行きたいところある?」
 そんな二人を無視してリキエルがパンフレットを夢主の前に広げてきた。カジノが駄目でも遊ぶところなら他にもたくさんある。
「うーん、リキエルはどこがいい?」
 自分に合わせてだらだらとウィンドウショッピングを楽しむよりも、短い休日を利用してここを訪れた彼らに決定権を譲ることにした。
「そうだな……」
 迷うリキエルの後ろからウンガロとドナテロが顔を出す。
「どうせならここに行こうぜ」
「おぉ、それいいな!」
 二人が指差すところには超高層ビルの屋上をジェットコースターが駆け抜ける写真が掲載されてある。ごくりと息を呑むリキエルを二人は両脇から腕を回し、有無を言わさず引っ張っていった。

 抜けるような青空の下、マライアと夢主の笑顔だけが輝いて見える。動き出したジェットコースターからは遙か下に豆粒のような人影が見えた。
「うわあぁ、嫌だぁあ! 降りる! 降ろせぇえ!!」
 ぎゃあぎゃあと喚いているのはリキエルだ。顔色を悪くしながら早くも泣き叫んでいる。
「おいおい、男ならこれくらい余裕だろ」
「バカ、恥ずかしい奴だな……みっともねぇ」
 そう言うウンガロとドナテロも顔を引きつらせて緊張の極みにあるようだ。そんな彼らに夢主は乗り場の横から手を振った。しかし誰も振り返す余裕がないらしい。
「嫌なら乗らなきゃいいのにね」
 苦笑する夢主とマライアの耳に風を切り裂く轟音と若い少年たちの悲鳴が同時に響いた。
「どうだった? 楽しかった?」
「ん……まぁまぁだな……」
「ああ……あんなもんだろ……」
 ベンチでへたり込んでいるリキエルの前でドナテロとウンガロはうそぶく。二人はぎこちなく体を動かしてマライアが買ってきたジュースを飲んだ。
「他にも似たような場所がありますけど、どうなさいます?」
 微笑みかけてくるマライアを三人はギクリと見返した。
「俺は絶ッ対に行かない!」
 リキエルは叫びながら何度も首を横に振った。
「俺はどっちでもいいけど、リキエルがこんなんじゃ無理だろ」
「フフ。では先にランチを取りましょうか。遊ぶのはまたその後でということに」
「それ賛成! それならいいだろ、リキエル」
「ああ、もちろん」
「夢主も……いいんだよな?」
「……! もちろん!」
 ぎこちないながらも名を呼んでくれたドナテロにパッと笑顔を浮かべ、大きく頷いて見せた。

 正装して入るような店よりもラフなところがいいという彼らの要望でビュッフェ形式のレストランに足を向けることになった。広い店内に並ぶ数多くの皿には洋食はもちろん、中華に和食まである。喜ぶ夢主を三人の息子が取り巻いて興味深そうに日本食を眺めていた。
「スシか。食べた事ねぇな、俺」
「そうなの? 挑戦してみる?」
 眉を寄せるウンガロに向けて夢主は取り皿にいくつかの寿司を乗せた。箸を使って器用に寿司を掴む手先をウンガロはジッと見つめてくる。
「スゲェ、俺にも出来る?」
「練習すれば出来ると思うよ」
「ねぇ、俺にも教えてよ」
 リキエルまで身を乗り出してきた。そんな中でもドナテロは、
「フン、別にフォークでいいじゃねぇか」
 などと言って手近にあったフォークで夢主の皿の寿司を一つ突き刺して口の中に運んでしまった。
「あ、それ……」
「……!」
 少量とはいえ食べ慣れていないワサビの刺激が強すぎたのか、ドナテロは涙を浮かべ激しく咳き込んでいる。水を求めてテーブルまで走って戻る彼に夢主も残された二人も唖然と見るしかない。
「あらまぁ、大丈夫?」
 マライアから水の入ったグラスを受け取ってドナテロは一気に流し込む。
「……俺、スシ食べんの止めとこ」
 ウンガロはそっと取り皿を戻した。

「色々と心配しましたけど、どうにかなるものですね」
 手にジェラートを持った夢主はマライアの言葉を受けて口に運ぼうとしていたスプーンを止めた。
「え?」
「仲が良いみたいで安心しました。年齢的にも難しい年頃ですし」
 複雑な家庭環境で育った彼らは同じ血を分けた兄弟でしか分かり合おうとしない。
「きっと、すごく気を遣ってくれてると思う」
 今はお互いに距離を測っている状態なのだろう。父親が求めた女が一体どのような人物なのか。彼らから向けられる視線には多大な興味と少しの疑惑が入り交じっている。
「優しいよね」
 マライアは未だに料理を求めてうろつく彼らをちらりと見ながら夢主の言うその優しさを理解しようとした。三人は大騒ぎながら皿に山盛りの肉を乗せ、ゲラゲラと笑ってはふざけあっている。どこからどう見ても悪ガキどもだ。
 マライアはしばらくそんな彼らを見ていたが……心情を理解するより先に悪戯が過ぎる彼らを連れ戻しに行かなければならなくなった。


 お昼ご飯を食べ終えた後も五人は飽きることなく街中をフラフラと歩き回った。
 リキエルが行きたがったスケートリンクにも足を向けたし、ドナテロが体験したがったレースカーの試乗にも付き合った。行く先々で珍しい物、下らない物を買い漁ったウンガロは今月のお小遣いが消えたと嘆いている。
 ラスベガスのカラリとした明るい空気を楽しんでいる間にも日は確実に傾き始め、マライアなどは早くもDIOが待つホテルに向けてタクシーを呼び止めようとしているではないか。
「えっ、もう帰るの!?」
「おいおい、まだ外は明るいぜ」
「もっと遊びてぇよ!」
 喚く彼らにマライアは額を抑えている。
「なぁ、夢主からも言ってくれよ。俺ら毎日毎日、神父サマと息の詰まる生活してんだぜ? 今日くらい羽目を外して遊んでもいいと思わねぇか?」
 ドナテロの真剣な表情で訴えられては夢主も言葉を失うしかない。確かに年若い彼らにとってこの歓楽街は途方もなく楽しい場所だろう。みんなと過ごす時間は愉快で楽しい。こうして懇願されるともう少しだけなら、と思ってしまう。
「甘い顔を見せては駄目ですよ、夢主様。DIO様の元に無事あなた方を届けるのが私の任務なんですから!」
「それは夢主だけの話だろ? 俺ら関係なくねぇ?」
「ダディも好きにさせておけって言ってたよね」
 ウンガロとリキエルもまだまだ遊び足りないようだ。三人からは熱心に見つめられ、マライアからは絶対に駄目! と厳しい目が向けられている。
「えーっと……それは……」
 マライアの気持ちも分かるが彼らの気持ちも分かる。路上で夢主が困ったように視線をさまよわせていると不意に真っ赤なスーツを着た派手な遊び人と目があってしまった。
「アレ? 夢主じゃないか。何してんだこんな所で」
 メローネとテレンスを筆頭に暗殺チームの仲間たちが姿を現した。
「あぁ? 何だ絡まれてるのか?」
 ドナテロたちを若いチンピラと見間違えたらしい。ホルマジオは仕事用の凄みを見せて彼らを鋭く睨みつけた。
「何だよこのオッサン」
「お、言うねぇ……だが止めとけよ。こっちは本業だからなァ」
 イルーゾォはニヤニヤ笑いながらウンガロを見下ろした。ガンを飛ばし始めた彼らの間にすぐさまテレンスが割り込んでいく。
「彼らはDIO様のご子息ですよ。怪我をさせては困ります。それからこちらはパッショーネのギャングの方です」
 DIOの息子と聞いてホルマジオはぽかんと口を開けたままになった。メローネは面白そうに三人の頭からつま先までを何度も見ている。テレンスの思いも寄らない言葉にプロシュートにペッシ、ギアッチョにソルベ達も驚きが隠せないようだ。
「へぇ……まぁ居てもおかしくはねぇよな」
「ケッ、青クセぇガキどもじゃねぇか」
「よせよギアッチョ。DIOサマに怒られるぞ」
「ボスだけじゃなく他に三人も子供がいるとはね」
「全員分かっているとは思うが他言無用だぞ」
 若い少年達とチームの間にリゾットが立ってその迫力のある黒目で仲間をジロリと見る。脅しのために家族を利用しようとする輩はどこにでも存在する。ギャングの世界で身内を手に掛けるのは最大の禁忌だが、それでも報復を恐れずに実行しようとする者は少なからずいるのだ。
「分かってるよ、リーダー」
 目の前の彼らがギャング、そしてその中でもリーダーと呼ばれたリゾットにウンガロたちの視線が集中した。
「ギャングってマジ?!」
 声を潜めて聞いてくる彼らの目は情熱と憧れできらめいている。リゾットは険しい表情で彼らの熱視線を避けた。
「マライア、今からDIO様の元へ?」
「ええ、そうよ。丁度、戻ろうとしていたところなの」
「えっ、誰? この美人なおねーさん」
 とメローネが割り込もうとするのをリゾットが赤いスーツの後ろ襟を押さえて阻止した。
「そうですか、それは引き止めて悪かったですね。彼らと夢主様をよろしくお願いします」
「おい、嘘だろ!」
「戻ってもプッチと親父が居るだけじゃつまんねぇよ」
「お願いだよ、テレンス。僕らもう少しだけでいいんだ」
「……しかし、」
 三人から懇願されてテレンスは眉を寄せてしまう。もっと遊びたいのは分かるが、主の息子たちに何かあった場合を考えるとあまり賛成できなかった。
「なんだお前ら遊びたいの?」
 メローネは少年たちのウズウズするような表情に笑いかけた。
「俺らこれから向こうの通りに行くけど、お前らも行ってみるか?」
「オイ、本気か? メローネ」
 プロシュートはぐっと眉を寄せて安請け合いをしたメローネを睨んだ。
「だって可哀想だろ? この歳で自由に遊べないんだぜ? プロシュートはこの年の頃に何してた?」
 そう聞かれてプロシュートの脳裏に浮かぶのは女と酒と煙草の匂いだけだ。それに血が加わるのはもう少し後になる。
「……フン。だが俺は責任持たねぇぞ」
 プロシュートはペッシを連れてさっさと先に行ってしまった。ガキの世話は舎弟一人で十分だと背中に書かれてある。
「俺も知らねぇからな。夢主、テメーはさっさと戻ってろ」
「もう、分かってるよ」
 ギアッチョに額を指先で軽く弾かれてしまった。その返事を聞いた後、彼もプロシュートたちの後ろを歩いていく。
「何か面白そうだけど、俺らはパスな。リーダーに任せた」
 ソルベとジェラートは身を寄せ合って別方向へ足を向けた。バラバラになっていく彼らにリゾットは溜息をつきたくなる。
「よし、じゃあ決まりな! 任せろ、お兄さん達がイイところに連れて行ってやるぜ」
 ヒヒッと笑うメローネの表情がどうにも怪しい。悪い道に引きずり込もうとする悪人そのものだ。
「待てよ、メローネ。テメェ、まさか……」
「刺激が強すぎるんじゃあねぇか?」
 彼らをどこに連れて行く気なのか大体の想像がついたホルマジオとイルーゾォは呆れ顔だ。
「いいだろ少しくらい。なぁ? お前らだってこの世の天国を見てみたいだろ?」
 声を小さくしてひそひそと話してくるメローネにウンガロもリキエルもドナテロも同時に首を縦に振った。
「おい、メローネ」
「ベネ! ディ・モールト・ベネ! よし俺に着いて来い!」
 メローネはウンガロの背中をバンバンと叩きながら足早に歩き出した。責任を負わないと言ったプロシュートとギアッチョを無理矢理に巻き込むようだ。
「あ、こら! 三人とも待ちなさい!」
 テレンスの制止の声すら届いていないようだ。メローネに連れて行かれたドナテロたちはこちらを振り返ろうともしない。
「ごめん、テレンス!」
 リキエルの明るい声だけが辛うじて届いた。
「ホルマジオ、イルーゾォ」
 リゾットから名を呼ばれた二人はそれだけで理解する。これから本格的にカジノを楽しむ予定だったのに思わぬ邪魔が入ってしまった。
「分かってるよ。リーダー」
「チッ、しょうがねぇーなァ〜」
 二人はすぐさまメローネの後を追う。あのDIOの息子たちだと知った以上、放っては置けないだろう。
「後は任せろ。無事にホテルまで送り届ける」
「それはもちろんですが……いえ、私も行きます。マライア、後はお任せしましたよ」
「ええ。お守りも大変ね、テレンス」
 サッと背を向けて走っていくテレンスにマライアはわずかに同情の目を向けた。
「夢主、すまないが上手く言っておいてくれ」
「うん、分かった」
 歩道の幅一杯に広がって騒ぎ始めた彼らを一番最後にリゾットが追いかける。テレンスとリーダーが見守る中なら大丈夫だとは思うが、少し不安でもある。
「さ、夢主様はタクシーに乗って下さい」
「……まだ時間あるし、私たちもどこかに遊びに行く?」
「とっても魅力的な言葉ですけど、駄目です」
 マライアはバッサリと切り捨てて片手を上げる。すぐに近づいてきたタクシーに夢主は有無を言わさず押し込まれてしまった。




- ナノ -