04


 右側には金髪の美青年が完璧なまでに整った体躯をぴたりと肌に吸い付くような黒いタートルネックに包んでいる。上に羽織った黄色いジャケットの隙間からはすれ違う全ての人間を惑わすような色気を振りまいているようだ。
 左側には銀色の短髪をさらりと流し、スマートなスーツに身を包んだ青年が年齢を経た渋い色香を醸し出している。
 夢主はその間に挟まれるようにして立っていた。あちこちから視線を感じるのはおそらく気のせいではないはずだ。
「予約が完了しました。スパとサロンは明日、明後日のショーは午後九時開演の特別席にてご覧いただけます」
 夢主が見たいというショーの予約を専用コンシェルジュは難なく用意してくれた。しかしこちらを見つつも、両隣にいる見目麗しい二人に視線が奪われるのか目がふらふらと泳いでいる。
「どうもありがとう」
 こうしている間にも周囲から向けられる好奇と熱のこもった視線に居たたまれなくなり、足早にエレベーターホールへ向かった。
「もう部屋に戻るつもりか?」
 リゾットに聞かれて夢主は自分のために時間を割いてくれる彼に申し訳なく思いながら頷いた。
 まだここに着いてそれほど時間が経っていない。しかしそれはあまりに目まぐるしい変化だ。点滅する派手な看板やすれ違う圧倒的な人混みは、イタリアののんびりとした下町とは全く違う。その騒々しさに早くも疲れてしまった。
 そうして食事を終えた三人が部屋に戻ると、そこには数時間前にこの部屋を飛び出していったチームが勢揃いしているではないか。
「あれ、みんな?」
 てっきりどこかのカジノで派手に遊んでいると思っていたが……、彼らの姿を見て拍子抜けしてしまう。
「お帰り! 食事は楽しかった?」
 メローネはテレンスが用意した酒を煽りながら朗らかに話しかけてきた。他のメンバーも似たようなグラスを持ってソファーに腰掛けている。
「どうしたの?」
「いやぁ、それがさぁ……俺ら本当に参ってるんだ」
 メローネを向かいに置いて夢主は空いていた二人がけのソファーに腰掛けた。その隣にDIOが座って足を組み、面白そうに彼らを見渡す。
「もしかして、もう全額使っちゃった、とか?」
「まさか! それ以前の問題だよ」
 メローネは身を乗り出して縋るような視線を向けてくる。
「組織のカジノだとそこそこ楽しませてくれるんだけど、こっちのカジノは不慣れなんだよね。あんな金額見せたら、いいカモにされるのがオチだって分かってるし」
「じゃあ、まだ行ってないんだ?」
「んー……まあね。それに一般人が行くようなところじゃ、金が増えるまで何日かかることやら」
 グラスの中の氷をカラカラと回しながらメローネは言う。夢主はカジノに来たこともなければギャンブルなんてする余裕もない生活だったため、それにどう答えればいいのか分からない。
「ふむ……ではテレンスに手ほどきを受けるがいい。どこのカジノの何が人気か誰よりも詳しいはずだ」
「……DIO様」
 まさか自分を指名されるとは思わなかったらしい。テレンスはワインボトルを抱えたままDIOを恨めしそうに見つめた。
「仕方あるまい。同じスタートラインに立たねば勝負の意味が無いではないか」
 いつの間にかメローネだけではなくチームの全員が真摯な表情でテレンスをジッと見ていた。ここに来て観光案内の真似事までさせられるとは思ってもいなかったテレンスは額を抑えてそんな彼らを見下ろした。
「はぁ……仕方ありませんね。わかりました」
 DIOの前にワインとグラスを置きながら諦めた口調でテレンスは呟いた。DIOはそんな困り顔の彼を面白そうに眺め、彼が用意したグラスに手を伸ばす。
「賭け方のコツも教えてやれ。どうすれば一番効率が良いのかも、な」
 そこまで教えていいんですか? とテレンスは目で聞いてくるがDIOは微笑むばかりだ。
「お前と彼らでは年期が違いすぎるだろう。せいぜい振り回して一端のギャンブラーに育て上げるがいい」
「明日はスパでゆっくりしようと思っていたのですが」
「今から行くんだな。お前ほどのレーティングならホテル側も嫌とは言わぬだろう」
 テレンスは目の前に座る九人もの厳つい男達をぐるりと見渡した。
「DIO様がそう仰っているので案内してあげましょう。ただし明日にしてもらいますよ。今からスパに行く事は覆せませんからね」
「おお、もちろん!」
「やったぁ! 助かった!」
「では明日の十時にこの部屋へ集まっていて下さい」
 テレンスは心の中で溜息をつきながら明日の予定を告げた。
「じゃあギアッチョ、明日はいいよ。私、スパとサロンに行くだけだから」
 DIOが決めた護衛順から言えばリゾットの次はギアッチョだ。ギアッチョは夢主の言葉に悪いと小さく謝った。
「それにね女性専用だからそもそも入れないし」
「おい、それを早く言え」
 謝る必要ねぇじゃねぇか、と唇を尖らすのを見て夢主は小さく笑った。


「十時なのはいいけど、それまでどうする? リーダーはもう飯食ってきたんだろ?」
 メローネは一人用のソファーに座るリゾットを見て言った。
「ああ。美味かったぞ。お前達も行って食べてくるといい。といっても、もう閉まっているがな」
 時刻は午後十一時を過ぎている。彼らがここに着いたのは七時頃だ。機内でたっぷりと寝た彼らは大金を手にしたことと、カジノという興奮剤も加わってひどく目が醒めていた。
「深夜まで開いている店ならいくらでもあるだろ」
 ホルマジオはテーブルの上にあるガイドブックに手を伸ばしてぱらぱらと捲った。
「ほれ、お前好みのショーがあるじゃねぇか」
「おぉ! トップレスダンサーのストリップショーか! いいねぇこの大胆な感じ。まさにアメリカだよな〜」
 際どい衣装を着てセクシーなポーズを取る女性たちがページの一面にずらりと並んでいる。そんな色っぽいガイドブックをメローネは目を輝かせながら夢主の前へ大きく広げて見せた。
「ほら、綺麗な子ばっかり! よしカジノ行く前に女の子見て来よう!」
 彼の女好きは今に始まった事ではない。とはいえ獲物を前にした獣のように舌をぺろりと舐めるメローネには苦笑するしかなかった。
「あっ、君にもお勧めのがあるよ。ほらッ!」
 ずいっと雑誌を顔の前に押しつけられて夢主は目に飛び込んできた写真に目を白黒させた。そこに居並ぶのは隆々とした筋肉を持つ男性達だ。彼らは黒ビキニに蝶ネクタイをつけた姿で肉体を誇示し、実に爽やかな笑顔を浮かべて立っている。
「!?」
「男性ストリップショーだって! ぎゃははっ、変な格好っ!」
 メローネは腹を抱えて笑い転げている。ビキニ姿に蝶ネクタイがどうもツボだったらしい。
「そんなのまであるのか?」
「女性に人気らしいよ。ほら、こんな熟女まで見に来てる」
「へぇー、もう何でもありだな」
 エンターテイメントがこの街の売りだ。そのショーも需要があるからこそショーとして成り立っているのだろう。
「何だ、興味あるのか? 見てくるか?」
 隣に座っているDIOはニヤニヤ笑いながら肩を抱いてくる。
 メローネが見せてくるそのページを視界に写さないよう、夢主はぷいっと顔を背けた。
「無理無理! 俺が着替えるのを見ただけでもう真っ赤になるんだぜ? こんなの見たらぶっ倒れるんじゃない?」
「確かにそういう免疫はないよなぁ」
「裸でウロウロするなって顔を隠しながら怒るしよォー」
 部屋が別とはいえ、一緒に暮らしていればメローネが着替えていたりホルマジオが風呂から出て半裸でうろついていたりするのはもはや日常的なことだ。そして彼らはそんな姿を見られても別に恥じらったりはしない。むしろチームの仲間として気遣いしなくて楽だとすら思っている。
「ノックして確認取ってるのに、それでも着替えてるメローネの方がおかしいでしょ!」
「いやー、だって反応が面白すぎて……ギャーとかワーとか言っちゃって可愛いんだよなァ」
「お前、確信犯だろ」
 イルーゾォは肩を震わせて笑った。
「夢主様は奥ゆかしい淑女ですからね」
 とフォローしつつテレンスも笑っているのが見えた。奥ゆかしいと言うよりそれ以前の問題だ。慌てふためく夢主の反応を見たいがために面白半分でやっているのだから。
「確かに、恥じらう姿を見るのは実に楽しいがな」
 DIOは笑いながら夢主の髪に口付けてくる。その意味深な行動をメローネが見逃すわけがない。
「あ〜、やっぱりベッドの上でもそうなんだ?」
 夢主は近くにあったクッションを掴みメローネに向けて思い切り投げつけてやった。
「もうッ! さっさとトップレスでも何でも見に行ってくればっ!?」
 途端にドッと笑い声が沸き起こる。夢主はふてくされた表情で彼らを恨めしそうに睨んだ。
「ククク……おいメローネ、あんまりからかうんじゃあねぇぜ」
 ホルマジオは床に落ちたクッションをソファーの上に放り投げ、メローネの首根っこを掴んだ。
「そうだぜ。夢主は怒ると怖いからな」
 イルーゾォもひとしきり笑った後、ソファーから立ち上がった。
「ケッ、勝手にやってろ」
 ギアッチョはメローネの背中を一蹴りして前を行く三人の後に続いた。
「お前はまだまだバンビーナだな。ま、DIO様に可愛がられていればそのうち女になるだろうさ」
 プロシュートの言葉に夢主は思わず吹き出してしまった。
「それじゃあ、えっと、お休み……」
 ペッシは赤い顔で兄貴の後を慌てた様子でついていく。
「じゃあな。頑張れよ」
「お休み。また明日」
 そう言って小さく笑いながらソルベとジェラートまでもが玄関ドアをくぐっていった。
「さて、では私もこれからスパに行ってきます。後はお任せしましたよ」
 夢主に向けてにこりと微笑んでテレンスも部屋を出て行ってしまった。残されたのはDIOと夢主とリゾットの三人だ。妙な空気が残る中で夢主は身の置き場がなかった。
「あいつらの言うことは気にするな。お前をからかって遊んでいるだけだ」
「それは……分かってるけど、遊ばれるこっちの身にもなってほしいよ」
「すぐに感情が表に出る分、からかい甲斐があるのだろう」
 不満そうな彼女にリゾットは苦笑を向けた。それにしたって、と文句を言おうとしたとき部屋を出て行ったはずのテレンスが再び姿を見せる。
「お話中失礼します」
「どうしたの、テレンスさん?」
「明日の日程をリーダーであるリゾットと色々決めておかなくてはと気付きましてね。彼を借りていきますが構いませんね?」
「ああ、そうだな。すまない」
「いえ、よろしいのですよ。どうせなら貴方もスパに行かれた方がいいのでは? かなりお疲れのようですから」
「いや、俺は……」
「大丈夫。私のレーティングなら連れが一人増えたところで何の支障もありません。すべて無料ですよ」
 テレンスの言葉に夢主は不思議そうに首を傾げた。
「私とDIO様はハイローラー、つまり高額な掛け金で遊ぶギャンブラーでして、ホテル側はそんな上客の私どもを逃がすまいと色々優先したりサービスを無料にするのです」
「えっ! そうなの? 凄いね!」
 テレンスの説明に二人は驚き、感心するばかりだ。
「マッサージがお勧めです。コリというコリをほぐしてもらえば旅の疲れも消えて無くなるでしょう」
「しかし……」
「どうぞお気になさらず。気楽に行けばいいのです」
 テレンスは遠慮するリゾットの背中を押して部屋から出て行く。
「それでは失礼します」
 と笑顔で言い残してテレンスは静かにドアを閉めた。


 エレベーターの中にリゾットを押し込むとテレンスは階下のボタンを押した。ゆっくりと動き出したところで彼は堪えていた笑いがついに耐えきれず吹き出してしまった。
「フフ……いや、失礼」
「?」
「あなたも鈍い方ですねぇ」
 少し呆れた口調にリゾットは何かしたかと思いを巡らす。
「何のことだろうか?」
「夢主様とDIO様は恋人同士ですよ?」
 リゾットだってそのことは十分に分かっている。
「二人きりで会うのは久々ですからね」
「ああ……そういうことか」
 リゾットは口元を抑えてようやく理解した。仲間が酒を置いて次々に去っていったのも、テレンスがさっさと出て行ったのもすべては二人きりにするためだったらしい。そして後から出てこないリゾットをテレンスは見かねて連れ出しに来たのだ。プロシュートの言葉通り、今から彼女はDIOに可愛がられるのだろう。
「気が利かなかったな。夢主に悪いことをした」
 リゾットの言葉に重なるように目的の階へ到着するベル音が鳴った。
「いえ、その言葉はむしろDIO様に言うべきです」
 テレンスは静かに笑ってカウンター前へ立った。
「そう言うことですからあと数時間は戻らない方がいいでしょう。それまでここでくつろぐ事ですね」
 急な変更と増員を申し出てもホテル側は何も言わなかった。テレンスに勧められるままにリゾットはマッサージを受けるしかないらしい。




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