>>2014/09/24
「…小川くん。小川くん?」
公立中学では珍しく開放された屋上に足を踏み入れる。授業間の短い休み時間の屋上には生徒の姿は無い。名前のお目当ての少年を除いて。
「小川くん!」
「うおっ、びっくりしたあ」
「またここにいたんだね。さっきの授業、出てって約束したのに」
「いやあ、この青い空をみてたらね、つい」
「言い訳しない。青くない曇ってる。もう!」
1年生の頃から同じクラスだった平介と名前は、だからといって特になんの交流ももっていなかった。
目立った会話もないただのクラスメイト。平介に至っては名前を知っていたのかすら危うい、関係という糸も無い関係。
それが、2年に進級して初めての席替えをし、名前の学校生活がほんの少し変わった。
席がとなりだから。
そんな理由で名前は彼の言伝て係になっていた。
前回はいつまでもふらふらと提出することから逃げている数学の宿題を出してくれるよう促してくれと、担任の先生(数学担当)に頼まれてしまい、引き受けた。
そして今回は英語の宿題を出すよう促してくれと。
先生もっと頑張って。
「で、英語の宿題は終わってるの?」
「英語」
後ろからやってきた名前に向かい合って、あぐらをかく平介はほうけた顔をする。
「の宿題」
「うん。ワークの13ページから15ページ」
「あったんだ」
「……」
あなたつい2日前にも宿題のことで注意されてたよね?
言葉に出す代わりに思いっきり顔に出してやるも、平介ははは〜と笑う。笑い事じゃない。やれ。
「…提出日とっくに過ぎてるんだよ。じゃ、わたし伝えたからね」
彼には関わらないようにしよう。前回今回はまあ仕方ないけれど、彼への伝言係として定着してしまったら嫌だ、困る。
早足に階段へ通じるドアへ向かう途中で、後ろから平介の声が聞こえてくる。
「はぁー宿題ねえ…いっか」
「よくない! 今後はなにしようが知らないけど! 今回はやってくれないとわたしがまた先生に頼まれちゃうの!」
大股で元の位置へとずんずん戻り言うと、平介はきょとんとした顔で上目遣いに名前を見上げてくる。首を掻いていたのだろう手はまだ上がったままだ。
うっと名前が口ごもる。これだ。名前が、平介に会いたくないと思ってしまう理由。
「(なんで!? あれ!? なんでわたしっ…こんな…!)」
「えー…いいじゃない、頼まれちゃっても」
「っは! よ、良くない良くない! わたしもう小川くんのこと探し回るのいやだし、だって大変なんだよ!」
「今来てるのに」
「それは…」
前回は先生に頼まれたから。
「……。小川くん、消しゴム拾ってくれたから」
「え?」
「わたし、見つけられなかったと思うし…まあ、お礼しなきゃかなって…」
お礼。授業中に落として見えなくなってしまった消しゴムを、屈んでひょいと拾ってくれたのは平介だった。
「ありがとうね、小川くん」
「ああーあれね」
平介は名前を見つめてまだぽけっとした顔で数度まばたきする。と、先程のような謎の悶えが名前を襲った。ぐっと口を真一文字に、腹に力を入れて耐える。
なんだ。なんだこれは。なんでこんなにこうなってるんだこれは何なんだわけわからんわからんけど口がムズムズする!
「あ、お礼っていうなら英語の宿題やってくれれば」
「誰がするかーっ!」
だめなことだと思っていても、つい懐柔されそうになる。その感覚が何かかわいいものをを可愛がる、母性のような「愛しさ」だということに、フェンスを叩く彼女は気付かない。