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台所の戸やガラスを手分けして拭く事数分。どうやらテレンスは想像と違わぬ出来た執事らしい、どこも磨く必要があったのかと首を捻る綺麗さだ。
「…あんまり掃除要らなかったねえ」
「…そうだね」
換気扇や食料置き場なども見たが特に必要を感じる所は無かった。結局二人並んで先程使ったティーセットを片すことにする。
水仕事をするのに名前が指輪を外した。それを手に取ってまじまじと眺める。何の装飾も着いていないそれはシンプルながらも高級そうな雰囲気を醸していた。
「どうしたの?」
「あ、いや。シンプルな指輪だな、と思って」
「ああ、いつも身につけるものだからあんまりごてごてしてるのもねえ。DIOはダイヤを散りばめるとか言ってたけどそんなの怖くて付けれないよね」
口ではそう言いながらも、名前は大切そうにぼくの手の中にある指輪を眺めていた。それが、ぼくから彼女に贈ったものならばどれだけ幸せだろうか。しかし、実際にはこの指輪の贈り主はぼくではなくDIOで。彼女の左指にこれを嵌めるのはぼくではなかった。
「大切にしてるんだね」
「まあ、そりゃね。…やっぱりそういうのって嬉しいしさ」
照れたように笑う名前にあの日が思い出される。DIOと結婚する、と笑った名前。戸籍もないし、永久の時間を過ごすDIOと本当に結婚できる訳ではない、でも、私が死ぬまで側に居てほしいんだ。そういった彼女は本当に幸せそうだった。
「さ、洗い物終わらせちゃおう!」
「…うん」
かちゃかちゃとカップを洗い始めた名前に指輪を置く。洗い終わったそれを受け取りながら、こうして普段から過ごせたらいいのに、なんて思ってしまう自分に笑ってしまった。
洗い終わった名前が手を拭いて指輪に手を伸ばす。それに先んじて指輪を取り上げた。ぽかんとする名前の左手を取って薬指にはめる。それはまるで―。
「結婚式みたいだね」
教会でもなければドレスもタキシードも着てないけど、と無邪気に笑う名前に胸が締め付けられる。
「じゃあ本当に教会で式でもあげるかい?」
「そうだねえ、DIOが居なかったら喜んでやってもらっちゃうかもねー」
くすくすと笑う名前はぼくの本当に言いたい事は分からないのだろう。いつもと同じように冗談を言い合っているのだと信じている。でも、その信頼が裏切られていると知ったら名前はどう思うんだろうか。
「名前」
「んー?」
「君は、ぼくの初恋の人だったよ」
一瞬目を丸くした後名前が笑う。まるで花が綻ぶように。
「ありがとう」
「うん」
「典明君見たいに素敵な人にそんな風に言って貰えた事、一生の宝物にするよ」
何も言えずに頷く僕の頭を一撫でして、名前は先に戻ると台所から立ち去った。相変わらず変な気配りの出来る子だ。大きく息を吐いて頬を叩く。大掃除、か。うん、今日でぼくのこの未練がましい気持ちも全部片してしまおう。いつか、本気で好きだったと笑って言えるように。そう自分に言い聞かせた。
(洗いたてのカップが光る。あのカップの汚れの様にぼくの気持も洗い流せてしまえばと、そう思った)
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