少し離れた所から人の倒れた音と、短い悲鳴。そして誰かの名前を呼ぶ声。私と典明君は一度顔を見合わせて、周りに目を走らせる。少し離れたベンチで、倒れ伏した男性とそれに縋りつく女性が居た。
「典明君!」
「ああ!」
二人で遠巻きに眺め始めた人達を押しのけ二人に近付く。
「どうしました」
「え、あ、きゅ、急に彼が倒れて!それで!名前呼んでも、返事が!」
「分かりました、落ち着いてください。ぼくは医者です。名前、救急車を」
典明君がそう言う前に取り出していた携帯で119番を押す。その間に典明君が手早く倒れた男性の容体を確認していた。繋がった携帯を典明君の耳元に近づける。
「救急です。はい、場所は…」
「お姉さん、とりあえず立ちましょう。身体冷えちゃいますよ」
中腰のまま、彼氏に縋りついている女性に声を掛ける。呼ばれた彼女は震えた声ででも、と呟いた。説明を続ける典明君の耳から携帯を離さないように気を付けつつお姉さんの方に身体を向ける。
「大丈夫。この人腕のいいお医者さんですから。落ち着いてください」
何度か私と典明君、そして男性と忙しなく視線をうろつかせるお姉さん。空いている手を差し出せば、掴まりよろよろと立ちあがった。顔色は悪いが焦点はしっかりしているし、大分冷静になったらしい。
「彼氏さんの御家族に連絡取れますか?」
「は、はい」
「もう直に救急車がくると思いますから、連絡しておいてください」
こくこくと頷くお姉さんから典明君に視線を移せば、丁度説明が終わったらしい。
「意識はないけど呼吸、脈拍には問題ないみたいだね。ただ少し脈が弱いな…」
独り言のようにひとつひとつ確認しながら声かけを続ける典明君。少しすると救急車のサイレンの音が聞こえてきた。一言残して道路に向かい、誘導する。
「付添いの方は」
「あ、はい…」
「では一緒に。御連絡してくださった方は」
「ぼくです」
「申し訳ありません、出来たら倒れた時の事などお聞きしたいのですが」
未だ狼狽しているお姉さんに目を向けた後救急隊員の方が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。連絡した時に医師だと言っていたし、正確な情報が欲しいのは当たり前だろう。困ったようにこちらを向いた典明君の背中を押す。
「搬送する病院が決まったら連絡頂戴?そっちに行くから」
「…ごめん」
「いーのいーの!ディナーだなんだはまた今度ね!」
暗い顔をした典明君を見送ってから周りを見渡す。集まっていた野次馬も救急車と共に去り、周囲には幸せそうなカップルばかりで身が狭い。送り出したのは私だし、間違った事はしていないと胸を張って言えるが寂しくないと言えば嘘になる。零れそうになるため息を一つ飲みこんだ。
「…よし、とりあえずお茶しよう」
先程まで繋がれていた手を自分のポケットに放り込み歩きだす。…こんなに寒かったっけなあ。
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