次の晩、目が覚めると館は完璧に飾り付けられていた。こんなことの手伝いをする酔狂な奴はこの館には居ない。本来の業務を蔑ろにする様な奴ではないし、その暇を縫ってここまでやったのだろう。ある意味尊敬に値する。
「DIO様、おはようございます」
「ああ、お前も随分と暇な様だな」
私の心にもない皮肉に名前はいつもと変わらず困ったように笑うだけだった。
「それにしても、本当に手が掛かってるな」
「やり始めたら楽しくなってきてしまいまして」
昨日目にした時にはモールだけだった飾り付けが今は紙細工だのなんだので豪勢なものになっている。これが館全域に渡っているとしたら凄まじい労力を要しただろう。名前にスタンド能力はなかった筈だが実は隠しているだけなのではないだろうかとすら思ってしまう。
「それにテレンスさん達が手伝って下さいましたし」
その一言で謎が解けた。予想は外れどうやら物好きな奴らが居たらしい。ご苦労な事だと思いながら昨日のテレンスの顔を思い浮かべる。どこか穏やかとも言える表情。あれは、この館にそぐわないものだ。そんな変化をもたらす名前はもしかしたら危険分子なのかもしれない。相手の敵意や警戒心を奪うスタンド。十人十色のスタンドだ、そんなものが居てもおかしくはない。隣に居る名前に目をやれば微笑んでくる。その姿に思わず警戒しているのが馬鹿らしくなった。
例えそのようなスタンド持ちであろうと使える奴ではあるし、館内での小競り合いが減るならばそれはそれで有用だ。そんなことを思ってしまう自分にもしかしたらもう名前の掌に居るのではないかとも思う。だが、今日くらいは構わないかと小さく笑った。
広間に入ると豪勢な料理と騒がしい声、輝くツリーが私達を迎えた。…まさか、このようなものまで用意しているとはな。名前の凝り性具合に驚きつつもテレンスから手渡されたワインを煽る。手近にあったものを胃に収めながらぼんやりと騒がしい奴らを眺めていた。
「ボインゴ君」
「名前、さん」
「メリークリスマス、プレゼントです」
「あ、ありがとうございます!」
「ジョンガリ君にも。はいどうぞ」
「別に、こんなもの用意して頂かなくても…」
そう言いながらもジョンガリ・Aの顔は綻んでいた。このようなイベントを好む子どもではないと思っていたが私の予想はまたもや外れたようだった。それともやはり名前には何かあるのか…。テレンスを呼び耳打ちする。
私の言葉に頷いたテレンスが名前へと近付き声を掛けた。そしてそのテレンスの背からアトゥム神が現れ名前に触れる。周囲に居た人間が何事かと目を剥くが、当の本人はなにも気付いてないのかテレンスと話を続けていた。テレンスがこちらを窺ったので顎を引く。一瞬躊躇いながらもアトゥム神が大きく振りかぶり、名前の顔を殴り飛ばす寸前で止まった。名前の表情に怯えや警戒と言ったものは一切見えない。それどころか小さく悲鳴を上げたボインゴに驚き、慌てたように声を掛けていた。
「彼女がスタンド使いと言う可能性はなくなりましたね」
名前に一礼して戻ってきたテレンスがどこか安心したように呟いた。それに頷き返しながら、ならばあの人の警戒心を解く力は天性のものだと言うことだと考える。…ある意味空恐ろしい。自分の様にスタンド使いを特化して警戒している者にとってスタンドにも匹敵する能力を持った一般人と言うのは脅威だ。油断した所で喉元に牙を立てられかねない。
「あれは、危険だな」
私の言葉にテレンスの肩が揺れた。表情は動かないが、その瞳の奥ではぞわりと何かが蠢くのを伺える。なんともまあ、手懐けられたものだ。
「…では、処分いたしますか」
「…いや、いい」
本来ならば消してしまうべきだ。しかし、彼女の周りで楽しそうに笑う部下を見て気が変わった。あれが来て館の雰囲気が変わったのは事実だ。それがいいとも悪いとも思わないが、少なくともあいつらにとってはいいことなのだろう。自分が発破をかけずとも士気が上がってくれるのならばこれに越したことはない。
そう、言い聞かせた。
←→