少しすると名前が戻ってくるのが遠目に見えた。紙コップを3つ落とさないように気を付けている姿を見て、自分が行ってやれば良かったな、なんてらしくない事を考えながら腰を上げる。ベンチはいくつか空いているし少々離れても埋まる事はあるまい。
紙コップを凝視しながら歩く名前はおれに気付いていないらしい。声をかければ落としてしまいそうなので少々早足で近づく。あと残りわずか、という所で名前がすれ違った男とぶつかってコップを取り落とした。中身を撒き散らしたそれらを見降ろして絶望と言った様な表情に変わる。しかし、ぶつかった男に何か言われて更にそれが青くなった。
「おい!どうしてくれんだよ!」
「す、すいませ…」
「すいませんじゃねーだろ!」
「おい、おれの連れに何か用か」
「空条先輩!」
「あ!?…あ、あんたなんだよ」
「こいつの連れだと言ったと思うが」
「…あんたの連れがおれにコーヒーぶっかけてくれちゃったんだけど、どうしてくれんの」
「そりゃ悪かったな。だがお前も悪いんじゃねーか?前も見ずにふざけてただろうが」
そう、名前は確かに前をしっかり確認していたとは言い難いがふらふらとしていた訳ではない。この男が周りを見ずに振り上げた手が名前に当たってコップが落ちたのだった。
「で、でもよお」
隣に女を連れているからか、及び腰になりつつも引くに引けず男は口を噤まない。だが、目を細めて睨みつけると、気を付けろよ!とだけ言って去って行った。
「大丈夫か」
「は、はい!あの、ご迷惑をお掛けしてすいません」
「構わねえよ」
「あの、コーヒー買いに戻ります」
そう言って踵を返す名前の肩を掴む。…さっきも同じような事をしたな、と思いながら可哀想かとは思いつつもおれも行く、と言った。また同じようなことが有ってからでは遅いからだ。しかし、名前の顔が真っ青になったのを見て、おれが行くと言えば良かったと思った。
「本当にすいません」
「ああ。別にもう謝らなくていいぜ」
歩きながらぺこぺこと頭を下げる名前を見ながら不思議な気持ちになる。普段ならこういうタイプは見ているだけで苛々してくるので放っておくんだが。そうするのは妙に罪悪感が湧くのだ。花京院の言っていた保護欲をそそると言うのも間違いではないだろう。
「く、空条先輩って優しいんですね」
「あ?」
思わぬ一言に思わず訝しげな声を上げれば、またすみませんすみません!と頭を下げた。その姿にため息をつきたくなるのを抑えながら頭に手を乗せる。
「別に怒ってるわけじゃねーよ。ただ言われ慣れてねえから驚いただけだ」
そう言って手を退ければ、持ちあがった顔は驚愕に染まった後真っ赤になった。青白かった頬がいきなり赤くなったことに顔には出さず驚いていると、名前はふにゃりと笑った。初めて見た名前の笑顔に一瞬頭が白くなる。…いや、何故白くなるんだ。自分の脳味噌のことながら訳が分からない。呆けるおれの手を名前が掴んだ。先程まで近付いただけでビビっていた奴のする行動とは思えず更に驚いてしまう。しかし、そんなおれの事など知らずに名前は行きましょう、とふわふわと笑うのだった。
それから花京院と合流して、二人で居る事に驚かれた後にやにやと意味深な笑みを浮かべられた。一発殴ってやろうかとも思ったが名前が居るので堪える。…なぜそんなことまで気を使わなくてはならないのか分からず混乱したままその日は終わった。
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