薄氷に臨む | ナノ
「承太郎!承太郎だろう!わあ、随分と大きくなったんだね!君がまだ赤ん坊の時に一度だけ会ったんだけど……。ああ、本当大きくなった!ボクと変わらないじゃないか!写真で見ていたけど実際に会うと感慨も一入だなあ!ほら、もっとよく顔を見せておくれ!」

濁流のように言葉を紡ぐ男――ジョナサン・ジョースターに承太郎は目を白黒させる。同じ目線のその男は言葉通り嬉しそうに満面の笑みを浮かべながら、承太郎の手を握って大きく上下させた。

「おい」
「それにしてもあんな可愛らしかった子が二十年足らずでこんな立派になるんだから本当時の流れって言うのは凄いものだね!学校は楽しいかい?なんか悩みなんかは無いかな?」

声をかけても緩まることのない勢いにいよいよ声を荒げようとして――目の前に立つジョナサンの後ろから聞こえた声に承太郎は息を飲んだ。肌が粟立ち背筋に冷たいものが走る。僅かに震える呼気が受けた衝撃を如実に表していた。

「おいジョジョ、承太郎が困ってるだろう。いい加減にその煩い口を閉じたらどうだ」
「酷い言い方だなあ。漸く可愛い玄孫に会えたんだよ!?これを喜ばないでどうするんだ!それに君だって承太郎に会えるのを楽しみにしてたじゃないか。そうだろう…ディオ」

革靴と小石が擦れる音がして、その男はジョナサンの後ろから現れた。蛍光灯の明かりを反射して輝く黄金色の髪は嫌というほど覚えがある。記憶の中よりは少し低く華奢だが、爛々と煌めく瞳は忘れることが出来ない血の色だ。

「ああ、そうだな。…楽しみに、楽しみにしていたよお前に会える日を。大きくなったものだなあ?承太郎」

端正な顔が愉しげに歪む。視界が赤く怒りに染まった。思考を支配したそれに促されるまま承太郎は拳をきつく握りこんだ。ジョナサンを押しのけて殴りつけようと動いた瞬間。

「あらー!二人とも早かったわね!」

承太郎の脇から顔を出したホリィがにこにこと笑いながら承太郎の背を叩いた。びくりと跳ねた息子を不思議そうに見上げてからもう一度ポンッと叩く。

「ちゃんと挨拶はしたの承太郎?」

ホリィの言葉に承太郎は俯き小さく首を振った。心臓が痛いほど脈打っていた。無意識に跳ねるそこを服に上から握りしめる。逸らした視線をディオに向ければ、青褪めた自分をジッと見つめていた。その眼に敵意は見受けられない。握りしめた拳が嫌な汗でジトリと湿っていた。

「もう!ごめんなさいね二人とも」
「ふふっ、きっと緊張してるんだね。無理もないかな」
「お前が馬鹿みたいに畳み掛けるように話すからだ」
「ええ、ボクのせいかい!?」

わいわいと騒ぎながら家に入ろうとする彼らを見送ろうとして、思わず手が出た。

「…どうしたんだ承太郎」

掴まれた腕を見て不思議そうにディオが首を傾げた。やはりその表情に敵意はない。何も言えずに固まったままの承太郎に困ったように笑う姿は傍から見れば好青年のそれだろう。
この男は自分の知っているあの男ではないのか。己の愛する者を奪い、あまつさえ世界すら変えようと邪心に満ちたあの男では。
承太郎の心が猜疑心に揺れた。無意識に力が籠ってディオの骨がみしりと軋む。流石に痛んだのか眉を顰めたディオの顔にサッと暗いものが走った。身に覚えのある寒気が走る。増々強くなる手の力にディオも手を伸ばし――。

「もう!二人ともご飯冷めちゃうでしょう!」

膨れっ面をしたホリィが二人を咎めるように叱りつけた。二人の間に会った緊迫した空気が霧散する。いつの間にか離れていた承太郎の手をディオがそっと降ろさせた。

「ああ、今行く。そんな顔をするな、折角の可愛い顔が台無しだぞ」
「もう!ほら、承太郎も早く入りなさい」
「…ああ」

つうっと承太郎の背筋に冷たい汗が流れた。先程一瞬感じたあの気配は確かにあのエジプトで向けられた殺意に似ていた。しかし、早く来いと促すディオにはもう何も、感じられない。
すたすたと歩を進める背を見つめ、承太郎は大きく息を吐いた。
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