薄氷に臨む | ナノ
承太郎の視線の先に映ったのは、幼馴染であり想い人である葵と、…かつての仇敵ディオが腕を組んで歩く場面だった。一瞬息をするのも忘れて食い入るようにそれを見つめる。その後の数秒間の事を承太郎はよく覚えていない。
花京院たちが自分の名前を叫ぶように呼んだ気もする。しかし何もかも振り切って店を飛び出した承太郎は、どうか間違っていてくれと願いながら彼女の名を、呼んだ。

「葵!」

ピタリと動きが止まった。長い髪が揺れる。やはり、承太郎の見間違えなどではなかったのだ。ぎこちなく振り向いたのは、確かに葵だった。
承太郎は大股に二人に近づいていく。ディオはそんな承太郎から隠す様に葵を背中の方へと移動させた。

「…てめえ、何してやがる」
「…これから食事に行くところだが。何か問題があるか?」
「ふざけたこと言ってんじゃねえぞ…!」

ディオの整った襟首を承太郎の手が掴み上げる。キュッと眉を寄せたディオが承太郎の手を掴もうとするより早く、葵がその手に触れた。

「承太郎!止めて!」

その声に承太郎は目を見開いた。己の耳を、目を疑うが確かに彼女は懸命にディオを掴む手を外させようとしている。

「葵…」
「葵、黙っていろ」
「でも!」

ハッと承太郎の吐き出す息が震える。これ一体、何の冗談なのか。

「承太郎!」

花京院の声がして承太郎は後ろを振り向いた。こちらに駆け寄ってきた花京院とアヴドゥルが苦々しい顔をする。

「DIO…!」
「花京院にアヴドゥルか…随分と懐かしい顔が揃っているようだな」

ふん、と鼻を鳴らしたディオが承太郎の手を外す。小さくため息をついて側の路地を指差した。

「ここは人目に付く。あっちで話した方がいいんじゃないか」
「…承太郎、今はこいつの言うとおりだ。ここは人目に付き過ぎる」
「…ああ」

暗い路地に入り今度こそディオと向き合う。承太郎の視線を避けるように葵はまだディオの後ろに立っていた。

「答えろディオ。何故てめえと葵が一緒に居るんだ」
「言っただろう?食事に行く。それに何か問題があるのか?」
「はぐらかすんじゃねえ」

先程と同じようにディオの首元に手を伸ばす承太郎の視界に、葵が体を強張らせたのが分かった。ぎちりと歯を食いしばりながら承太郎は自分の手を押さえこむ。

「…全く、面倒な奴らだな」

チッと舌打ちをしたディオが腕を回し葵を抱き寄せる。承太郎が止める隙もなく、抱きしめた葵にディオが口付けた。

「んっ!」

驚いたように声を上げた葵に構わずディオが彼女の顎に指をかける。余りの光景に動けないでいる承太郎をいいことに、ディオが葵に舌を絡ませる。いつの間にか抵抗するように胸を押していた葵の指先が縋る様にディオのスーツに皺を作った。
甘い吐息が葵の口から零れはじめた頃。漸く口を離したディオがニヤリと笑う。

「こういうことだ。…何かほかに質問はあるか?」

何も言えずに、承太郎は葵の方を見る。惚けた様に頬を染めた葵が承太郎の視線を受けてハッと目を見開いた。
その口から、否定の言葉が出るのを承太郎は期待してしまう。けれどそれは叶うこともなく、葵は承太郎から顔を背けるだけだった。

「…予約に遅れるんでな。俺達は行かせてもらおう」

よろける葵の肩を支えながらディオが承太郎を押す。抵抗する気力もなく、承太郎は押されるままに一歩後ろずさった。

「…葵」

ポツリと零した声に葵の肩が一度揺れる。けれど彼女は振り向くこともなく、承太郎から遠ざかって行った。

「じょう、たろう…」

遠慮がちに承太郎を呼ぶ花京院の声に答えず、承太郎は目の前の壁を思い切り殴った。皮膚が裂け、骨に響く痛みが今の光景を消し去ってくれればいい。そう願っても、承太郎の瞼からあの光景が消えることはなかった。




ノルンの悪意
女神は何時だって悲劇がお好き
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