薄氷に臨む | ナノ
「部屋を探しに行く」
「部屋?」
「ああ。…お前俺が何の訳もなく日本に延々と滞在していたと思ってるのか?」
「観光、とかじゃなくて?」
「馬鹿め。日本に支社を作るための視察だ。ビルも抑えたし後は俺がこっちで使う部屋を買いに行く」
「…え、買うの?借りるんじゃなくて?」
「借りるより買った方がいいだろう」
「え?ええ…?」

部屋ってことはマンション、ってことなんだろうけど、そういうのって何千万とか、億とかするんじゃないのだろうか。それを当たり前のように買うって…。先程の服もそうだが、あまりの金銭感覚の違いに頭痛がしてきた。額を押さえている間に、不動産屋さんに着いたらしい。
事前に連絡が通っていたのか、偉そうな身なりの人が額に汗をかきながら近づいてきた。

「これはこれはブランドー様ですね!この度は我が社をお選び下さりありがとうございます!」
「ああ。候補は絞ってきたんだが…直ぐに見られるかな」
「はっ!今すぐお車をご用意いたしますね!」

普段と違う態度に思わず目を見開く。そんな私を見下ろしてディオがにやりと笑った。…この御仁は随分と大きな猫が被れるらしい。ため息を吐いていると、視線を感じる。顔を上げるとこちらを見ていたらしい人たちが一斉に目を背けた。…一体私どういう関係に見られてるんだろうか。


「ここは見晴らしがよく――」
「ここは露天風呂が付いてまして――」
「ここは最新の家電が付属で付いてまして――」

たった三軒とはいえ眩いばかりの高級住宅ばかり見て回って、頭がくらくらしてきた。そろそろ疲れて来たなあ、と思った頃不動産屋さんが次が最後ですね、と告げてホッと息を吐く。

「ここは…今までの所と比べるとお安いですが…」

ちょっと、ねえと言う様な雰囲気を醸し出すおじさんを放って私は部屋の中を見回す。確かに今までの所と比べると大分小さいし、最新のもので囲まれている訳ではない。けれどそれが逆に安心できる。やっぱり私は小市民なんだなあ、としみじみしてしまった。

「…ここが気に入ったか?」
「うーん、私はね。でもディオには似合わないかも」

彼に似合うのは今まで見てきたようなところだろう。一等地に立っていて、その中でも一番高級で、支配者というような人が住む様な所。

「ディオは気に入った所あったの?全然見てないみたいだけど」
「お前は楽しそうだったな」
「縁がない分しっかり目に焼き付けとこうと思って」

肩を竦めた私に喉を鳴らすとディオもさっと部屋を見て回った。そして戻ってきて開口一番。

「ここに決めたいんだが。幾らだったかな」
「え!?で、ですがここは――」
「これがここがいいと言ってるんでね」

くいっと私の方を指差されて私の方こそおじさんに負けず劣らず驚いてしまう。

「え!私の意見で決めるの!?」
「何か問題があるか?」

問題、というか。どこか恨めしそうな目をしているおじさんから思わず目を逸らす。私がここがいいと言わなければもっと高い部屋を推したに違いない。
私達の間の空気を知ったことじゃないとばかりにディオは商談を進めていく。懐から取り出した小切手にさらさらと記入して渡した。

「こ、これは…」
「今日は世話になったからな。今後ともよろしく頼む」
「はい!お任せください!!!では、店に戻って書類の方を…」

予定の額よりも幾分か多く書かれていたのだろう。おじさんは不満そうな顔を消して満面の笑みを浮かべていた。


「では、書類は以上です」

用意されていた書類に幾つかサインをして、深々と頭を下げるおじさんに挨拶をして席を立つ。自動ドアに足を向けた瞬間おじさんが声を上げた。

「ああ!随分と遅くなってしまいました。よければこちらをお使いください」

早足で近づいてきてチケットの様なものを渡される。ディオの手に渡ったそれを覗き見るとレストランの招待券の様だ。

「少し行った所にある店なんですが美味いと評判でして。お車はこちらに置いてよろしければどうぞ。こちらから連絡すればすぐお席も用意できますので」
「…どうする?」

こちらを見下ろしてくるディオにどう答えようか迷っていると、ぐうっと腹の虫が返事を返した。

「…連れが空腹の様だし折角だから頂こう。悪いね」
「いえいえ、どうぞ行ってらっしゃいませ」

頬が熱くなるのを感じながらディオに引きずられるように店を出る。

「…恥をかかせるな阿呆」
「ご、ごめんなさい」
「全く…」

ため息を吐くディオに申し訳なく思いながら隣を歩く。ちらちらと感じる視線はディオに向けられているものだろう。やっぱり目立つんだなあ。なんて思っているとホテルを出る時のように手を取られ腕にかけられる。

「よろよろ歩くな。幼児かお前は」
「ごめんなさい」

さっきからなんだか謝ってばかりだなあ、と思っていると後ろから聞き覚えのある声が私を呼んだ。…ああ、そうだった。私は大切なことに限って間違えた方に進んでしまう、間の悪さを持ち合わせていたんだった――。
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