薄氷に臨む | ナノ
ベッドに投げ出された葵の体が微かに弾む。覆いかぶさるディオの体を退けようと動く腕に見た目ほどの力は籠められていなかった。しかしそれを認めたくない一心で中身のない抵抗を続ける葵をディオが鼻で笑う。

「泣くな」

簡単に一つに纏められた腕が持ち上げられ、真っ直ぐに顔を見つめられる。ぼろぼろと涙を流す姿に興醒めしてくれないかと祈るが、それが通らないことは葵にも分かっていた。

「…余計に酷くしたくなるだろう」

愉悦を滲ませた目でそう宣告するディオに、強く目を閉じることで葵は抵抗を示す。光を閉ざすと、どくどくと力強く脈打つ心臓の音が余計耳に響いた。それが何から来ているものなのか。絶望と恐怖…それだけではなくこれからディオに蹂躙されるのだと言う、被虐心に満ちた期待が僅かに混ざって居るのが自分でも分かって、新たな涙の粒が葵の頬を濡らした。

「やめて、やめてください」
「それは出来んな」

ディオの肉厚な舌がべろりと涙を舐め取る。それが横にずれて葵の耳朶を柔らかく食んだ。そのまま縁を舐めるように動く舌の感触に息を飲む。

「お前は耳が弱かったな」

葵はふるふると首を振るが、顎を掴まれてそれも直ぐに止まった。一つ舌なめずりをして寄せられた唇から零れる吐息に葵の背筋が震えた。
くちゅくちゅと鼓膜を直接打つ唾液の音に体が熱くなる。ぞわぞわとしたものが背筋に走った。余すことなく丹念に舐られ、戯れのように甘噛みされる。くすぐったいような、寒気が走るような感覚に葵の皮膚は自然と粟立った。
舌が穴に差し込まれぐちゅぐちゅとあられもない音を立てる。淫猥な響きが耳から脳へと広がって子犬が鼻を鳴らすような吐息が食いしばる葵の唇から漏れた。
足りない、もどかしい――無意識の内に貪欲に快感を拾い始めた葵の体が切なげに悶える。葵の記憶の中には、消したくても消えないDIOとの性交の数々が刻まれていた。荒々しく抱かれることもあれば、驚くほど丁寧に抱かれたこともある。愛した承太郎に捧げたいと願っていた純潔は無残に散らされ、失意の内に幾度も、丹念に快感を教え込まれた体は自分でも驚くほど敏感に、従順にDIOに抱かれる喜びを覚えて行った。
けれど今。葵の記憶の中の快感と、ディオに与えられる快感には大きな隔たりがあった。それも当然だろう。今の葵はまだ何者も触れたことのない、真っ白な体だ。DIOの手によって、快感を引き摺りだされ少女から女へと作り変えられたものとは違う。けれどその差異が、葵にしてみればじれったくて仕方がない。

「ディオ…!」

それをどうにかして欲しくて、強請る様に彼の名を呼んでしまう自分の貪婪さに心が抉られる。だけれど今はこの身に燻る熱が、理性も何も燃やし尽くす炎になってほしいと願うのを葵自身にも止められない。
それに応えるようにディオの手が葵の背中に回り、ジッパーを引き下げた。慣れた手つきでホックを外し、解放感に葵は一つ息を吐く。そのまま脱がされるかと思いきや、ディオはブラジャーを引き上げるだけで服を脱がそうとはしない。葵が不思議に思う間もなく、布の上からぷくりと存在を主張していた乳首を引っ掻かれる。先程よりも強いが、やはり物足りない快感に涙が滲んだ。そんな葵に構わずに長い指が細かく動く。思いついたように強く摘ままれ息を飲んだ。

「やっ。それ、やだぁ…」
「嫌か?お前は痛いのが好きだっただろう?」

くつくつと笑うディオが一段と強く、捩じる様に摘まむ。痛みの中に混じる快感に甘い声が零れた。

「いた、い…ん、あっ…いたい、からぁ」
「嘘をつけ」

力無く首を振る葵に鼻を鳴らしたディオが服の上からむしゃぶりつく。徐々に唾液で布が貼り付き、快感が増していく。行為の証明のように更に色濃く変わっていく服が直視できず葵は目を逸らした。
つっと、足を撫でる感触にびくりと葵の体が揺れる。慌てて目を向ければ、肌の感触を楽しむようにディオの指が膝から内腿までを撫で上げては降りていく。それに目を奪われていると、ぎちりと噛まれた胸の痛みに小さく悲鳴が零れた。
意識が逸れた瞬間を狙っていたのか、ディオの指が湿り気を帯びた下着の中に差し込まれる。くちゅくちゅと粘着質な音を立てながら形を確かめるように上下する指に合わせて甘える様な喘ぎ声が葵の口から洩れる。

「あ、ああ…っん…ああっ!」

グッとクリトリスを押しつぶされ、漸く得た直接的な快感に体が大きく跳ねた。その反応が気に入ったのか、強弱をつけて小さな陰核がこねくり回される。暴力的ともいえる快感の奔流に葵の体は容易く絶頂を迎えた。

「あ、や…だめ、だめっ…!ひっ、ああ!」

甲高い嬌声を上げて力が抜けた葵の体を軽々と抱き起したディオは一息にブラジャーごと服を剥ぎ取る。汗ばみ、薄紅に染まった葵の体を不躾に見下ろし小さく喉を鳴らした。それに葵の体はまた熱を増す。
弛緩した足を持ち上げられ、葵に唯一残されていた布を引き抜かれる。布が擦れる感触にすら体が小さく震えた。
ぐちゅぐちゅとはしたない音を立てるそこをディオの形の良い指が割り拓く。普段感じる筈もない部分に冷たい空気を感じて、相反するように顔が熱くなる。

「あ、あっ…!」

ずぷりとディオの指が一本差し込まれた。しとどに濡れそぼったそこは大きな抵抗も痛みもなく呑み込んでいく。初めて感じる異物の存在に膣がキュウっと指を締め付けた。

「随分と気持ちが良さそうだなあ」
「や、言わないで…」

抗議するように動く足を押さえつけ、ディオの指が中を押し広げていく。どこを刺激すればいいのか分かり切ったように動く指に、葵はただ翻弄された。

「ひぁ!あ、ああ!」
「相変わらずここがいいのか」

ニヤリと笑ったディオがぐりぐりと抉る様に指を押し付ける。それにまた頂点が見えた時、ずるりと引き抜かれた。

「え…?」

思わず名残惜しげな声を上げた葵に素早く服を脱ぎ捨てたディオが顔を近づける。

「『初めてだからな、優しく抱いてやろう』」

その言葉に葵は大きく目を見開いた。それは過去に、あの男に――。
冷静になる暇もなく、秘所に熱い塊が押し付けられる。押しとどめようとする暇もないまま、剛直が小さな膣口を貫いた。
初めてというのはやはり痛い。そんなことを思いながら葵はぶちりと無残に突き破られた痛みに歯を食いしばった。硬直した体をあやす様に背を撫でられる。自分と同じように汗ばんだ男の肌の感触に葵は胸を焦がすような幸福感が湧き上がるのを感じた。
ずるりと引き抜かれ、緩やかに動き出した腰に合わせて水音が起きる。肌が触れあう音が寝室に響いた。痛みを上書きするように快感が込み上げてくる。淫らに声が漏れ始めた頃、ディオがぴたりと動きを止めた。

「…なあ、同じ男に純潔を奪われた気分はどうだ?」

いきなり冷水をぶちまけられた気分だった。こちらを見下ろして笑うディオの酷薄な瞳がDIOの物と重なる。あの時の自分が、今と重なって葵は一瞬ここがあのエジプトの息苦しい館の一室の様な錯覚を覚えた。
承太郎、承太郎…ごめんなさい。そう言って涙を流した自分。彼を愛していた。その想いに嘘も偽りもない。あの時私は舌を噛み切って死んでしまおうかと本気で思っていた。けれど。
葵の手がディオの頭を引き寄せる。赤い瞳の中に、自分が映っている。…そのことに身が震える様な歓喜を覚えてしまったのは何時だっただろう。彼の唇が私の名を呼ぶために動くことに、その指が肌に触れることに、泣きたいような幸福感を覚えてしまったのは。
葵の胸がジリジリと焼け付く様に痛んだ。それは愚かな自分への怒りなのか、はたまた愛した男への罪悪感だったのか。あの時の自分はこの痛みに耐えきれなくて、そんな自分を認められなくて、逃げることを、選んだ。

「同じ男じゃ、ないんでしょう」

ぱちりと瞬きをするディオに今度は葵が嗤って見せる。ディオがDIOではない様に。今の私もあの私ではないのだ。

「ディオ…ディオ…!」
「葵…」

強請る様に名を呼び腰を揺らめかせる葵にディオがまた動き出す。互いの名を呼びあいながら、快感を追い求める。もっと、もっと――。この男がくれる快感に先があるのを知っている。それをこれからまた新たに知って行くのだと思うと、葵の体は喜悦に戦慄いた。




夜に耽ける
"私"はもう、死んだの
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