固く絞ったタオルで名前の体を拭き、布団をかぶせる。その間も全く起きない名前にやり過ぎたなと少し反省した。タオルを軽くすすいで洗濯機に放り込み、ベランダに出る。生温い夏の夜風にジワリと汗が出た。煙草を一本取り出し火を点ける。煙を肺一杯に吸い込みながら窓を背に座り込んだ。 今夜の事を考えると自然と眉が寄る。さて、これからどうするべきか。名前は傷心中で酒に酔っていて。一夜の過ちとしてしまうことも出来る。行為に及ぶ前の彼女の言動を鑑みれば、そちらを望む可能性も高いだろう。だがしかし、自分はそれでいいのか。煙を吐き出しながらガシガシと頭を掻く。良い筈がない。 自分は彼女に惚れてしまった。それは歴然とした事実だった。行為を交わして錯覚するほど経験がないわけではない。むしろ酔いの覚めた冷静な頭で考えれば惹かれていたのはもっと前からだったのだろう。思い返せば、記憶の中にちらほらと彼女の姿を追っていた自分がいる。数少ない気負わずに接する事の出来る女友達と片付けるには、その数は多すぎた。 自分でも無意識のうちに、惹かれていたのだ。だから彼女の誘いにも乗ったし、行きつけの店にも連れて行った。介抱も愚痴も面倒くさいと切り捨てなかったのも、別れた男の為に泣く名前にあんなに苛立ったのもすべて合点がいく。 今までの恋人が皆相手から恋情を寄せられていたとはいえ、全く自分の気持ちに気付かなかった己に怒りを通り越して乾いた笑いが出た。 「花京院の奴に言ったら笑われそうだな…」 高校時代からの親友の顔を思い出して苦笑する。むしろ気付く前に関係を持ったと言えば叱られるかもしれないな、と更に苦笑を深めた。 灰になっていく煙草を踏みつぶし、明るくなり始めた空を仰ぐ。例え彼女が一夜の過ちだと言っても、自分は過ちとはしたくない。第一彼女をもう苗字とは呼べない。呼びたくはない。 ではどうするか。普段の名前は分別に富んだ女だ。今夜の関係だけを基になし崩しにするのは難しいだろう。むしろ自分の醜態に恥じ入り、責任を感じるかもしれない。 少し考えて承太郎は携帯で先程思い浮かべた友人に電話を掛けた。 『…バカじゃないの。爆発しろ』 「人体に無理を言うな」 『真に受けるなよ比喩だろ比喩。で、結局君はその子と付き合いたいんだろう?リア充したいんだろう?』 「…まあ、そうなるのか」 『それ以外のなんだっていうんだよ。…承太郎』 「なんだ?」 『君のその正直で汚いことを嫌う性格は素晴らしいと思う。でもね、恋愛って言うのは少しくらい卑怯な手を使ってでも手に入れたものの勝ちなんだよ』 「…なんの受け売りだ?」 『昔読んだ少女マンガ』 あっけらかんと言われた言葉に思わずため息を零せば通話口の向こうで慌てたような気配がする。 『でもほら、昔から雑誌とかでも失恋中の女の子は落としやすいとか言うじゃないか!君ならイケるよ!』 「…すまん。お前にこういった事を相談した俺が悪かった」 『謝るなよ!悲しくなるだ』 怒鳴る花京院との通話を途中でぶった切る。もう一度大きなため息をついてから煙草をくわえる。 「…少しくらい卑怯な手を使っても、か」 眩い光を放ちながら昇ってきた太陽に目を眇めつつ、ゆるりと口角を上げる。親友の言葉も確かに間違っては居ないかもしれない。彼がここに居たら心底嫌そうに悪い顔をしていると言われそうな表情をしている自覚はあった。 「…手を出した責任は取る」 「は?…いやいや、むしろ手を出したのはこっちって言うか責任を感じるべきは私と言うか…!本当そんなこと気にしないで頂きたいと言うか!っていうか別に初めてって訳でもないんだし取って貰う責任もないよ!?」 目を醒ました名前はやはり俺に引け目を感じているようで挙動不審だった。適当に会話をはぐらかして狼狽えはじめた所で本題を切り出せば、やはり彼女は責任を感じていたようだ。 そう、分別と常識に富んだ名前ならこうなることは分かっていた。ならばそこに全力で付け込ませて頂こう。 「したことに対して責任を感じるも感じないかは俺の自由だろ」 「え?あ、そう?いや、でも」 「まあ、お前が責任を感じるって言うなら取って貰おうか。責任とやらを、な」 寝起きで頭も回り切っていないのだろう。混乱したように目を泳がせる名前の側に膝をつき 手を取って舌を這わせる。顔を赤くしながらも嫌がる素振りも、嫌悪感もないことに手ごたえを感じた。 「責任、って…?」 か細くそう尋ねる名前にニイっと笑って見せて。 「分からねえとは言わせねえぜ?」 引き寄せた彼女は微笑んでいた まずは名前でも呼んでもらおうか名前? [mokuji] [しおりを挟む] |