小説 | ナノ






まいったなぁ。口に出しはしないが、本気でそう思っていた。目の前には殺気だったお姉さん(一部同級生)達が私を取り囲んでいる。

「あんた仗助のなんなのよ!」

幼馴染だよ馬鹿野郎。喉まで出たが無理矢理抑え込む。正論だが、なにか口答えすればそれだけ長引くと言う事も嫌というほど知っていた。周りからはそーよそーよだの、ジョジョが迷惑してるの分からないの!?だの聞こえてくる。…とりあえず呼び名は統一しましょうやお姉さんがた。
どう切り抜けようかな、と天を仰ぐと、窓から見慣れた奇抜な髪形が覗いていた。件の仗助君である。仗助はニヤニヤと、それはもう楽しそうに笑っていた。ああ、相変わらず良い性格してんなあいつ。

…目の前の方々に声を大にして言ってやりたい。東方仗助はあなた方の思っているような奴じゃないですよ、と。幼馴染が自分のせいで絡まれてるのを見て、喜ぶような奴なんですよ。私に傷が付こうもんなら、嬉しそうにそこに爪立てるんですよ。私が痛がるのを見て、悪魔みたいに笑うんです。楽しいな、なんて言いながら。ちっとも楽しかねーよ。

そんな事を考えていたら、頬に痛みが走った。どうやらビンタされたらしい。油断していたから口の中が切れて血の味がする。叩いた張本人はそこまで綺麗に決まると思ってなかったのか、目を丸くしていたが周りから囃したてられ引っ込みがつかなくなったらしい。
高く手を振り上げ、もう一発。今度は歯を噛みしめていたから口内を切りはしなかったが、爪が当たったのかジリっとした痛みが走った。先程とは違い、目に見える形で流血したからか、勢いが収まりどこか怯えているような雰囲気になる。
いやいや、お姉さん達加害者なんだからそんな顔しないでくださいよ。ああいや、加害者だからこその怯えか。先生に見つかったら怒られちゃうもんね。別に言い付けやしないんだけどな。
そんな事を思っていると、お姉さんと私との間に何かが降って来た。…鞄?私が上を見れば、皆つられて上を見て。…今度こそ真っ青になった。そりゃそうだろう、仗助が見降ろしてるんだから。

「なに、してるんすかー?」

この場にそぐわない程普段と変わらない朗らかな声。それに少し安堵したような雰囲気が漂うが、私は背筋が寒くなっていた。…あれは、かなり怒っている。しかも、彼女たちではなく私に。
今すぐに逃げ出したいが、目の前にはお姉さんがた、数歩下がった後ろには壁。逃げようもない。いっそ突き飛ばしてでも逃げようか…なんて物騒な事を考えていると、悲鳴が上がった。いやいやいや!私まだ何もしてないですって!慌てかけた私の上に、影が出来た。それは、上から飛び降りてきた仗助の影だった。どうやら先程の悲鳴は飛び降りようとした仗助に向けられたものらしい。
当の本人は足が痺れたのか、腿の辺りをぽんぽんと叩いている。…二階から飛び降りて痺れただけってどういうこと。現状を忘れて呆れた目で見ていると仗助が苦笑いしながら顔を上げた。

「二階って思ってたより高いっすねー」

その言葉に周りから大丈夫とか心配したよーなんて声が飛ぶ。…さっきとは違って可愛らしい声ですね。かくも女は恐ろしや。さてこの間に逃げるかな、なんて身を屈めた私の腕がガシリと掴まれた。油の切れたブリキの様なぎこちなさで振り返れば、案の定仗助に掴まれている。目が合った刹那、冷たく濁ったものがその瞳の中で蠢くのを確かに、見た。掴まれた腕に力が込められ、ギシリと骨が軋む。このっ、馬鹿力め!そう思った瞬間グイッと引っ張られ、私は仗助の胸の中に収められた。周囲から悲痛な悲鳴が上がる。

「…で、おれの幼馴染に何か用っすか」
「え、あ…」

先程私を叩いた先輩は、真正面から仗助に見つめられて赤くなったり青くなったりしている。…こんな状態でも赤くなれるなんてある意味尊敬しますよ先輩。
何時まで経っても何も言わない先輩に見切りをつけたのか、小さくため息をついた。

「こいつトロイですけど一応おれの幼馴染なんで、仲良くしてやってください」

にこっ、なんて擬音がつきそうな笑顔を浮かべながら首を傾げる仗助にお姉さんがたが色めき立つ。まあ、その仗助君は今も骨が折れるんじゃないかってくらいの勢いで人の腕握ってるんですけどね!っつーかトロイとか言うなや。

「じゃ、おれら帰ります」

私の腕を引きながら仗助が歩きだす。思いっきり引っ張られたせいで肩がグキって言ったよ!

真っ直ぐ校門へと向かったかと思えば、途中で曲がり体育館の方へと歩き出す。ちなみに今も私の腕は悲鳴を上げている。文句の一つも言いたかったが、こうなった仗助には何を言っても届かない。ため息を堪えて上を向く。嗚呼くそ、嫌んなるくらい晴天だな。

「はい、昇れ」
「は?」

指で示されたのは中等部の体育倉庫の窓で。訳が分からずに戸惑っていると手に更に力が入れられた。ゴリッと骨が嫌な音を立てる。顔をしかめる私に笑いながら仗助はもう一度窓を指差すのだった。

思っていたよりは埃っぽくない空間を見まわす。仗助はそんな私に何を言うでもなく、扉へ向かった。あ、やばい。そう思ったのと同時にガチャリ、と鍵が落とされた。これでこの倉庫は密室だ。もちろん教師がカギでも持ってくれば別だが、あいにく今はテスト期間中で部活もない。つまり、誰もここに来ない。顔から血の気が引くのを感じた。

「なあ女主、おれに何か言うことねえの」
「言う、こと?」

ああ、無様なまでに声が震えてる。だけど今ばかりは仕方がないと思いたい。だって、仗助の声は、これ以上になく冷え切っている。

「助けてやったんだから、お礼の一つもあるんじゃねーの」

さっきまでの人当たりの言い喋り方ではなく、抑揚の消えた平坦なそれが余計恐怖を煽る。しかし。

「…仗助のせいで絡まれてたんだけど」

それに屈したくないと無駄な抵抗をする私は、なんと愚かだろうか。分かってはいるが、いいなりになんかなってたまるかという思いだって、確かにあるんだ。
しかし、そんなちっぽけなプライドは顔面に叩き込まれた拳によってぽっきりと折れてしまう。鼻がジンジンと痛んで何倍にも腫れているように感じた。実際そうなっているのかもしれない。ぼたぼたと垂れる血がセーラー服を染めていく。

「女主、ありがとうは?」

先程まで浮かべていた微笑が消え、完璧な無表情となった仗助に身体が震える。俯いた私の髪を掴んで目を合わせながら、もう一度ありがとうは?と言ってくる仗助に、恐る恐る口を開いた。

「じょ、すけ」

私が名前を呼べば、仗助は少し顔をしかめて大きなため息をついた。

「ったく、おれ以外の人間に怪我させられてんじゃねーよ」

鼻から流れる大量の血に構うこと無く、頬の傷から滲んだ血を親指でごしごしとふき取った。しかし、その手荒なやり方のせいで止まっていた血がまた滲みだす。それに目を細めると、仗助は傷口に爪を立てた。滲み程度だったそれがたらりと頬を伝う。

「お前を傷つけていいのは、おれだけだろ?」

爪を立てたままにこりと笑う仗助に、お前が助けなかったからだろ、と思いながらも小さく顎を引いて肯定の意を示した。それに気を良くしたのか、べろりと私の頬を舐め上げる。…血液って成分的には小便と大差ないぞ。そのままキスをされて、少し顔が歪む。いくら自分の物とは言え、血の味のするキスなんてしたくなかった。

「んじゃ…」

やっと終わりかと思って息をついた私の頬に、更に深く爪が立てられて肩が跳ねた。

「お仕置き、しねえとな?」

爽やかな笑顔を浮かべる仗助の後ろに悪魔が見えた気がした。

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