形兆中編 | ナノ






最近、吹く風が涼しいとも肌寒いともとれるようになってきた。だけれど、彼と繋いだ手だけはぬくぬくと暖かい。


「寒くなってきたよなー」

「もう少ししたら冬だね」

「今年もたくさん雪降っかな」

「沢山降ると思うよ」

「そっか。そしたら一緒に雪だるま作ろうぜ!」

「うん」


春頃にこちらに来た億泰君はこちらの雪の凄まじさを知らないのだろう。降り始めは楽しいけれど、一週間も続けば嫌になってしまうなんて、考え付かないんだろうな。
ああ、でも彼なら喜んで外で遊んでそうだ、なんて一人で笑ってしまいそうになる。


「あ!」

「どうしたの?」

「今日までに出さねえといけねえプリント出してねえ!」

「じゃあ学校戻ろうか?」

「遅くなっちまうし、俺だけで行くよ。…ごめんな、一緒に帰るって言ったのに」

「ううん。気にしないで?気をつけてね」


妹の名前も気をつけろよ!と言って走りだす億泰君を見送りながら、ちょっと好都合だな、なんて悪いことを考えてしまう。視線を斜め上に上げる。傍から見たら何もない所をじっと見る変な子なんだろうな。


「こんにちは。…形兆さん」


訝しげに私を見ていた"半透明"の彼は驚いたように目を見開いた。


「お前、俺が見えるのか」

「ええ。…昔から人の見えないものが"視える"体質なもので」


にこりと笑いかければ、何処か警戒するように睨みつけられた。


立ち話もなんだと、公園のベンチに座る。季節柄か子供たちの姿は見えなかった。


「億泰君からお話は聞いてます」


怖い兄だとも、優しい兄だとも言っていたし、どんな人か何となく知っている。そして…どうして亡くなったかも。


「…そうか」


言葉少なに返す彼は億泰君にあまり似ていない。鋭い眼光も眉間のしわも、真一文字に結ばれた口元も彼にはないものだ。でも、その奥底に流れる優しさは億泰君と同じ暖かいもので、彼の優しさはこの人から受け継がれたものだと知っている。


「億泰君の事が、心配ですか」

「…あいつは昔っから出来が悪かったからな」


私の質問に眉間のしわが更に深まるが、これは照れ隠しだろう。だってこの人がどれだけ優しい目で彼を見ていたかは私が一番知っている。


「億泰君は皆から好かれてますよ」

「ああ」

「仗助君も康一君ももちろん私や他の人にも、彼はなくてはならない存在だと思います」

「…ああ」

「それでも、まだ心配ですか」

「言っただろう。…あいつは出来が悪いんだ」


私の視線から逃げるように形兆さんは顔をそむける。本当は彼だって気付いてるんだろう。もう億泰君に自分がいなくても何の問題もないことを。彼の傍に居るのは自分の自己満足なのだということも。


「…なら、安心できるまで側に居てあげて下さい」


私の言葉に形兆さんが驚いたように振り返る。それはそうだろう。今の話の流れ的にはもう成仏しろという結末がお似合いだ。でも、そんなこと大切な彼の大切なお兄さんに言うはずがない。


「安心したら、生まれ変わって来てください」

「…あ?」

「私と、億泰君の子に、生まれ変わってきてください」


あなたが億泰君にしたように、今度は億泰君と私が、あなたを愛し、守ります。そう、ゆっくりと告げた私に形兆さんは、お前どこかおかしいのか?と吐き捨てた。



失礼ですね、本気ですよと微笑んだ
やっぱりおかしいな、と彼は苦い顔で呟いた。

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