存在理由 | ナノ






「そっか、赤石の話を聞いたんだ」
「ニナは知ってたのか!?」
「そりゃあまあ。君達よりはリサリサ先生と長く過ごしている訳だしね。エイジャの赤石についてもカーズたちについてもそれなりに話は聞いていたよ」
「教えてくれても良かったんじゃあないのーん?」
「聞かれなかったからなあ」
「それはないだろうニナ!」
「はいはい、ごめんごめん。ほら、それより二人とも背中向けなさい」

ニナは渋々背を向けた二人の背中に手を当てて波紋を流し込む。シーザーとジョセフは流れ込んでくる波紋に体の疲れや痛みが癒えていくのを感じた。

「あー気持ちー!ニナちゃんいいマッサージ師になれるぜ!」
「揉んでないけどね。まあこの戦いが終わったらそれもいいな」
「そしたら俺常連になっちゃうもんねー」
「お前はもう少し癒しの波紋を使えるように練習しろ!いつ使うか分からんのだぞ」
「そういうシーザーちゃんだって気持ちよさそうにしてたくせに!」
「それは仕方ないだろう!誰だってこうなる!」
「こらこら喧嘩はやめなさい。もうすぐ師範代との試験が有るんだから無駄な体力は使わない方がいいよ」
「わーったよ」

子供の様に顔を背け合う二人にニナは苦笑して肩を叩いた。

「ま、二人とも頑張ってきなさい。君らなら師範代にも負けないよ」
「あったりまえよ!」
「さっさと終わらせて柱の男達との戦いに備えなくてはな」
「うん。…いってらっしゃい」

夕暮れの中歩き出す二人にニナは目を細める。これから数時間彼らが帰って来るまでまんじりともせず夜を過ごすことになるのだろう。それならばいっそ何かしていた方が気も紛れると言うものだ。ニナはリサリサの元へと歩を進めた。


「シーザー達頑張ってますかね」
「あの子達なら大丈夫でしょう」
「おや、今晩は随分と素直に彼らを認めますね」
「…そんな余裕ぶっていていいのかしら?」
「あ。ちょ、待ってください」
「言い訳は聞きませんよ」

コトン、とリサリサが駒を動かす。ニナが見落としていたその手はそのまま彼女の敗北を決定づける一手だった。

「…もう一戦如何ですか?」
「お断りします。…あなたは相変わらずチェスが弱いわね」
「リサリサ姉さまが強いんですよ」
「あら、シーザーにもこの間負けていたじゃない」
「…どこで見てたんですか」

リサリサと二人顔を見合わせてニナは苦笑する。リサリサとニナの付き合いはニナが物心がつく前からの長いものだ。彼女にとってリサリサは師であり同時に姉とも母とも言える存在だった。

「あなた、まだそれを付けているのね」
「ああ、これですか」

リサリサがニナの胸元を指差す。ペンダントヘッドには少々大振りなボトルが付いたネックレスが小さく揺れた。これは元々リサリサの持っていたものを幼かったニナが強請って譲ってもらったものだった。それが今は亡きストレイツォからリサリサへ送ったものだと知ったのは、ニナが貰ってしばらく経ってからだった。

「…お返しした方がいいでしょうか」
「いいえ。それは私があなたに贈ったもの。今はもうあなたの物よ」
「…ありがとうございます」

ニナの指先でつままれたボトルがキラリと光る。いつの間にか夜が明け始めていた。

「夜明けだわ………あの二人そろそろ戻ってきても良い筈だけど」
「そうですねえ」
「リサリサ様ァ………あ、ニナもここにいたのね!お風呂の準備が出来ましたァ」
「ありがとうスージーQ。ニナも一緒に入りますか?」
「二人で入るには狭いでしょう。私は自室でシャワーでも浴びてきます」

リサリサの服に悩むスージーQの頭を一撫でしてニナはバルコニーを出た。螺旋階段を降りはじめた所でバルコニーに上着を忘れてしまったことに気付く。取りに戻るか一瞬悩んでニナは一旦ここで待つことにした。スージーQが気付いて持ってきてくれるかもしれないし、そうでなければ自分で取りに戻ればいい。数分経つとスージーQが出てきたがその手には何も持っていない。

「あらニナ。お部屋に戻ったんじゃなかったの?」
「ああ、上着を上に忘れてきてしまったんだけど」
「あら、ごめんなさい!気付かなかったわぁ」
「ならいいよ。取りに行ってくるから」
「ごめんねえ」

一度ノックをしてバルコニーの扉を開ける。湯船につかったリサリサがこちらを振り向いた。

「あら、どうしたのですか?」
「上着を忘れてしまって」
「そう」

手すりの側に設置された椅子から上着を取る。眼下に何かが動いたのが見えて顔を出すとジョセフがこちらに向かって歩いて居た。

「ああ、ジョセフが戻って来たようですよ。…でもおかしいなロギンス師範の姿がない」
「何かあったのでしょうか」
「さあ…。降りて話を聞いてきましょうか」
「そうですね、お願いします」

リサリサと目を合わせ一度頷くとニナはまたバルコニーを出て足早に階段に向かう。階下からスージーQの悲鳴が聞こえて急いで駆け下りると、ジョセフと角を曲がったスージーQのスカートの端が見えて肩から力が抜けた。

「ジョセフ、おかえり」
「ああ、ニナ!」

残り数段をゆっくりとした歩調で降りながらニナはジョセフに軽く手を振った。それに対し元気良く振り返すジョセフにくすりと笑う。

「その様子だと試験は上手く行ったようだね」
「…ああ、そのことなんだが」

深刻な顔をするジョセフにニナは一度首を傾げた。ジョセフの様子からここでする話でもないだろうと部屋へ誘う。二人連れだって歩き出した時、後ろから軽い足音が聞こえた。振り返ると階段を駆け上がるスージーQの姿が有った。何かあったのかと声をかけようとしてニナと彼女の目が合う。何時もと同じように笑って手を振る姿に自分の勘違いだと思ってニナは踵を返した。

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