存在理由 | ナノ






「いきなり地獄昇柱ですか。少々厳しくはありませんか?あれはまだシーザーも挑戦していないでしょう」
「この程度の試練を乗り越えられない様なら彼らに柱の男達と戦う資格はありません」
「まあそうでしょうが…」

ニナはちらりとリサリサの方を見る。言葉も表情も冷たいものだ。しかし、その瞳の奥に仄かに彼らを思案するような色が垣間見えてニナはこっそり笑ってしまう。

「しばらく経っても切っ掛けがつかめない様ならお手本を見せに行ってもいいですか?」
「甘やかすのは彼らの為になりません」
「助言はなにもしませんよ。気付くかどうかは彼ら次第です」
「…好きになさい」

スタスタと去って行くリサリサに苦笑を浮かべてニナは僅かに開いた扉の向こうに耳を澄ませる。どうやら新しい弟子は口の減らない青年の様だ。慣れないマスクで呼吸を整えるのだって億劫だろうにせっせと文句を垂れ流している。昇り切ったら騒がしいことになりそうだなあ、なんて思いつつニナは笑いを堪えながら部屋へと戻った。
一晩が経ちニナが地獄昇柱の部屋へ向かうと既にリサリサが扉の前で佇んでいる。

「おはようございます」
「おはよう」
「彼らはどうですか?」

何も言わずリサリサは下を指差す。ニナがそっと覗くと、シーザーは数メートル登ったようだがもう一人はまだ油の池の中だ。

「これは…時間がかかりそうですね」
「飢え死ぬ前に昇れるか見ものですね」
「またそんなことを言って…」

あくまで冷徹な指導者として振る舞うリサリサにニナは小さく肩を竦めた。

「あ、スージーQが食事の用意が出来たって言ってましたよ」
「では行きましょうか」
「はい。…夕飯までには間に合いそうもないですねえあの二人」
「明日になっても間に合うか甚だ疑問ですね」

食事を摂ってニナは部屋に戻ると椅子に座り目を閉じる。ゆっくりと呼吸を整え全身に波紋を巡らせ始めた。
ニナは決して波紋戦士として優秀とは言えない。波紋には様々な使い方があるが、ニナが最も得意としているのは怪我の治癒や痛みを緩和することだった。一度に多くの波紋エネルギーを発するのは不得手だが、細かなコントロールはリサリサと比べても遜色ない。しかし、こと戦闘となればその短所が大きく響いてくる。柱の男達と相対すれば牽制程度にはなってもとどめの一撃を食らわせるのは難しいだろう。だがしかし、それでいいとニナは考えていた。自分がすべきはリサリサやシーザー、そして新たな弟弟子の援護であり、自身が前線に出るのは身の程知らずだと。
だからこそ一時も早くあの二人には波紋のコントロールを覚えて貰わなくてはならない。ニナは一度大きく息を吐いて立ち上がった。


「随分と苦労してるじゃあないかシーザー」

地獄昇柱の天辺に立ったニナは遥か下のシーザーに声をかける。今で十メートルといった所だろうか。もう一人は未だに僅かばかりも昇れていないらしい。

「よ、っと」

ニナはひょいと柱に手を突きながら身を翻す。指先をピタリとくっつけたままするすると二人の所まで下って行った。

「ほらシーザー。靴脱がせてあげるから落ちないでね?」
「ニナ!お前まで下りてくることは!」
「大声出すと波紋が乱れるよ。ほら、私の膝に足乗せて」

ニナは有無を言わせずシーザーの斜め下まで行って足を膝に乗せた。器用に片手だけで靴を脱がせるともう片方も同じように脱がせる。

「素足の方が波紋を流しやすいだろう?頑張りなさい」

それだけ言うとニナはそのまま底まで滑って行って、少し躊躇ってから油の池の中に足を下ろした。こんなことなら自分も靴を脱いで来るべきだった。内心ため息をつきつつポカンとしている青年に声をかける。

「ほら。君も靴貸しなさい」
「あ?え?つーかあんた誰だ?」
「君の姉弟子でニナという。気軽に呼び捨てで良いよ」
「お、おう。俺はジョセフだ。よろしくな」
「ああ、よろしく。ほら靴脱いで」

にこりとニナが笑いかければジョセフは慌てて靴を脱いでニナに差し出した。

「じゃあ私は行くから。頑張って昇りなさい」
「つ、連れてってくれないのかよ!」
「それじゃあ修行にならないだろう?大丈夫。一度コツさえつかめばなんとかなるさ」
「そのコツがわかんねーんだっての!」
「大丈夫大丈夫。…リサリサ先生はね、出来ない子にこんな仕打ちはしないよ」

ニナがそう言えばジョセフは露骨に嘘だと顔に出す。それにけらけらと笑ってニナは柱に手をついた。

「ま、精進なさいな」

それだけ言うと両手の小指にそれぞれの結んだ靴ひもをかけてニナは昇り始める。自分たちとは全く違いするすると昇って行くニナにジョセフはまたポカンと口を開けた。

「シーザー。初めての弟弟子だね。しっかり面倒見て上げなさい」
「自、分の、事で精、一杯、だ!」
「まあまあ。君ならちゃんと気付いてくれると私は信じているよ」

そう言ってウィンクを一つ残して昇って行くニナの姿をシーザーはジッと見つめる。ニナの気付けと言う言葉からして何かヒントがある筈だ。気を抜けばすぐさま滑り落ちそうな体をなんとか留めながらシーザーは注意深くニナを観察していた。

結局二人が地獄昇柱を昇り切ったのは六十時間程経ってからの事だった。ジョセフが仕掛けに掛かった時はどうしようかとも思ったが、それを逆手にとる行動に出たのにはニナも驚いた。まだまだ波紋は粗削りだが、ジョセフにはそれを補うだけの機転が有るらしい。とはいえ柱の男達と戦うには補うのではなくプラスに換えなくてはならないだろう。
ジョセフの心臓に埋まっているという指輪の溶解まであと二十六日。それまでにどこまで二人を磨き上げられるのか。メッシーナ師範とロギンス師範にからかわれる二人にリサリサと顔を見合わせて笑いつつ、ニナはそっと目を閉じた。



地獄昇柱
まあまずはおめでとうと言っておこう

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