存在理由 | ナノ






こちらを見るエシディシは無表情でなにを考えているか読めない。ニナは言葉を探しあぐねて、とりあえず思ったことを口にした。

「人型に、なれたんだ」
「ああ。お前の体から随分栄養貰ったしな。ああ、後新しい特技が出来た」

エシディシの形が崩れてべちゃりと脳みそだけの例の形態になる。ニナが唖然としている内にまた人の形へと戻って行った。

「…それ、どうなってるんだ」
「分からん」
「…そう」

また沈黙が二人の間に落ちる。夢の中では話は尽きなかったというのに。あの空間では二人とも互いに夢から覚めた時の事を考えない様にしていたからだろうか。目が覚めれば、どちらかの絶望があるだけだったから。そしてそれは今、現実として横たわっている。

「…エシディシ」
「引き分けだったな」
「え?」
「俺もお前も。どちらの願いも叶ったわけだ」

どういうことか分からずに戸惑っているニナにエシディシが笑いかけた。

「あいつは確かに一時だけでも太陽を克服した。あいつは十数万年にもわたる自分の野望を成就させたわけだ」
「そう、なるね」
「見届けることは出来なかったが…それを聞けただけで、満足だ」
「…本当に?」

ニナの言葉にエシディシの笑みが消え、また無表情になる。しかし、そこからは確かに彼の感情が零れていた。

「本当なわけ、ねえだろう?」

エシディシの緑の瞳から滴が一つ落ち、見る見る間に蒸発して消えていく。そんな状況でニナはただ綺麗だと思っていた。夢の中でも何度も思ったが、彼は綺麗な緑の目をしている。
伸びてきたエシディシの手がニナの首を掴む。大きなその手は一段と細くなったニナの首を直ぐ手折るだけの力を秘めていた。けれど、一向に絞まる気配はない。

「ああくそ!結局俺は後悔することしか出来ねえ!」

潜められた叫びは隣にいると言うシーザーに聞こえないためか、それとも自分自身を抑える為だろうか。

「あの時お前を見捨てれば後悔したし、見捨てなきゃこの有様だ!俺が居たら、あいつは今ここに居たかもしれない!」
「うん」
「あんまりだろ…!」
「うん」

首を掴む手にニナは手を添える。火傷をするギリギリの所まで昂ぶった熱が冷たい手に伝わってきた。

「私も、後悔してる。君を助けなければ、君を苦しめずに、済んだ。でも、そうしていたら、きっとそれもずっと、後悔してた」

唇を噛みしめ、涙をこぼすエシディシにニナは薄く微笑んだ。

「お互い、ままならない、な」
「…本当に、な」

手を離したエシディシがまた椅子に座りこむ。ニナは首をさすりながら項垂れるエシディシに目を向けた。冷静になったのか、熱はもう伝わってこない。

「これからどうするかな」
「もう、いいのかい」
「…長く生きてるとな、流すのも上手くなんだよ」
「そうか」
「一人で彷徨うってのもなんだしなあ。特にもう生きる理由もねえし太陽の下に出て自殺するってのもありだが…」
「それは、困る」
「ああ?」
「死なれたら、償えない」
「…それはもう構わねえよ」
「私が構う」

無言でお互い見つめ合うこと数秒。先に口を開いたのはニナだった。

「もう、戦いは終わったらしい」
「ああ」
「私ももう、生きてきた意味がない」
「ああ」
「なら、君に償うことを生きる理由にしたい」
「…重いんだよ馬鹿」
「駄目かい」
「…知らねえよ。俺が要らねえって言ってもお前がやりてえんだろ」
「うん」
「…本当世の中ままならねえなァ」
「ああ」

彼の言うように本当ままならないことばかりだ。私も彼も、生きる理由なんてみつからなくて。だけれど、息をして生きるだけでは満足できない欲深い私たちは。悔んで苦しんで罪悪感を背負い込んで。自分の無力を噛みしめながら生きていくことしか出来ないんだろう。
それでも、それでも尚。

「楽しんで生きたもん勝ち、なんだろう?」
「…楽しませてくれんのかよ」
「さあ?それでも、生きていくしかないじゃないか」

有るかどうかも分からない自分の価値を、存在理由を。追い求めて追い求めて。後悔を重ねてそれでも尚生きていくしかないのだから。
泣きながら笑うニナの涙をエシディシが掬う。小さく抵抗の音を立てて消えたそれは、きっと二人の――。



レーゾンデートルを求めて
歪でもなんでも、求めずにはいられないから

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