存在理由 | ナノ






目が覚めて真っ先にニナの視界に入り込んだのは白い白い天井だった。ぼんやりとそれを見上げていると、けたたましい音がしてそちらを向く。白衣を着た女性が目を丸くしてから、飛び出していった。
その後は騒がしいことこの上なかった。医者らしき男が来てニナの意識を確認し、足早に去って行く。少しすると見慣れた顔が飛び込んできた。

「ニナ!」
「シーザー…」

久方ぶりに動かす口は酷くもたつく。ニナがゆっくりと彼を呼べば、整った顔がくしゃりと歪んだ。

「良かった…目が覚めて、本当に良かった…」

シーツに縋りつくシーザーの背をニナはゆっくりと撫でる。背中が引き攣れて少し痛んだ。まだ目が覚めたばかりで自分がどういう状態なのかよく分からない。ただ視界に入る右足は記憶と同じく存在していなかった。シーザーも患者服の下は包帯だらけなのだろう。右腕の手袋はなんだろうか。

「ジョセフは、リサリサ先生は…?」
「ああ、今来る」

その言葉に、彼らが生きているのだと分かった。ということは、つまり。ニナはエシディシの気配を探るがどこにも感じられなかった。彼は今、どこにいるのだろうか。

「「ニナ!」」

ジョセフとリサリサが駆け込んできた。二人の顔には涙が浮かんでいる。

「目が覚めたんですね…!」
「起きんのが遅いぜ!どれだけ心配したと思ってんだよーッ!」

飛びつくジョセフに一瞬意識が飛びかける。二人から凄まじい剣幕で叱られるジョセフにニナはくすりと笑った。

「元気そうで、よかった」
「それはこっちのセリフだってーの!」
「うん。…あの後、何が有ったか教えて、くれる?」

ニナの言葉に空気が引き締まる。三人は顔を見合わせてから椅子に腰かけた。

「長ーい話になるぜ?」
「長話には、慣れてるよ」

彼の口から語られたのは、彼女が寝ている間に起きた、人類の存亡をかけた戦いの話だった――。


「…そう、カーズは、究極生命体に、なったんだ」
「ああ。太陽も波紋も効かねえとなった時にゃビビったぜ…」
「そう、そうか…日を、克服したのか」
「ニナ?どうかしましたか?」
「ああ、いえ。それで、カーズは」
「宇宙を漂ってるみてえだな。詳しいことはまだ調査中だけどよお、とりあえず危機は去った、ってとこだ」
「そう」
「にしても半年近くも良く寝てたよなあ。シーザーちゃんなんて二か月も前に起きたんだぜ」
「ニナがまだ目を醒まさないと聞いた時は胆が冷えたな…」
「シーザーちゃんたらさあ、毎日毎日ニナの所に行くって聞かねえんだぜえ?自分だって死にかけてたくせに。ここ来るたび半泣きになっちゃってもー大変だったんだから」
「黙れスカタン!」
「シーザー、大きな声を出すのは止めなさい。…ニナも酷い容体でしたが…それにしても随分時間がかかりましたね。エネルギー消費が普通では考えられない位多いと医師から聞きましたが」
「…なんで、でしょうね」

ジッと見つめてくるリサリサにニナは曖昧な笑みを浮かべる。何か言いたげだったが、それもニナが咳き込んだことで霧散した。

「今日の所は帰りましょう」
「起きたてで無理させちゃ駄目だしなー」
「ニナ、何かあったら呼べよ?俺は隣の個室だから」
「怪我人同士なんだから夜這いとかしちゃ駄目よシーザーちゃん?」
「するかこの阿呆!」
「はは…リサリサ先生」
「なんですか?」
「闘いは、終わったんですね」
「…ええ」
「そう、ですか」

賑やかに去って行く三人を見送ってニナは外に目を向けた。夕陽が空を燃えるように赤く染めている。日が沈むと看護士がカーテンを閉めに来た。

「いきなり胃に物を入れられませんから。明日重湯から始めましょう」
「分かり、ました」
「何かあったら呼んでくださいね」

医師の話によるとニナの体はもう大分回復しているらしい。リサリサの言うとおりもっと早く目が覚めても良かったと首を捻っていた。眠りから覚めなかった理由も、エネルギーの消費が激しかった理由も見当はついている。しかし、その原因である彼が、居ない。

「…エシディシ」
「なんだ?」

小さく彼の名を呼べば、すぐ隣で声がしてニナは慌てて顔を向ける。いつの間にか出された椅子に彼が座っていた。

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