存在理由 | ナノ






ぞわりとエシディシの全身が総毛立つ。カーズの表情が、纏う香りがそれが事実だと伝えてきた。今にも彼を押しのけて長い長いくだり道を駆けだしたい。しかし、それはカーズに、敵に背を見せることになる。
仕掛けてきたら即座に反応できるようエシディシは体の隅々まで緊張を張り巡らせる。そんな彼に構うことなくカーズは口を開いた。

「俺と来いエシディシ」
「…ああ?」
「昔言っただろう?日の輝く空を、海を見たくはないか?俺は、見たい。見てみせる。」
「随分と魅力的なお言葉だなあ。…でもよお前分かってんのか?お前が今、殺してきた奴らが。俺の大事な家族やダチだってことを」

体が燃え立つように熱かった。自分の体から肉の焼ける臭いがする。ジリジリとした痛みが耐えきれない熱を孕んでいると伝えた。しかし、今エシディシにとってそんなことはどうでもいい、大したことのない些細なことだ。

「…分かっている、分かっているさ」
「なら覚悟は出来てんだろうな」
「ふむ。だが奴らは俺を殺しに来た」
「ああ?」
「長老が処刑だと言っていたな」
「…どういうことだ」

一族の処刑は原則として議会全員の賛成がいる。しかし、カーズの処刑の決を取る時、エシディシは手を、挙げなかった。即ちそれは処刑は行われないということだ。

「俺の実験に焦っていたんだろうさ。例えそれが守るべき規範に反する事であってもな」
「反してねえかもしれねえだろう」
「ならなぜお前がここに居る?戦士としての力量を認められているお前が処刑に立ち会わんはずが無かろう」
「……」
「俺も皆殺しにする気はなかった。しかし返り討ちにしたところを他の奴に見咎められてな。あれよあれよと言う間に全員集まってきて…むしろ本当死ぬかと思ったぞ俺は」
「死ねばよかったのにな」
「まあそう言うな。奴らは皆、老若男女を問わず戦士として向かってきた。俺はそれに全力を持って応えたんだ。それを後悔することは侮辱することだと、俺はそう思うが」
「…皆殺しの件についてはまあ分かった。で?なんで俺がお前に従うと思う?普通に考えてやり合うもんだと思うが」
「それはな…お前が俺に似ているからだよエシディシ」
「気持ちわりい事言うなよ」
「…お前は本当に酷いな。だが、冷静になって考えても見ろ。お前は本当にあのまま何万年も時が過ぎて死に絶えるまであの薄暗い穴倉で過ごしたいか?退屈だとは思ないか?」

子供の頃からずっと感じていた、気付いてはいけない感情だった。他の奴らの様に何の疑問も持たずに暮らしていければよかっただろう。しかし、エシディシは知ってしまった。自分の奥底に横たわる欲望に。それを気付かせたのは。

「…初めて会った時から考えてたのか?」
「さあな。ただあの時から何故か確信は有った。お前は俺と同じだとな」

自信満々に笑うカーズにエシディシは大きなため息を吐いた。いつの間にか身を焦がしていた熱も引いている。脳内に渦巻く感情をなんと言い表せばいいのか分からなかった。

「約束しろカーズ」
「なにをだ?」
「お前のその野望とやらを絶対に投げ出さないと。例えどれほどの困難が降りかかり、途方もない年月が必要であろうとも、あいつ等を殺した責任を取れ。途中で放棄してみろ、燻製にして殺してやる」
「…言われるまでもない。この俺が、目的を投げ出すなどありえんからな!」

フッと笑ったカーズにエシディシは肩の力を抜いた。

「…とにかくあいつらに墓位作らせてくれ」
「ああ、手伝おう」


見慣れていた筈の空間は面影もない。あちこちにこびりつく血と臓物。分かってはいたが活動不能になるまで切り刻まれた肉片はどれが誰だか分からない。この中に自分の親が、妻が、生まれてくるはずだった我が子が居るのかと思うと後ろに居るカーズを今すぐにでも縊り殺してやりたくなる。しかし、それでは彼らは犬死になるのだ。そう冷静に考える反面込み上げてくる激情を堪えるためにエシディシは盛大に泣き喚いた。泣き止むとカーズが冷めた目でこちらを見るので一発殴っておく。一体誰のせいだと思っているのだと叱りつけながら、エシディシはカーズと共に地底深くに空く穴まで何度も肉片を抱え往復した。
全てを綺麗に放り込みエシディシは同胞の冥福を祈る。幼い頃よく聞かされた。この穴は大地奥深くと繋がり、我々の肉は地球の栄養となり、魂は巡るのだと。もしもそれが本当だとしたら。彼らの魂と巡り合うこともいつかはあるのだろうか。
エシディシが立ち上がり、カーズも顔を上げる。

「…思ったより説得がスムーズに行ってしまったな。折角仕掛けをしたのに」
「仕掛け?」
「ああ」

すたすたと居住区まで歩くカーズに従うエシディシ。ある一軒の家に入って行ったカーズが戻ってくる。その手には小さな体が二つ抱かれていた。

「…おい、なんだそれ」
「いや、お前が言うことを聞かないときに人質にでもしようかと」
「…なんで二人も」
「いや、丁度二人いたもんでな」
「…殴らせろ。お前本当一発殴らせろ」


結局男二人と赤ん坊二人の全く華のない、果てない旅がそこから始まったのだった。

[ 3/4 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]