存在理由 | ナノ






「お前がエシディシだな!?」

いきなり声をかけられてエシディシは後ろを振り返った。振り返ると見覚えのない顔がこちらを不遜な笑みを浮かべて見下ろしている。年頃は自分より数十歳程下だろうか。こんな年の近そうな奴が部落に居ることを知らなかったとは驚きだ。

「そうだけどお前は?」
「なに!?俺を知らないのか!」
「知らねーよ。なに?お前有名人なの?」
「おれの名はカーズ!この子供が数百年生まれないのも当たり前な中こんなにも年の近い俺を知らぬとは…お前は馬鹿なのか!」
「人の話を聞けよ」

質問にも答えず失礼なことを言うカーズとやらに落ちていた石を投げつける。運動神経は鈍いのか石は見事額に当たった。

「失礼な奴め…!」
「お前に言われたくねーよ。で、なんか用なのか」
「ああ!お前空や海を見たいとは思わないか!」
「…んなもん外行きゃ直ぐ見えんだろ」
「違う!日のある空を!海を!見たくないかと聞いてるんだ!」
「別に見たくもねえし見れりゃしねえよ」
「何故だ?」
「何故って…日に当たりゃ俺らは死ぬ。んなこと常識だろ?」
「それでいいのか?」
「はあ?」
「当たるから死ぬ。だから地下に潜り、長い時を諦めたまま死ぬ。それでいいのか?日を克服したいとは思わないのか?」
「お、前何言って」
「行ったことのないところへ行きたいと見たこともないものを見たいと思わないか」

射抜くような光を灯したカーズの瞳にエシディシは肩を強張らせた。見たくないと言えば嘘になる。自分が見る空は、海は、全ては暗闇の中黒一色で。話にだけ聞く色とりどりの世界を見てみたい。だってここは――。

「ここは退屈だろう?」

自分が考えていたことを当てられて目を見開いた。カーズはそんなエシディシを見てニヤリと笑い挨拶もせず立ち去る。

「…変な奴」

変な、変な奴だ。僅かに高鳴った胸の内には想像の中の輝く海が広がっていた。


「久しぶりだな」
「…久々過ぎてびっくりだわ。よくもまあこんな狭い所で顔合わさなかったもんだ」

次に会ったのは三万年も経ったころだった。そんな長い間顔を合わせなくとも年々悪評が高まるカーズの所業はエシディシの耳にも入っている。しかし何よりあんな前に交わした短い会話を思い出した自分に、いや、忘れられずにいた自分に気付いてエシディシは眉をひそめた。

「で、最近はどうだ」
「あー…そうだな、人間っているだろ」
「ああ。随分器用に動物を狩っているそうだな。そろそろ間引く必要があるんじゃないかあれ」
「そうさなあ。…でもあれ多分文化水準は俺達を超えるぞ」
「…確かに進化のスピードは速いようだがそんなにか?何度か見かけたが随分ひ弱そうじゃないか。大きい環境変化があったら生き残るのも難しいだろう」
「ひ弱な分それを補うための知恵を持つだろうよ。衣服や医療や武器を発展させ、生き残るための集団を作りルールを設ける」
「ふむ…我々とは真逆だな」

ふん、っとカーズは鼻で笑った。混じる嘲りはどこに向けられているものなのか。

「弱さゆえに進化し、寿命の短さゆえに数を増やす奴らに対し、強さゆえに変わらず、長寿が故に増えることもない。このままいけば世界の覇権は奴らの手の内だろうよ」
「あいつ等如きに負ける気はしねえがなあ」
「負けはせんさ。ただここは余りにも甘ったるい。戦いは無益だと言い最終的に片隅に追いやられるのが関の山だ」
「…ありえそうで笑えねえなあ」
「全く…つまらん生き物だな我々は」

苦くそう吐き捨てるカーズの目に、強い光が灯っている。それが剣呑な輝きだと分かりながらもエシディシは何も言わなかった。何をほざこうと現状を変える手立てはない。例え彼が天才であろうとも。そう、思って、いた。

その時期辺りからカーズの悪評はどんどんと高まってきた。時たま会う彼はそんなことも気にせず飄々としていて、エシディシも会えば会話を交わしていた。そんな時がまた数万年経ち、エシディシには妻ができ、その妻は身ごもった。
自分もまた祖先と同じようにここで暮らし、長い長い時を経て死んでいくのだとエシディシはそう思っていた。


「もう一刻の猶予もない」

険しい顔でそう告げる長老を仰ぎ見ながらエシディシは内心ため息をついていた。いつかこうなるであろうことは予測できた。時折周囲に対し弁明を図るべきだとも言ったが、頑固な彼は首を縦に振ることはなかった。今はまだその時ではない、何時もそう言うばかりで。その時は何時だったのだろうか。

「危険分子は処分しなければなるまい。決を取る」

重々しく死の宣告を告げる長老の顔を見てエシディシは――。


「…あー、くそ」

ガシガシと頭を掻きながらエシディシは空を仰いだ。相も変わらず暗い空には星が瞬いている。星は太陽の光によって輝いているものもあるとカーズが言っていたのを思い出してエシディシは頭を掻いた。
そして一度大きく息を吐いて、獲った獲物を持ち地下へ戻る入り口をくぐる。一歩踏み入れた途端、停滞していた空気が掻き乱され…酷く生臭い香りがエシディシの鼻腔を刺激した。
一瞬で血と臓物の香りで肺が満たされる。これはただ事ではないと体に緊張が走った。見据えた先に気配がして――カーズが現れる。

「なんだ…お前か」
「ああ。随分とデカいのを獲ってきたもんだな」
「ああ、冬も近いし毛皮もいるだろうと思ってな。…なにか、あったのか」
「…さあ、なんのことだ?」

肩を竦め、いっそ白々しい程不思議そうな顔をするカーズにエシディシは目を見開いた。この血の匂いに、気付かない筈がない。そして、そして。なによりも目の前に居るこの同胞には、死の匂いがこびりついている。

「お前、なにした」
「なんのことだ?」
「変な誤魔化しすんなよ」
「…なんでバレたかな」
「血の匂いプンプンすんだよ、お前」
「そうか、それは失策だったな」
「質問に答えろよ」
「…殺してきたよ。一人残らず全員な」

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