存在理由 | ナノ






ホテルに入った二人を待ち受けていたのは惨憺たる状況だった。夥しい破壊痕が語るのはここで激しい戦闘が有ったという事実だけ。二人以外に気配は全くない。
リサリサがメッシーナを見つけ駆け寄る。息があることを二人確認し、辺りを見回す。

「ニナ!ニナは!あの子もメッシーナと共に来たはず!」

リサリサの言葉にジョセフも目を忙しなく動かし…離れた所に赤い――赤いシャボン玉が浮いているのを見つける。

「まっ…真っ赤な…シャボン玉がシャボン玉がういている……こ…これは…まさか…」

自分の声が無様に震えているのをジョセフは他人事のように感じていた。今、血のように赤いシャボン玉だけが彼の意識を奪っていた。シャボン玉に近づくと中にシーザーのバンダナと、それに通されたワムウのピアスが入っているのが分かった。シャボン玉を掴むと、彼の、友の波紋を感じる。嘘だと、心が叫ぶ。しかし手のひらから伝わってくる感覚はジョセフに残酷な真実を突き付けてきた。

「シーザーは今………さっき」

死んだと、声に出すのが躊躇われた。しかしそれは事実なのだ。

「ここで」

ジュッと場違いな音がジョセフの言葉を遮った。リサリサと二人弾かれるように見たのは、シャボン玉が浮かんでいた側の十字架のような形をした岩だった。
その中心が僅かに赤くなり、直ぐに消えた。しかし幻ではなかったことを主張するかのように煙が漂っている。その様を唖然として見ていると岩の隙間から赤いものが滲み出てくるのが見えた。

「ち…血が」

ここで彼は死んだのだ。その直感を否定するようにまた小さな音ともに岩に灯りが灯る。リサリサと目を合わせたジョセフは岩に手をかける。動くはずがないと思われたその大きな岩は、想像よりも軽く僅かに動きそうだった。ありあわせのもので梃を作り岩に差し込む。二人掛かりで浮かせたそこに、思いがけないものがあった。
岩は人が入れるほどに大きく抉られていた。その下にニナと彼女に覆い被られたシーザーの姿が有った。ニナの背中部分は服が燃えた様になっていて、焼け爛れているのが見て取れた。外気とは真逆に蒸し暑い空気が漏れる。シーザーの右手は穴に入り切らなかったのか無残に潰れてしまっていた。だが、だがしかし!僅かに動く二人の胸が!彼らを包む波紋の光が!生きていることを如実に伝えてくる!

「シーザーッ!ニナッ!」

リサリサが引き摺りだした二人にジョセフは縋り付いた。今にも途絶えそうになりながらも確かに繰り返される呼吸に先程とは違う涙がジョセフの瞳に浮かぶ。

「この波紋は…ニナの…」

ジョセフも何度も世話になった彼女の優しい波紋の波動がジョセフにも伝わる。戦いには向かない、優しい波紋を持ったニナ。彼女は死に瀕しながらも彼らを守ろうとしているのか。

「それにしてもこれは…一体…まるでエシディシの…」

リサリサの言葉にジョセフも岩を見る。ぽかりと開いた穴は何か高温で溶かしたかのようだった。彼女の言葉通り以前戦った強敵の姿を思わせる。しかし、今はそんなことはどうでも良かった。

「それよりも!早く手当てしてやらねえと!」
「…ええ、そうですね」

リサリサが二人に波紋を流し込む。二人の呼吸と流れ出す血が少し落ち着いた。

「ナチスの協力者に我々が30分戻らなければ様子を見るように伝えてあります。もう直ぐ来るでしょう。それまでこうして波紋を流して…三人はここでリタイアです」
「あいつらに任せておいて大丈夫なのかよ」
「彼らの技術力はあなたも知っているでしょう。ただ波紋を流すよりは助かる可能性も上がります」

リサリサの言葉に頷く。リサリサの言葉通り直ぐにナチス軍がやってきてニナとシーザーを受け渡す。ニナを抱き上げると胸元から何かがぶら下がる。

「なんだこりゃ?ボトルか?」
「それはニナに私があげたものです。ネックレスにしていたようですが…」
「何が入ってんだこりゃ?」
「何も入っていない空の筈ですが…」

リサリサと二人覗き込んだボトルの中にはみっしりと何か灰色の物が詰まっている。肉感のあるそれに何か違和感を感じて手を伸ばそうとした。

「早く!一刻を争います!」
「…おお!」

軍人の言うとおり容体は刻一刻と悪くなるばかりだ。ニナの体を後部座席に横たえ、出発するのを見送る。

「さて!…柱の男退治と行きますかー!」
「油断は禁物ですよジョジョ」
「分かってるぜ!…シーザーとニナの努力を無駄にはできねー!」

薄暗いホテルの中にまた足を踏み入れる。ここから先どれほどの激戦が巻き起こるかは分からない。しかし、自分は負けない、負けてはいけない。シーザーから託されたピアスを一度強く握りしめジョセフは闇を強く睨み付けた。

この先で起きた戦いを、恐るべき究極生命体の誕生を、彼の命を賭した戦いを、彼と彼女は知らずに眠り続ける。



世界は廻る
誰が居ても居なくても、くるくるくるくる

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