存在理由 | ナノ






「元々よく食べるとは思ってたけど…ニナちゃんちょっと食べすぎじゃない?」
「うーん…妙にお腹が空いてね。まあ腹が減っては戦は出来ぬって言うし」
「そうだけどさあ」

猫を虐めるジョセフをニナが窘めているとリサリサが二人を叱る。一行の視線の先にはカーズたちが居ると思われる建物がそびえたっていた。シーザーとメッシーナの二人が日が出ている内に強襲するのを提案する。しかしジョセフはそれに反対を唱えた。

「俺は行かねえ!蝶蝶がクモの巣に飛び込むのと同じことだからな」
「JOJO…お前らしくもないぜ何ビビっている!?」
「今の俺は兵法書の「孫子」にしたがう!勝利の確信がある時だけ戦うぜ!行かねえと言ったら行かねえ!」
「JOJOきさま!おじけづいたかッ!」

シーザーの発破とも挑発とも言えぬ言葉にジョセフも声を荒げた。言い争う内にジョセフがシーザーの地雷を踏み抜いたことに気付いたニナは後ろでひっそりと額を押さえた。そうこうしている内に激昂したシーザーがジョセフに拳を繰り出す。あれよあれよと言う間に殴り合いのけんかに発展したのをリサリサが慌てて止める。
リサリサの言葉も聞かずに飛び出したシーザーにニナはため息を一つついた。

「ニナ、メッシーナ、シーザーを追ってください」
「わかりました」
「お願いします。あとをつけて彼がホテル内に入ろうとしたら腕ずくでも止めなさい」
「はい。…ジョセフ」
「なんだよ」
「君の考えは間違ってない。ただシーザーにも譲れないところがあるんだ。…分かってやってくれ」

メッシーナと二人シーザーの後ろを付ける。言葉無く雪の中を進みながらニナは背中に意識を向ける。背中に居るエシディシはまた少し大きくなっているようだ。しかし特にニナの行動を制限する気はないのか、それとも出来ないのかは分からないが今の所動きは無い。
シーザーの後姿がニナの視界に入る。彼は既に臨戦態勢になっていた。メッシーナと二人シーザーに駆け寄った。

「おれがホテルに入るのを止めに来たようだけれど…おれは今…中に入るどころか一歩も動けん……」
「どういう意味だ……?」

メッシーナが一歩前に居るニナの隣に足を踏み出した。それをシーザーが止める。何かが潜んでいるというシーザーの言葉に二人は辺りを見渡した。雪を蹴る音がして一つだけ足跡が付く。

「あ…足跡が一つだけ!」
「跳躍したんだ!」

空中を見上げると、風を纏った人影――ワムウが居た。ニナの背筋を氷で撫でる様な冷たさが走り…反射的に隣に居たシーザーを体全体を使って突き飛ばした。ワムウが腕を振るったのと同時、メッシーナの腕とニナの右足が宙を舞った。

「メッシーナ師範代!!ニナ!!!」

ワムウの跳躍からたった二秒間で起きたこの惨劇にシーザーは目を見開く。ニナが彼を突き飛ばさなければ、シーザーも同時になぎ倒されていただろう。
ニナはワムウに引きずられながら、シーザーの声で無事を確認していた。少し離れた所に寝かされたメッシーナは意識を失っているのかピクリとも動かない。足が切り取られた瞬間波紋を流し痛みと出血を抑えていたニナも意識が今にも飛んでしまいそうだった。
うつ伏せの状態でニナは背中のエシディシの存在を思い出す。咄嗟に波紋を流してしまってはいないかと思って冷や汗が出た。しかし問題はなかったようで背中で蠢く感触に息を吐く。
…彼の願いを叶えたいと言いながら、シーザーを庇った自分の矛盾に彼は何を思っているだろう。彼を見殺しには出来なかった自分のどっちつかずな態度にニナは小さくため息を吐いてから目を閉じた。
外からは戦う二人の声が聞こえる。ジョセフは、リサリサ先生はこちらを追っているだろうか。シーザー一人では荷が重いだろう。一時でも早く来てほしい。――彼らが死ぬ瞬間を見たくはなかった。我儘な願いだとは分かっている。裏切っておいてなんて身勝手な願いだ。自分はこうも自己中心的な人間だったのかとニナは小さく自嘲した。
壁に穴が開き、ワムウが飛び込んできた。その後に続いてシーザーが入ってくるのをぼやける視界でニナは確認した。
シーザーのシャボンがレンズの代わりとなって日光がホテルの中に差し込む。今までいた暗闇との落差に残りわずかな視力も持って行かれてしまう。勝利を確信したようなシーザーの声と、床を蹴る音。

「風の流法『神砂嵐』」

低く落ち着いたワムウの声に鳥肌が立った。ニナが目を凝らした瞬間。突き出したワムウの両手の間で血塗れになるシーザーの姿が見えて息を飲んだ。
うずくまったワムウに死力を尽くしてシーザーが近づく。見た目からもそのダメージの深さが分かった。ワムウが言うように彼はもう助からないかもしれない。
ニナの瞳に涙が滲む。馬鹿だと思う、愚かだと思う。だけれど今自分は。彼を救いたい。何をしても何をおいても。彼を、シーザーを救いたかった。

「エシディシ、お願い、エシディシ」

ワムウに殴り掛かるシーザーの呻きよりも小さな小さな声でニナは懇願した。

「私の命も何もかも君にあげる。だからお願い、あの子を助けてくれ。あの子を助けさせてくれッ…!」

何もかも諦めて生きてきた。愛されることも求められることも。我儘なんて言わない。良い子にしてるから、せめて要らないなんて言わないで。ただそれだけを望んで、その為だけに流されて流されて。そう、思っていた。
けれど今なら分かる、分かってしまう。自分は彼らを愛していた。例え彼らにとって私がどんな小さな存在でも。私は、私の全てをかけて彼らを守りたかった。
裏切っておいて、敵に縋って、本当に情けなく愚かだと思う。けれどそれでも。

「お願いだ…!」

背中で蠢く感触がして、残った左足と両手に力が戻る。ニナは一度強く瞼を閉じて、目を開いた。ワムウからピアスを毟り取ったシーザーが倒れこむ。今にも崩れそうな天井の下、シーザーが吼えた。

「俺が最期にみせるのは代々受け継いだ未来に託すツェペリ魂だ!人間の魂だ!」

いいや、いいや違うよシーザー。託すんじゃない。君はあの子達と共に前に進むんだ。君は、生きて。
天井が崩れたその瞬間、ニナは全身の力を振り絞って、シーザーに覆いかぶさるように飛びついた。視界の端に赤い赤いシャボン玉が掠めていく。シーザーが目を見開いたのと同時。背中に燃えるような熱さをニナは感じた。
鈍い音と埃を立てて落ちた天井の側を漂うシャボン玉にワムウは気付いた。波紋を纏っているであろうそれに手を伸ばし、引っ込める。

「くれてやる………人間の様にセンチになったからではない……おれにとって強い戦士こそ真理………勇者こそ友であり尊敬する者!!おれはおまえの事を永遠に記憶の片隅に留めておくであろうシーザー。シャボン玉の様に華麗で儚き男よ」

一歩踏み出し、ワムウは歩を止め振り返る。最後に身を挺して飛び込んできたあの女の波紋戦士から、何故か今は亡きもう一人の主の香りがした気がしたのだ。しかし彼は死んだ。勇敢なる戦士として戦い、自分たちに望みを託していったのだ。ワムウは首を一度振り今度こそ振り返らずに歩き出す。


VSワムウ

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