存在理由 | ナノ






「…つまらない、話だったろう?」
「そうだな」
「即答でそう言ってもらえるといっそ清々しいな。…まあ、とにかくそう言うわけで私には君達や彼らの様に強い思いなんて持ち合わせちゃ居ないんだよ」
「くだらねえな」

吐き捨てるようにそう言ったエシディシの声には怒りが込められている。しかしその怒りは先程の物とは少し毛色が違うようにニナには感じられた。

「生きるなんざそんな小難しく考えることじゃあねえだろう。好きに生きりゃあいいじゃねえか。カーズなんてどれだけ我儘だか知れたもんじゃねえ」
「彼に付いては君の記憶を垣間見た所しか知らないけど…確かに自分を貫き通してるね」
「本当どうしようもねえ馬鹿野郎だが、お前に比べりゃ幾分マシだな」
「確かにね」

どれだけこき下ろされてもニナは傷付きもせずにむしろ楽しく思っていた。いつも誰かにそう言って欲しかった。好きに生きていいと、お前がこだわっているのは下らないことだと。それを与えてくれたのが生まれてこの方敵と言われ続けて来た男なのは何の因果か知らないが。

「初めてだ。初めて自分で選んだ。君を助けると言う自分の意志を私は選んだ」

逃げたいと愛して欲しいと叫ぶ心を何時だって押さえつけていた。何時しかその思いも諦めて、延々と心の底で僅かに燻るだけで。
初めて自分で選んだその先が、今まで必死に守ってきた居場所を捨てる未来に繋がっていたとしても、ニナは悔んではいない。例えそれが自分の地獄への片道切符だったとしても、ニナにとってそれは全てを投げ打つ価値が、あった。

「これから先は激しい戦いになるだろうね」
「だろうな」
「私の実力じゃあ君の仲間に一矢報いるのも難しいんだろうな」
「そんな弱いのかお前」
「波紋の威力って点ではてんでダメだね」
「そんな奴に殺されかけて救われたのか俺は…」
「そう言われると申し訳ないな。…私に出来るのは彼らのサポートと身代わりになることくらいさ。きっとそのために生まれて生かされてきた」

それでいいと思っていた。この戦いを生き延びたとしてもきっと自分はその先の長い人生をどう生きればいいか分からないまま終えるだろう。そんな意味のない人生を生きるよりは死ぬべき場所で死ぬ方が幸せだと、そうずっとニナは思っていた。
何か文句を言いたげなエシディシの気配を察してニナは先手を打つ。

「けれど今は君の願いを叶えると言う意志がある。こんな風に強く何かを願って行動に移したのは初めてなんだ。流されるわけではなく、自分で自分を犠牲にしてもいいと思えるのは」
「それも俺の感情に流されてるだけじゃねえのか?それでいいのかお前」
「いいよ。君の目には流されているように映っていたとしても、私にとっては私の意志だと思えるんだから」
「…人間ってのは皆変なのかお前が特別変なのか分からねえな」
「それは追々知って行けばいいだろう?上手く行けばこれから先どれだけだって見て回れるさ」
「上手く行けば、な」
「あれ?自信がないのかい?」
「いいや。カーズの奴ならなんとかするとは思うけどなあ。ワムウもいるし」
「信頼してるんだね」
「仲間だからな」
「そうか。出来たら君の話も聞いてみたいなあ」
「長くなるぜ?なんせ何万年も昔からの付き合いだからな」
「それはそれは聞きごたえがありそうだ。機会があればぜひ」
「…ああ、機会があればな」

不思議なことだがニナはそろそろ目覚めが近いことに気付いていた。エシディシも分かるのか何も言わない。明日の朝には、カーズたちが居るであろうサンモリッツに向かう。こうして話せるのも最初で最後だ。きっと自分が彼の話とやらを聞く機会は無いのだろう。

「君の、願いが叶うことを祈っているよエシディシ」
「ああ。…ありがとうニナ」

きっとこうして彼に名前で呼ばれるのも最初で最後だろう。ニナは何も言わずに頷いた。それが彼に伝わるかどうかなんてわからなかったけれど。



つまらない話をしよう
自分の存在理由も分からぬ愚かで憐れな女の話さ

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