存在理由 | ナノ






「何故俺を生かした。情けをかけたつもりか」

真っ白い空間の中、どこからか声が響く。その声音には怒りとも疑問ともつかない色が滲んでいた。ニナは水の中を漂う様なふわふわとした感覚の中その声に耳を傾けている。これは夢なのだろうとニナは思う。感覚は酷く曖昧で目を閉じているのか開いているのかすらわからない。自分の姿を目視できるわけでもなくただただ上下もなにもない白い空間。

「おい、お前。答えろ」
「わからない」

首を振ったつもりだがそれが出来ているのかどうか。姿が見えない男…恐らくエシディシであろう声は小さくため息を吐いた。

「分からないとはどういうことだ」
「だって分からないんだから仕方ないだろう」

何故リサリサ達を裏切ってまで彼を生かしたかなんてニナ自身も分からない。ただ、何となく彼を生かしてやりたかっただけだ。

「…君に波紋を流す直前、不思議な感覚になった。沢山の映像と感覚…感情が流れ込む様な。その中で一番強く感じたのが生きたい…いや、見届けたいって感情だった。ただ、それを叶えさせたかったのかもしれない」
「…訳の分からない奴だな。それを俺が見届けるって言うのがどういうことか分からない程お前はアホには見えんが」
「君に憑りつかれて脳みそでもいかれたかな」
「そこまでやれるほど余力は残ってなかった」
「そう。…で、君はもう私を操れるほど回復したのかな?」
「…したと言ったら?」
「なら皆が寝ている間に仲間の元に行くなり、私を栄養にして回復するなりするといい」
「お前、本当に何を考えてるんだ?」

エシディシの声に困惑と、僅かな不安の色が混じる。この空間のせいか彼の感情が手に取るようにわかってニナは笑った。

「別に。言ったろう?理由は分からない、強いて言えば君の望みを叶えてやりたいだけだ」
「何故」
「…堂々巡りだなあ。出来るのか出来ないのかどっちなんだい」
「…今はまだそこまでは出来ん」
「そう。なら暫く背中にでもくっついているといい。波紋はそこを避けて練ろう」
「そんなこと出来るのか」
「コントロールだけが自慢なものでね」

ニナの言葉を最後に沈黙が訪れる。しかしエシディシの疑惑と混乱だけはひしひしと伝わってきた。

「…お前が死ぬことに仲間を裏切ることに躊躇いは無いのか」

空気に少し怒りが混じってニナは苦笑した。彼は仲間の為に命を賭したのだ。それに対しこうも簡単に仲間を裏切るニナに苛立ちを感じるのだろう。

「無いわけではない。でも、私は君ほど強い意志を持っていないんだ。だから、それが羨ましくて…ただ叶えさせてやりたい、本当にそれだけなんだ」

自分の感情も彼に伝わるのだろうか。嘘偽りなく伝えた言葉に少し怒りが収まってますます増した困惑の気配にニナはまた笑ってしまう。

「意志がないと言うならなぜお前は戦いに身を投げ込んだ?」
「…そうだなあ。君と話す時間はまだあるのかな」
「俺が知るか。大体これは俺の夢か?それともお前の夢か?」
「さあ。まあ、ならそうだな、尻切れトンボになったら申し訳ないが…つまらない話でもしよう」

つまらない、つまらない話をしよう。

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